アクアツアー常連客は語る
アクアツアーに、また乗った。これで何週目だ?
すっかりハマってしまったらしい。
毎週ペースで遊園地に行く熱狂的なファンや、
年間パスなんて持ってる人の気が知れなかったが、
なるほどこういう状態なら理解できる。多少ね。多少。
裏野ドリームランドで一番好きなアトラクションは?
と聞かれたら、俺はアクアツアーを推す。
……マニアな人たちほどドリームランドに詳しいわけじゃないが。
ジェットコースター、確かに人気だ。
観覧車、恋人と乗るにはベスト。
でも、待つだろう?
アクアツアーの待ち時間は、混んでても15分くらいだ。
雨が降っていたり平日なんかは貸し切りに近い感じで乗れる。何度でも。
ボート型の乗り物で、園内端っこの人工池の周りをレールに沿って周るだけ。
途中二回、ちょっとした落差からスライドして落ちるが、これがいい。
水上型ジェットコースターに90分待つよりかはよっぽど満足できる。
と俺は思うんだが。
もちろん、魅力はそれだけじゃない。
中央の岩場や池の数か所に仕掛けがあり、ワニや鳥に魚。
水辺のマスコットキャラクター達が飛び出して来たり、動きで物語を表現している。
水系や濡れる系で、子どもに人気出ないのは絶対におかしいと最初は思った。
けど、それには理由がある。
アクアツアーの動物は、何だか無性に怖く見えるんだ。
普段はコミカルに感じるが、水中のキャラは機械操作だから複雑な動きはしない。それに濡れていて、ちょっとおどろおどろしさというか、気味悪さがある。確かに、もっとかわいくても良かったと思う。
……混むようになってもその、困るけど。
特に最後の方に出てくる 水中からぬぼっと出てくる《毛むくじゃら》が怖いんだよな。
顔とかプラスチックで作れば良いのに作り込んでて、体毛に水をしたたらせながら、
『またおいで……』とか言うんだぜ。幼稚園児とかにゃあトラウマものだよ。
ビーバーじゃなくて、ええとカワウソ、イタチ、ヌートリア?
なんて言う動物だったっけな。
もうちょっとでかい。クマや河馬ほどじゃないが。
……子どものわめき声がうるさいな。
アクアツアーの面白さに気付いて、何週もしてるのか?
さっきから、前のボートにはガキばっかり乗ってる気がする。
《毛むくじゃら》の所はまあ、たしかに声をあげるだろうけどさ。
今はパレードの時間だから、空いているんだろうな。
家族連れが見物してる間にアトラクションを楽しもうってことか。
子どものくせによく分かってやがる。
ああ、そうだ。今回ちょっとした発見があった。
このアトラクション。キャラクターの出現個所が毎回微妙に違う。
俺はずっとボートの出発間隔でズレてると思ったのだが、どうもそうじゃないようだ。
岩場や普通の動物は単純動作をリピートするだけだが、レール近くのキャラクターはそれぞれの場所にあるスピーカーの音声に合わせて飛び出したり沈んだりをしてる。
ということは、モグラたたきのようにいくつかセットしてある装置が、特定のローテーションで動いているってことかな。……ずいぶん手が込んでるな。客いないのに。
ちなみにこのランダム性も何度も乗るには適してる。飽きさせない作りだ。
『またおいで……』
うおっ! また来ます!
《毛むくじゃら》……やっぱり出てくる位置とタイミングに変化がある。
上のスピーカーと連動してるんだろうな。
ただ気構え無しの時に来られると、ほんの少し心臓に悪いぞ。
子ども達にしてみれば、いつ出てくるか分からないんじゃ怖いだろう。
濡れた体毛に、ぎょろっとした目。
じっと見る余裕があれば、なかなか見飽きない顔なんだが。
* *
本当に空いてるな。いつもこうなのか?
6人乗りのボートを罪悪感なく独占できる。
安全バーもなくて、広々と座れるのも最高じゃないか。
速度がゆっくりなのもいい。
景色を……そんなに大層なモンでも無いが、船の上で眺めていると落ち着くね。
俺にぴったりのアトラクションだ。絶対こういうの好きな人いると思うんだけどなあ。
ああ?
スタート直後だってのに、前の組が騒いでる。
また子どもだ。あんなにボートを揺らして、波でも再現しているつもりなのか。
怖いタイミングで、ワーワーギャーギャー叫ぶのはいいよ別に。怖いもんね。でもその場のノリで楽しいんだか怖いんだか自分でも分からないで声を上げるのは控えて欲しい。アトラクションを楽しむってのは、そういうのじゃないだろ。もっとこう……しかるべき間があって、その間も堪能する。少なくとも、君たちの楽しみ方で誰かの楽しみを奪うなんて――
ずっと奥の方から、今度は大人の叫び声。
……勘弁してくれ。いい加減、声そのものにもうんざりして来た。
もうぼちぼち周回もやめようか。ちょっと巡りというか、間が悪かったようだ。
んん? いつものキャラクターが、一つも出てこないな。
鳥にカエル。魚やワニも。……こんなことは今まで無かったんだが。
池中央の岩場に目をやる。ちゃんと動いているみたいだ。
水から出てくる動物達だけが、全く現れてくれない。
不具合か? 機械のローテーションの隙間にしては長すぎる。
ボートはぐるりと岩場の裏側まで差し掛かり、一周までもう半分程度だ。
組の前後を身体ごと乗り出して確認してみたが、どこからも水音ひとつしない。
じめっとした汗。湿度もあって嫌な汗だ。
この池の不透明な感じ。急にきれいではないことに意識がいった。
「うおっ!」
ボートが、ぎぎっと揺れる。慌てて手すりを掴んだ。
何かに当たったような音と引っかかりを、振動が伝えてくる。
な、なんだ?
揺れが収まってから、ゆっくりと身を乗り出して見てみる。
太い枝や沈んだ物がぶつかった? 魚でも泳いでいればその可能性もある。
汚れていてよく分からない。
先が見えない池に息がつまりそうな恐怖がふつふつと沸いてきた。
船底は確認できないが――
水の音。
何かがすぐ近くで、跳ねたような。
「うわああぁ!?」
手が。手が! 掴まれてる!
気付けば腕から肩まで一気に引きずり込まれていた。
ボートが傾く。まるで池の底まで沈ませようとするほどの力。
掴む、いや噛まれてる? しがみ付いてる?
分からない! なんなんだ!?
もがきながら必死で抵抗した。
向こうも俺の腕を強く掴んでいて、離す気はないらしい。
反対の手でボートのふちを押さえ、捻るようにして思いっきり引き抜こうとする。
少しずつ、握っている部分が剥がれていく。
「このっ!」
力を込めて一息に腕を持ち上げると、急に軽くなりボートにひっくり返った。
縁を補助で押さえていなかったら、頭か背中を強く打ち付けていたかもしれない。
仰向けになったまま、乱れた息を整えようとする。
袖どころか肩や胸まで濡れた。汗が吹き出して混じる。
水面を跳ねたり叩いたりしたのか身体の至る所にしぶきが掛かっていた。
『またおいで……』
《毛むくじゃら》の音声が真横から聞こえた。
いつものゴール近く。いつものBGM。どこかへ行っていた現実感が戻ってくる。
ははっ。
どんな訳かは知らないが、助かった。派手に濡れはしたが、それだけだ。
寝転がった状態で、ほっと息をついた。
踏みしめるように歩いていると、出口では子ども達が騒然としていた。
案内係のスタッフに大声で訴えている。
『揺らしてたら急に!』『泳げたのに』
『水に落ちた瞬間』『岩をぐるっと曲がったところ!』『沈んで……』
みんな青い顔をしてる。俺も似たようなものだろう。
事故か? そんな風に聞こえたが……
子どもの一人がはしゃぎ過ぎて池に落ちてしまったらしい。
動物が顔を出さなかったのは、機能を停止させてたか、
その子どもが足を引っ掛けたとか、何か関連があるのかもな。
ちりちりと右腕が痛んだ。
そうだ。服は休憩でもして乾かせばいいが、傷があるなら消毒とか――
小さな手の跡。
俺の腕に抱きつくような形の傷が赤く残っていた。
思わず子ども達を見回す。
大きさからして、ちょうどあのくらいの……
まさか……俺の手を掴んでいたのは……