番外編 初めての感情 後編
このエピソードは魔女視点です。
魔女はある日を境に自分の境遇に疑問を持ち始めた。
何故自分がこんな目に遭うのだろうか、魔女であるという理由で殴られ、蹴られ、追い立てられる。
感情の無いハズの魔女は何時からか殴られることが痛い、怖い、そんな感情が生まれていた。
(何も感じることのなかった昔に戻りたい、いっそ楽に死ねたなら)
魔女は常にそんなことを考えるようになっていた。魔女は消滅することの無い、死ぬことの無い体を嘆いた。
魔女は何時からか自らの容姿を変えられる様になった、魔女は醜い自分の姿を人間に近い美しい容姿に変えた。
これでもう酷い目に遭わずに済むのだろうか。魔女の願いとは裏腹に魔女の境遇は変わることはなかった。
むしろ人間に近い美しい容姿に変わったことで人間による性的な暴力も受けることとなってしまった。
(怖いよ、辛いよう、苦しいよ。助けて女神、助けてよ)
魔女は女神に助けを願った。しかし、女神は魔女の存在など頭の片隅に微かに残っている程度であった。
女神は異世界の山ほどある問題に頭を悩ませ、それを解決する様々な方法を考えることで魔女のことなど知る由もなかった。
魔女は容姿を変える術を手に入れてから幾人もの男たちに乱暴をされた、魔女は怒りやストレスの解消のはけ口だけでなく、性的なはけ口の解消が加わっただけであった。
魔女は人間を堕落させる存在だ、不純な存在だ、と魔女の迫害は変わることはなかった。
魔女は自分を迫害する人間を憎むようになった、自分に救いの手を差し伸べない女神を憎むようになった、そして壊れることのない自分の体を呪った。
今日も魔女はボロボロであった、魔女は逃げ疲れて眠りに就いた。その時に夢を見た、それは本当に夢であったのか? もしかしたら夢ではなかったのかもしれない。
魔女の前に1人の男が現れた、男は魔女に救いの手を差し伸べることはなかったが代わりに力を分け与えた、憎しみを呪いに変える力を。
魔女は呪いの力で人間に報復を始めた、しかし魔女の力はまだ弱く人数を要した人間には到底敵わなかった。
しかし、人間にとって魔女が脅威と認識される存在へと変わりつつあった。
魔女の憎しみは日に日に強まり、力は徐々に強まっていった。それでも数を頼りに戦う人間を相手に魔女は苦戦を強いられた。
魔女は人間に対抗する力を手に入れたが昔と変わらず1人であった、そんな魔女は自分と似た存在が居ることに気づいた。
人間に虐げられるだけの存在、かつての自分と同じで感情など持ち合わせてはいない。
女神によって生み出され、生まれた瞬間から悪と定義付けられた者たち、魔物であった。
魔女は自分と同じ存在の魔物たちに手を差し伸べた、かつて自分がそう望んだから。自分と近しい存在の魔物たちを魔女は庇護した。
それから暫く時が立ち、魔物たちにも感情が生まれた。それは魔女の感情を映すかの様に人間と女神を憎む感情と、自分たちに手を差し伸べた魔女に対する敬愛であった。
魔女と魔物たちの存在は異世界の明確の脅威となった。人間たちにとって魔女と魔物は恐怖の存在と変わっていた。
少し前まで自分たちがストレスの解消程度にしか認識していなかったなどと、思い出す人間はもういない。
人間たちは女神に助けを乞うた。女神はこの時にようやく事態の異変に気が付いた、時は既に遅く女神ですら手に負えない事態となっていた。
女神は己の愚かさを嘆いた。
そんな時に1人の少年が現れ女神に助言をした、他の世界から人を召喚して力を与えるべきだと。
その少年の両の目は色違いであった。左目の瞳は光を通すことのない黒の瞳。右目の瞳は金色に輝いていた。少年は助言を残すと二度と女神の前に姿を現すことはなかった。
女神は少年の助言に従って他の世界から1人の青年を召喚した。その青年は後に魔女を倒した最初の人間、初代勇者と言われることとなる。
こうして愚かな女神と復讐に狂った魔女、そしてそれに巻き込まれる勇者の長い戦いが始まった。
しかし誰も魔女が初めて抱いた感情を知る者は居ない。何故なら魔女自身も二度と思い出すことはないのだから。人間が輪になって笑い合う姿を遠くから羨ましそうに眺めていたことを。




