第1話 黒科学!奴らの狙いは国家転覆(クーデター)?!
双子の小学生、檜山姉妹は超能力少女である!
姉の百合は高速移動、妹の咲は念動力の能力を持って、この世に生を受けた。
二人は幼いながらも自分たちの能力が特別であることを自覚し、
姉妹の間の秘密として、その存在を隠し通してきた。
────だが!!
ここに、少女の力を知る者があった。
今、檜山姉妹のもとに秘密結社の魔手が伸びようとしていた……!
キーンコーンカーン……。
檜山姉妹の通うかもめ第三小学校に、放課を知らせるチャイムが響く。
「う~~~~~~、やっと終わったあ」
ジーンズを履き、パーカーを着た少女が大きく伸びをする。
胸の名札には、『4年3組 ひやま さき』と書かれていた。
亜麻色に染められたショートヘアをしており、
前髪の『左』半分だけが、片目を隠すほどまで伸びていた。
「今週は掃除当番もないし、さっさと帰ろうかな」
そう言って少女はランドセルを背負い、教室の外へと歩き出す。
と、不意に背後から何者かに呼び止められた。
「咲」
「ぎくぅ?!」
「ぎくぅ、じゃないわよ。 アンタ、いま、私を置いて帰ろうとしたわね?」
振り返ると、そこにはゴスロリ風の衣服に身を包んだ少女が立っていた。
黒く美しい後ろ髪が腰まで届いている。
その顔立ちは咲と瓜二つで、彼女とは対称的に、
前髪の『右』半分だけが長く、片目を隠していた。
「ね、姉さん……」
そう──このゴスロリ少女こそ檜山咲の双子の姉、檜山百合であった。
しかし、純朴そうな妹とは打って変わって、
百合はどことなく陰湿そうな雰囲気を漂わせていた。
「や、やだなあ……。 姉さんを置いて帰ったりしないよ」
そう弁明しつつも、咲は心の中で呟く。
(ちぇっ……見つかったか。 姉さんにつかまると面倒くさいんだよなぁ……)
「面倒くさい、ですって?」
「うっ!?」
いきなり自分の考えを見透かされ、咲は面食らった。
「な、なんで……」
「忘れたの? 私たちの思考は精神感応で繋がっている……。
アンタの考えていることは、すべてお見通しなのよ!」
「ああっ?!」
百合の言う通り──檜山姉妹は普通の双子ではなかった。
物心ついたときから既にお互いの思考を共有できる能力を持っており、
また、それぞれが念動力や高速移動といった固有の超能力に開花していたのだ。
(とはいえ、テレパシーなんて普段使わないからすっかり忘れてたよ……。
姉さん、よく覚えてたな)
そう考えた直後に、咲は一つの事実に気が付く。
(……ハッ! まさか姉さん、日ごろから私の思考を勝手に読み取っているのか?!)
(((そうよ)))
「テレパシーで返事をするなあ!!」
思わず声に出してツッコむ咲であった。
†
「──それよりアンタ、なんなのよ?」
咲のツッコミをスルーして、不機嫌そうに百合が尋ねる。
「そんなに私と帰るのが嫌なわけ?」
「え、いや、その……」
(そーだよ! いつもパシらされるから嫌なんだよ!!
……なんて言ったら後が怖いしな)
答えに窮する咲だったが、咄嗟にちょうどいい口実を思いつく。
「あっ、ほら!
ここ最近、『双子を狙った誘拐事件』が何度も起きてるじゃん!」
「ん……、誘拐事件?」
百合はどうでも良さそうな顔をする。
「帰りの会で先生が言ってたでしょ!
昨日も遠くの街で下校中の『双子』が襲われたとか……。
だから、私たちは一緒にいるより、別々に帰った方が安全だよ!」
事実、世間でも双子の誘拐事件は話題になっていたのだが、
百合は咲の言うことなど信じていない様子だった。
「フン、そんな言い訳して……。
本当は私に荷物持たされるのがイヤなだけでしょう?」
(分かってるなら、持たせるなよ……)
咲は、心の中でツッコんだ。
†
「いいじゃないカバン持ちぐらい、アンタは念動力でモノを運べるんだから」
百合が小声で咲の超能力について言及する。
咲の生まれ持った能力は一般に『念動力』と呼ばれるもので、
念じることにより対象物を動かすことが出来るというものだった。
「よくないよ!
あの能力は直接触らなくていいってだけで、
普通にモノを持つのと同じだけ疲れるんだ!」
「それに、人目に付く場所で力を使うなって言いだしたのは姉さんでしょ?!
私たちの能力が大人に知られると危険だから、って」
「……チッ、分かったわよ」
露骨な舌打ちをしつつ、そんなことも言ったかしら、と
百合は持たせようとしていたランドセルを引っ込める。
咲はホッとするが、次の瞬間、再び目の前にランドセルが突き付けられた。
「じゃあもう、普通に私のカバン持ちなさいよ」
「だからイヤだって言ってるだろ!!」
†
「なによ……この私に逆らうつもり?」
「じゃあ、何からバラしてやろうかしらね」
「へっ……?」
そう言うと、百合は目を閉じて精神を集中させ始めた。
咲が訝しんでいると、百合は突然、咲の秘密にしていることを喋り始めた。
「あら、アンタ……また太ったみたいね」
「うっ!?」
「ふーん、昨日の夕飯のニンジン、食べたフリして捨ててたの」
「ううっ!」
「へえ、アンタが好きなのって、5組の……」
「んだああああっ!! わかった、わかったから心を読むのはやめて!!」
* * * *
学校からの帰り道。そこには、結局、姉のランドセルを持たされた咲の姿があった。
「はあ……。 姉さんに捕まると本当にロクなことがないよ」
「ふふん、ハナからそうやって大人しく言うことを聞いてりゃいいのよ」
愚痴る咲を尻目に、百合は勝ち誇った笑みを浮かべる。
──『姉』と『妹』と言っても、一卵性双生児である二人の間には、
肉体的および精神的成長にそれほど大きな差は見られないのだが、
どういうわけか咲は、姉に対して頭が上がらないのであった。
もしかすると、姉妹の順序など関係なく、生まれつき咲の体には、
百合に逆らうことが出来ない運命的な何かが刷り込まれているのかもしれない……。
ともあれ、これが檜山姉妹にとっての日常であり、いつもと変わらない下校風景であった。
この時までは。
†
檜山姉妹の後方に、物陰からその様子を窺う、怪しい二つの人影があった。
「フフフ……見つけたぞ」
「あれが檜山姉妹か」
一人は痩せ型で長身、もう一人は小太りで背の低い成人男性だった。
どちらも歳の程は20代後半ごろ、それなりに高価なビジネススーツを着用しており、
いささか挙動が怪しいことを除けば、ごく普通の会社員のようにも見えた。
男たちは双眼鏡で双子を見るのをやめ、喋りはじめた。
「予想通り2人だけになったな、チャンスだ!」
「ああ……。 双子のガキを攫うだけで給料二ヶ月のボーナスたぁ、つくづく割のいい仕事だぜ」
「まったくだ。 ワンオペの牛丼屋でバイトしてた自分がバカみたいに思えてくる」
「しかも、完全週休三日制だしな。 入ってよかったぜ、黒科学」
「……さてと。 それじゃあ見失わねぇうちに、チャッチャと済ませちまうか!!」
そう言うと、二人は懐からマスクを取り出し、これを被った。
黒地のマスクには歌舞伎の隈取のような赤い模様が描かれており、
会社員風の男たちは一瞬で不審者へと早変わりした。
†
そうとは知らない檜山姉妹。
「うう、カバンが重いよ~」
「大丈夫、アンタよりは全然軽いわ」
「……いいかげん、本当に怒るぞ」
先ほどと同じ調子で帰り道の遊歩道を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「ちょいと、お嬢さんたち……」
「え?」
「悪いんだが、道を教えてほしいんだ。 案内してもらえないかな?」
咲は顔を上げて声をかけてきた男を見る。
そこには、エセ歌舞伎風のマスクを被った二人組の男がいた。
「な……」
(なんだこいつら……怪しすぎるーーーーーーーー!!)
「道案内? 嫌よ、一生迷ってなさい」
(そして、姉!!)
咲が答えるより先に、百合が男たちの要求を突っぱねた。
もっとも、相手はどう見ても不審者なのだから当然である。
(クッ……ガキが!)
(落ち着け、工作員A!)
思い通りの展開にならず憤慨する小太りの男──工作員Aを、
痩せた男──工作員Bがなだめ、百合に話しかける。
「なぁ……、頼むよ。 案内してくれたら何でも買ってあげるからさぁ」
「……どこに行きたいのよ? 早く言いなさい」
「「「変わり身はやっ!!」」」
二人の工作員と咲、三人が同時にツッコむ。
「姉さん、この人たち絶対危ないよ! 着いて行ったらダメだって!」
咲は姉を止めようとするが、百合は聞く耳を持たない。
「うるさいわね……、じゃあアンタだけ先に帰りなさいよ。
私はレジェンドメダルが出るまでこいつらを絞ってやるんだから」
(れ、レジェンドメダル……?)
「と、とにかく。 まずは俺たちの車を停めてある場所まで来てくれないかな?」
「わかったわ」
「ち、ちょっと!」
妹の静止も聞かず、百合は怪しげな男たちについて行ってしまう。
「あまり遅くなると母さんに怒られるわ。 はやく行きましょう」
「そうそう、早く行こうねー」
「あ……。 待ってよぉ」
「もう、しょうがないなぁ!」
咲は、仕方なく姉の後を追った。
* * * *
檜山姉妹は怪しげな男に連れられ、人通りの少ない裏山へと足を踏み入れていた。
「ずいぶん歩いたわね」
「つ、疲れた……」
「いやあ、すまないねえ」
檜山姉妹の機嫌を伺いつつ、工作員Aが小声で工作員Bに話かける。
「ククク……やっぱりガキはバカだぜ。 あっさり着いてきやがった」
「ああ、チョロいもんだな。
あとはこの測定器でこいつらが能力者かどうか調べて……」
工作員Bがポケットから何やら計器を取り出すが、工作員Aはそれを受け取ろうとはしなかった。
「フン、そんなのいちいち真面目にやるこたぁねえって。 どうせハズレだ!
もう待てねえ……! オレは先に『処分』の準備に取り掛かるぜ!」
「あっ、おい!!」
工作員Aは、工作員Bを振り払って檜山姉妹に近づいた。
†
「ねぇ、オッサン」
近づいてきた工作員Aに対して、百合が言葉を投げかける。
(オッサンだとォ?!)
「車なんて、どこにもないじゃない。
こんな人気のない場所に連れてきたりして、 一体どういうつもり?」
「……………………」
「ちょっと、何か言ったらどうなのよ」
「フ……。 フフフ…………。 それはなぁ……」
「お前たちを取って食うためなんだよォォォ!!!」
工作員Aは、今まで百合から受けたストレスを返してやると言わんばかりに、
嬉々とした表情で言い放った。
「げげっ、やっぱりぃ?!」
元々、怪しげな男たちを警戒していた咲が後ずさって言う。
「ぬうううううううん……!」
突如、工作員Aが全身を震わせる。
すると、どうしたことか。
工作員の身体がみるみるうちに肥大化し、
爪は伸び、口は裂け、およそ人間とはかけ離れた、異形の姿となった。
「ハアアアアッ!!」
「ばっ……、化け物?! 変身した!!」
「化け物ではない!!」
化け物が言う。
「俺は、幼児に対する異常性愛を買われ、
『黒科学団』の力によって変態能力を授かった超人……」
「倒錯超人ペドフィリアだッ!!!」
「と、倒錯超人?!」
「黒科学……?」
咲と百合は、聞きなれない単語に戸惑いを覚えた。
数瞬後、ハッとした百合は超人に問いかける。
「そうか……! 最近起きているという双子の誘拐事件は、あんた達の仕業なのね?!」
「クカカッ、勘が良いな……」
倒錯超人ペドフィリアは不気味な笑みを浮かべる。
「俺はお前らのように小生意気なガキをヤッちまうのが大好きなんだ……!
たっぷり可愛がってやるから、ありがたく思え!!!」
ペドフィリアが下品に笑う。
「じょ、冗談じゃない! わけもわからず殺されてたまるか!」
「……咲。『ヤる』って、そういうことじゃないわよ」
「え?」
しかし、咲の疑問に百合は答えなかった。
「仕方ない……。 私たちも少しだけ『能力』を使うわよ!」
代わりに百合は、アニメのヒーローのようなポーズで身構え、臨戦態勢を整えた。
* * * *
「まずはさっきからエラそうな方……! 貴様からヤッてやる!!」
「姉さん!!」
ペドフィリアが、変態して長く伸びた爪で百合に襲い掛かる。
だが、腕を振りおろした先に、百合の姿はなかった。
「なに?!」
いつの間にか、百合は超人の背後に回っていた。
百合の秘めたる超能力、高速移動によるものである。
「甘いのよ!」
「へぶ!!」
そして、どこで覚えたのか、腰の入った右ストレートを食らわせる。
想定外の反撃を受けた超人は倒れないまでも、焦りの色を見せてよろよろと後退する。
「……?! おれの攻撃が外れた? そんなバカな……!」
「お、おい! ペドフィリア!」
先ほどの計器を頭部に装着した工作員Bが声をかける。
「こいつら……『アタリ』だぞ!! ついにみつけた……本物の能力者だ!!」
「なにいッ!! 能力者だとォ?!」
「ゼノ……?」
「私たちのことを言ってるの?」
男たちが一体何の話をしているのか、檜山姉妹には理解が出来なかった。
「くくっ、そうか……。 それで俺の攻撃がかわされたってわけかい。
今までこの仕事で多くの双子を食ってきたが、
本物の能力者サマにお目にかかるのは初めてだ……!」
ペドフィリアがぶつぶつと独り言を呟く。
「だが! おかげで余計にやる気が出てきたぜ!
このガキを上に引き渡せば昇進のチャンス!!
ただヤッちまうより、ずっとおいしい思いが出来るというもの!!」
いつしかその顔は、気力に満ち溢れたものへと変わっていた。
超人は、標的を百合から咲へと切り替え、突進を始めた。
「ノロそうな妹の方はどうだッ?!」
「咲っ!!」
咄嗟のことに、流石の百合も対応が遅れてしまった。
超人が咲に迫る。
「ひっ……」
「い、いやああああああああっ!!」
咲は目を瞑り、一心不乱に両腕を振り回した。
その動作によって、無意識のうちに咲の秘めたる能力──念動力が発現し、
かき乱された空気は真空波となって超人を切り裂いた。
ズバババババッ
「んぐえっ!?」
真空波の直撃をモロに受けた超人の四肢は、ズタボロとなった。
「ち……、ちょっ……ウソぉ?!」
ペドフィリアは、情けない声を上げてその場に倒れる。
「あ……!!」
「あーあ。 咲は手加減なんて出来ないんだから、手ェ出しちゃダメよ」
ようやく目を開けた咲は、全身から緑色の血を吹き出す超人を見て、
自分が大変なことをしてしまったと反省する。
「ごっ……、ごめんなさい!! 死なないで?!」
「いや、こういうゴミは死んだ方が世のためよ」
百合が吐き捨てるように言う。
「倒錯超人がやられた……? おそるべしゼノ!!
くそっ、このことを本部に報告しなくては……」
「あっ! ま、待て!」
一連の攻防を後ろから見ていた工作員Bは、檜山姉妹の能力に恐れをなして逃げようとした。
が、
「逃がさないわよ!」
「うっ?!」
百合が高速移動で先回りして、工作員Bの退路を塞ぐ。
「アンタら、人を殺そうとしておいて、タダで帰れると思ってるの?」
「ぐぐぐ……」
「『黒科学団』……だっけ。
私たちのことをゼノとか呼んでいたし、超能力の存在も知っているらしいわね」
優勢と見た百合は、畳みかけるように工作員Bに詰問する。
「日本各地で双子を誘拐しているみたいだけど、
アンタたちは一体何者? 目的は何なの? 答えなさい!」
「クッ……」
しかし、組織に対して高い忠誠心を持っているのだろう。
工作員Bの眼からは、決して秘密を喋るまいという硬い意思が見て取れた。
「誰が口を割るものか!」
「黒科学団が日本転覆のため活動する秘密結社であり、
双子を誘拐するのは、まれに生まれる超能力者──『ゼノ』の
サンプルを手に入れるためであるなどと、知られるわけにはいかないのだ!!!」
工作員Bは、高らかに公言する。
「ええ……? 秘密なのに全部喋ってるよ…………」
咲が呆れ声でツッコむ。
檜山姉妹と工作員の間に、しばし沈黙が訪れる。
「し、しまったあ!!!!」
「これがゼノの読心術というわけか……。
まだ子供だというのに、なんと恐ろしい……!」
「いや、あんたが勝手にしゃべったんだけど?!」
咲がさらに呆れた様子で言う。
†
「日本転覆……。 ようするに、テロリストってことね」
「テロではない!!」
百合の発言に対し、工作員Bが反論する。
「子供のお前らに語ったところで分からんだろうが……。
今の日本は腐り果てているのだ!!」
「政治家は所構わず嘘を吐き、マスコミは虚偽を報道し、企業は労働者を奴隷のように扱う……。
我々はそうした日本の現状を憂い、国に巣食う病魔を取り除くべく立ち上がった、
救国の士なのだ!」
「はっ、よく言うわよ。 子供を誘拐するような連中が救国の士ですって?」
百合の正論が刺さる。
「うぐっ……。 そ、それは我らの研究のため、已むを得んことなのだ!
世を正すには力が必要だ! 黒科学団は貴様らの能力を解明し、いずれは……」
と言った矢先、どこからか急に聞き覚えのあるオルガン曲が流れはじめた。
††††††††††††††††††††
チャラリー チャラリラリーラー
††††††††††††††††††††
「えっ? ど、どうしたの?! なんの音?!」
「この曲は…………『鼻から牛乳』?」
正確には『トッカータとフーガニ短調』──バッハの作である。
「むっ! むぐぐぐぐぐぐ!!」
途端に工作員Bが苦しみだす。
誰の仕業かと檜山姉妹は辺りを見回すが、自分たち以外に人影はない。
よく聴くと、謎の音楽は工作員Bの身体の中から発せられていることに気が付いた。
「し、しまった。
黒科学の秘密を喋りすぎたせいで、
組織に入る際に埋め込まれた自爆スイッチが作動を始めた!」
「自爆スイッチ?!」
(それ、喋ってから発動しても遅くないか……?)
†
「爆発まで、アト10秒……9……8……」
工作員Bの体内から、機械音声が流れる。
「うわっ、危ない!?」
「逃げるわよ、咲! ぼーっとしてないで、早くつかまって!」
百合は高速移動の準備をしつつ、咲の方へ手を伸ばした。
「う、うん!」
咲が姉の手を掴むと、百合は即座に能力を発現させた。
「いくわよ、高速移動!!」
「くっ……黒科学団、万歳! 日乃本 正様、ばんざーい!!」
(……首領の名前か? それ)
自分の死期を悟った工作員Bは、最後にまた組織の情報を漏洩させて自爆した。
* * * *
「…………」
高速移動の数瞬後。
自分を運ぶ姉の動きが止まったのを感じると、咲は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「ここは……、通学路に戻ってきたのか」
気が付けば、檜山姉妹は最初に工作員たちから声をかけられた遊歩道に戻ってきていた。
ドオオオオオオオオオオオオオン
直後に、遠くで大きな爆破音が聞こえる。
工作員Bが倒錯超人もろとも消し飛んだ音に違いない。
「ずいぶん派手に爆発するわね……」
ざわざわ……。
なんだ? 今の音は……。
あっちのほうか?
行ってみよう!
突然の大音響に興味をそそられた町の人々は野次馬となって、
徒党を組んで爆発のあった裏山の方へと向かっていった。
(そりゃあ、あの爆発なら組織の痕跡は全部吹き飛ぶかもしれないけど……。
あれじゃ、かえって騒ぎが大きくなるような……)
咲の指摘は、もっともだった。
* * * *
「はあ……。 それにしても、恐ろしい連中だったね……」
ひと段落して、落ち着きを取り戻した咲が言う。
「そう? なかなか楽しいやつらだったじゃない」
「た、楽しい……?」
百合の回答に一瞬戸惑うも、どうにも間の抜けた組織の手口を思い出し、
(まあ、ある意味そう言えなくもないか……?)
と、妙に納得してしまう咲であった。
「さ、帰るわよ」
そんな咲を無視して、百合はさっさと自分の家へ向かって歩き始めた。
驚いた咲は、百合を引き留める。
「え?! ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なに?」
百合は足を止め、咲の方に振り向いた。
「今の組織──『黒科学団』のこと、警察に知らせないくていいの?!」
「いいわよ、そんな面倒くさい」
「面倒くさいって……」
咲の問いに対して、百合は適当に答える。
「大体、いきなり超人とか秘密結社なんて言っても、
子供のイタズラだと思われるだけでしょうが」
「う、そりゃそうかもしれないけど……」
「あいつらがまた襲ってきたらどーすんのさ!」
「どうって、私たち2人で倒すしかないでしょ」
「なっ……」
当たり前のように言い放つ百合。
「そ、そんなの無茶だよ!」
「平気よ。 さっきの超人だって、あんた一人で倒してたじゃない」
「あ、あれは無我夢中でたまたま……」
咲が口ごもっていると、百合はフッと鼻で軽く笑った。
「あのね、咲……」
「強くて美しいヒロインが、世を乱す悪党と出会ったときは、
自分の力だけを頼りに戦うものだって、相場が決まってるのよ!」
百合は長い髪をかき上げ、大見得を切ってみせる。
「…………そんなの、姉さんが好きな漫画やアニメの話じゃん」
「そうよ、悪い?」
「…………」
咲はあきれ果てた目で姉を見る。
百合はまったく気にしていない様子だったが、
ふと遊歩道近くの時計が5時を過ぎているのに気づき、急に焦りだした。
「おっと、もうこんな時間じゃない」
「早く帰らないと寄り道がバレて、母さんに怒られちゃう!!」
(それ、いまさら気にするのかよ……!)
姉の怖れる基準が分からない……、と思っていると、
咲は不意に腕を引っ張られた。
「ほら、警察なんていいから、あんたも一緒に帰るのよ!」
「ちょ、痛っ。 ひっぱらないで……」
咲は帰宅を渋っていたが、結局は姉にしょっぴかれ、家路につくことになった。
* * * *
こうして、檜山姉妹は謎の組織『黒科学団』との邂逅を果たした。
組織を指揮するのは何者なのか?
超能力者をゼノと呼び、その存在を知るのは何故か?
姉妹にとって、今はまだ全てが謎に包まれたままであった。
* * * *
────帰り道。
早足で歩く百合の後ろを付いていきながら、咲は思いにふけっていた。
(……今日のこと、本当に黙ってていいのかなあ)
(でも、警察を頼っても、さっきの化け物を倒せるとは思えないし、
私たちが組織のことを言いふらしたら、他の人にも危害が及ぶことになるか)
(逆に、余計なことさえしなければ、狙われるのは私たちだけで済む……?)
ひとしきり考えたところで、ハッとして姉の方を見る。
(もしかして、姉さんは最初からそのつもりで……?
普段はふざけたことばかり言ってるけど、姉さんなりに、深い考えがあるのかも……)
そう咲が勝手に感心していると、ふいに脳内に聞きなれた声が響いた。
(『黒科学団』か……。 くふふふ、面白くなってきたわ)
「……ん?」
(マヌケそうな連中だったけど、奴らに狙われる方が
スリリングで楽しい毎日を送れそうだし、
何より超能力を思う存分使うことが出来る……!)
「これは……姉さんの心の声?」
(一度でいいから超能力を使って、全力で暴れてみたかったのよね~~。
一般人と違って、相手が超能力のことを知ってるなら、
手加減する必要ないもんね!)
それは、まぎれもなく百合の思考だった。
しかし、咲がテレパシーで姉の考えを読み取ろうとしたわけではない。
百合の強固すぎる思念が、自然と咲の脳内へ流れてきたのだった。
(日本転覆を企む悪の組織を倒す……という名目で、
私が連中に正義の鉄槌を下してやるのよ!!)
「…………」
「せいぜい頑張りなさい、黒科学!
アンタたちの力で、この日本を大混乱の渦に陥れるのよ!
そして、それを完膚なきまでに叩き潰して、私こそが真の救国の士になってやるわ!!
ふはははは!!」
完全に自分の世界に入り、一人盛り上がっている百合。
もはや心の声にとどまらず、普通に声に出して叫んでいた。
その様子をみて、ドン引きする咲。
(世の中を乱そうとする悪い奴の登場を、こんなに喜ぶなんて…………)
(本当はこいつが……、一番の『悪』なんじゃないのか…………?)
黒科学団の存在よりも、姉の将来が心配になる咲であった。
……つづく。
【次回予告】
超人を退けた檜山姉妹の前に、再び「黒科学」の魔の手が迫り来る!
派遣されてきた男は組織の理想を語り、双子に同志になるよう勧告するが……?
次回 ゼノツインズ 第2話
「黒勧誘! 双子に這い寄る正義の影」
ご期待ください。