【感想】『ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー
今回は感想文です。(ちなみに読んだのは、清水俊二訳『長いお別れ』)
私立探偵フィリップ・マーロウは、ふとした友情から見も知らぬ酔漢テリーを二度も救ってやった。
そして彼はテリーの殺害容疑を晴らす為に三たび立ち上るのだった!
ハードボイルド派の王座を占めるチャンドラーが五年間の沈黙を破り発表した畢生の傑作、一九五四年アメリカ探偵作家クラブ最優秀長篇賞受賞作。(あらすじより)
ハードボイルドの最高傑作――が、無知な私は、まず、ハードボイルドとは何ぞや、から入らねばなりませんでした。言語の由来は“固ゆで玉子”。暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいう。(wikiより)
……???
よくわからん。ので、読んでみました。
冒頭で驚いたのは、『私』(=フィリップ・マーロウ)の視点で物語が始まるにも拘らず、まるで一人称の気配がなかったことです。淡々と語られる文章は、まるで三人称。
畏れながら私がこのシリーズを読むのは初ですから、語り手がどういう人物かまるで分らず読み進めていくわけです。
※以下ネタバレあり※
酔っ払いテリーを救ったマーロウですが、とんでもないしっぺ返しをくらいます。
ある夜、拳銃を手にしたテリーがやって来て、「メキシコまで送ってくれ」と。その通りにしてやると(!?)、警察が待ちかまえていて、逃げたテリーについて追及されるマーロウ。沈黙を貫いたマーロウは警察から拷問まがいの激しい尋問を受けることになるのです(!!?)
――もうここまでの展開で、私の頭は「!?」でパンクしそう。
テリーとマーロウは旧知の仲ではありません。ほとんど赤の他人に、どうしてそこまでしてあげられるの!? 愚直にもそう感じてしまいます。
ただ、この違和感にハードボイルドに歩み寄るヒントがあるかも、と思いました。
さらに新展開。問題行動が多い人気作家ロジャーの新作を無事に書き上げさせる任務を請け負うマーロウ。住み込みをしたマーロウは、ロジャーの妻・アイリーンと禁断の恋に落ちる。
徐々に明らかになる裏の人間関係。やがて物語は冒頭のエピソードに繋がり収束されます。
たとえば、『〇〇は悲しかった』とか。直接的な感情表現は、極限まで削ぎ落された文体です。
代わりに、行動が全てを表現しています。先の拷問シーンもそうだし、アイリーンに誘われるが我に返りスコッチを流し込むシーンなど。
マーロウが「痛い!」「悲しい!」と叫ぶのではなく、読者が間接的に心中で叫ぶのです。これは今までの読書経験のなかでも、斬新な感覚でした。
文体もただ淡々としているわけでは決してなく、詩的で印象的な表現が多く、勉強になりました。
『九月の朝のように何もまとっていない、はだかだった』
『空気は、あたたかく、静かで、ユーカリの牡猫を思わせる匂いがよく鼻を打った』(本文抜粋)
ぱっと読み返すだけで、すぐに美しい比喩を発見することができます。
特に余韻が残る最後の一節が、
『私はその後、事件に関係があった人間の誰とも会っていない。ただ、警官だけはべつだった。警官にさよならをいう方法はいまだに発見されていない。』――
マーロウかっこいい! と喝采を上げたラストでした。(そして、しっかりファンになっていたのだった……)
(H29.9.19)
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「ああ、この作品ってマーロウのシリーズのパロディだったのか」と気づくシーンが増えたという。
『長いお別れ』ではありませんが、突然多忙になってしまったので落ち着くまでは、こちらのエッセイも『しばしのお別れ』です。まだまだご紹介したい、学びたい事柄が山のように在るのですが…残念!
ご愛読(?)いただいた皆様、本当にありがとうございました。