かくして夜は開ける
初投稿作品です!
よろしくお願いします!
ポツリと手のひらに雫が落ちる。続いてもう一つ。次第に雫は量を増し、あっという間に洞窟の入り口から突き出していた腕をずぶぬれに変える。
「どうしよっかな
独り言のようにつぶやくが、同行者は洞窟の中にいた。酷く苦しそうに喘いでいるが。
まだしばらく雨がやみそうにないのを確認して俺は同行者の元に戻り容態を見て彼女の袖を捲る。捲り上げた中にあったのは無残に食い千切られた腕だ。犬歯を最初に突き立てられ、引き剥がす間もなく鎖帷子の一部をゆがませて鎧の内部で肉が千切られたのだろう。傍に脱がせた鎧の小手は酷く凹み、喰われたと思しき肉片が残ったままだった。
小手の中にべっとりとついた血液がランタンの乏しい光を鈍く反射する。
これでもまだまだまともな傷だと思ってしまう程度には悲惨な傷も、十分な治療のできない状況にもあってきた。
だから、ふとした瞬間に思ってしまう。箱入り娘らしい彼女がどう思ってるかは知らないがこの程度の傷で済んで良かったと。命あっての物種だ。それを喜ばずして何を喜ぶ、とは団長の言葉でもある。魔物なんて厄介な怪物に喧嘩を吹っ掛けるのだ、命を落とすくらいの覚悟はして当り前、最悪生きたまま喰われても文句を言えた立場じゃない、とまあ、かなり魔物が人と同じ感性を持っていると信じて疑わない変わり者でもあるが、団長としてそれを滅する気概のある人物でもあった。
一応腕の根元をズボンの裾を切り取った即席の紐で縛っているから出血は少ない。
ただ噛まれたのが呪い持ちだったのは好ましくない。なにせ普通魔物を狩りに行くのに治癒のポーションを持ちはすれど使い道の少ない解呪のポーションなんて持っていない。
そのせいで治しても治しても呪いが内側から肉を蝕み傷口が塞がることなくジクジクと炎症を始めている。
毒だったら手持ちのものでやりようはあったのだから不運なものだ。およそ装備の整った正規騎士じゃ遭遇しない状況だろうにまだ息がある彼女の生命力は稀にみる強靭なものだと思う。
で、と頭の中で思考の海を漂った後、漂い飽きた俺は腰のポーチを漁る。
「マーチの実に...ヘトセンウの葉、ラゼリーは.....っと」
持参したポーチから青色のつるつるした実、橙の三又葉、赤い硬質な木の実を取り出す。
取り出したそれらを同じく取り出した石臼に転がし、そこらに落ちていた枝で蜘蛛の巣を巻き取って数振り。蜘蛛の巣が降雨で湿った空気から水滴を絡めとる。無秩序に付いた水滴がランタンの光を反射してキラキラ輝くのを確認し、静寂と別れを告げるようにわざと声を張り上げる。
「湿度よーし!温度も多分よーし!さて、応急処置を始めようか!」
そう言ってまたポーチに手を突っ込み銅のすり鉢を取り出して青い球体を叩きつぶす。ゴリゴリゴリゴリ。硬い皮もきれいにすり潰すようにして丁寧に鉢を動かす。未だ続く豪雨が外の音を閉ざし雨音が耳朶を打つ中、一人、ヘトセンウの葉を入れながら∞の字を描く。
「まさか赤麗騎士団が敗走するとはね。想定外もいいところだよ全く。何のための正規騎士なんだか」
現状確認をすると俺、アシム=ラレイムスはウォーデウル深林において侯爵級の魔物に襲撃され撤退した正規騎士団の残存兵の回収に赴いていた。
侯爵級ともなれば六人パーティー三つ分、十八人のハーフレイドが最低戦力とされる。
その危険の最中を縫うようにして救出する任務には通常、失っても本隊に損害のないアシムたちのような傭兵上がりや農民出の下位騎士団の役目となる。ここでは便宜上、下位と名付けられてはいるが単純な戦力はむしろ下位騎士団の方が高いのは周知の事実だ。そこから貴族や国からの支援を受けられる正規騎士団のアドバンテージが入って初めて正規騎士の方が強くなる。
装備の違いすら戦力の比較に入れている時点でこの差別は、ただ身分がはっきりしない信用できない輩を見下すための当てつけに過ぎない。
けれどこれでうまく世の中は回るようで、両組織から文句は出ていない。
今回の任務もそういった雑事の一端、日常の一部でしかなかった。
特別なことといえば通常の救出任務であれば任務の発行されない侯爵級の出現と、それに伴って隠密性と応急処置のできる人材が集められた結果、俺を含めた白狼騎士団の斥候部隊にお鉢が回ってきたことだろう。
ここに来るまで二日、持たされた数少ない物資と知識を使って戦場跡から血痕、魔力痕をたどり、彼女を見つけた。
任務が発行され、救出を待つ間彼女も生き抜く最低限の知識はあったようで魔物に見つからないよう鎧を泥で汚し、傷ついた腕にも自らのキルティングを破いて紐を作り止血をほどこしていた。
ただアシムが見つけた時には衰弱がひどく、継続して傷口にポーションをかけていたようで空になった瓶が数本転がっていたが、呪いに蝕まれた傷の状態は悲惨だった。
ただ彼女を見つけてからの行動は早く、先んじて見つけて拠点にしていた洞窟に彼女を運び、ルーンの獣除けの結界を張った後、彼女が持っていたポーションや薬草を中心に選別し、嵩張るものの剣と、鎧に縫い付けられた正規騎士団証を剥ぎ取って回収、
そのままあれやこれやと看病して解呪を行える程度まで体力を回復させ今に至る。とはいえ、この段階までくれば特に打てる手もなく、傷がなるべくきれいに治ることを祈るのみとなる。
「ふぅ、処置も終わったし、あとはうちに連れて帰るだけだ、もってくれよお嬢さん」
歳のほとんど変わらなそうな少女にそう声をかけながら荷物を手早くまとめたアシムは憔悴する少女を背に背負い、確かな足取りでお世話になった洞窟に別れを告げた。
ゆるーりと投稿していきます。
かなり更新に間が開くことと、完結後に全ストーリーのリメイク(流れはそのままにサブイベを追加したりなど)を行うかもしれないので気長にお待ちいただけると幸いです
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