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第8章 8-15 予定調和

 ツムギは未だにうずくまって苦しみに耐えていた。

 頭の中で誰かが語り掛けてくる、それは語るというより憎しみを、憎悪の言葉をただ垂れ流しているだけであった。


 「お前が魔女側の人間であろうとなかろうか、関係の無いことだったな。

  女神も魔女も俺にとっては殺すべき復讐の対象だからな」


 目の前で苦しんでいるツムギに対してユウトは剣を再び構えた。

 しかし様子を見るように距離を取っている、先ほどの不可解な魔法にユウトは慎重にならざるを得なかった。

 そんなユウトの様子をツムギは何とか蹲った状態で顔だけを上げて見ていた。ツムギは時折り見せるユウトが誰もいないハズの後方を気にする素振りに違和感を拭えなかった。


 「お前が魔女に与してるなら忠告しといてやる、魔女の言葉の大半は信じるに値しないと

な。魔女の奴は願い事を叶えると言って俺を従わせている気になっているが、俺は奴が

願い事を叶える力など持ち合わせていないことを知っている。

魔女の奴が俺を信じて無防備に近づいて来る時に殺してやる、俺はその時を楽しみあの

クソ魔女の下に付いてるんだ。

それを邪魔する奴は全員殺す、お前のパートナーもその仲間も」


 ツムギはユウトが何か喋っているのは聞こえるが内容まで頭に入って来なかった。

 自分の中の語り掛ける声の方が遥かに大きく、それのせいでユウトの話の内容のほとんどが分からなかった、しかし最後の言葉だけはツムギの頭に響いた。


 (ふざけんな、ルティも、フランも、ついでにヴィルヘルムも殺させるかよ。殺してたま

るかよ)


 ツムギは心の中で強く誓った。その瞬間に締め付けられるような胸の痛みは引いて、頭の中で鳴り響く誰かの憎しみの声も遠のいた。

 ツムギは重たい体を起こして剣を構えてユウトと対峙した。


 「俺の仲間に手を出そうってんなら此処でお前をぶっ飛ばす」


 「お前如きが出来るものならな」


 ツムギの強気な発言をユウトは鼻で笑った。

ユウトの発言通りにツムギは防戦一方であった。ユウトの弱体化の魔法のろいでツムギは重い体を動かすことで手一杯で攻撃をする余裕がなかった。

しかしそんな状態でもツムギが凌げていたのはユウトが先ほど受けた見えない衝撃波のようなツムギの魔法を警戒しているためであった。


 「ツムギさーん、ルティさんは無事保護しましたー」


 フランが大きな声でツムギにルティが無事であることを伝えた。

 ツムギはフランの声がした方向に視線を移した、するとフランと気絶したルティを背負ってこちらに向かって来るヴィルヘルムが見えた。


 「ここまでか」


 ユウトは誰にも聞こえないような小声で呟いた。するとユウトは先ほどまでと打って変わってガムシャラに剣を振り回してツムギを攻めた。

 突然の猛攻にツムギは後退りしながら剣で防ぐ、しかしツムギが後退りしていく方向の先には崖が待ち受けている。

 ツムギは自分の後方に待ち受ける崖に背筋を凍らせながら後退りをした、その場で攻撃を踏みとどまって耐えることも、ユウトと体勢を入れ替えて崖からエスケープする余裕もツムギにはなかった。

 ツムギが出来ることはヴィルヘルムたちが加勢に来るまで崖から落ちないようにユウトの攻撃を凌ぐしか手はなかった。


 ツムギがマズイ状況に追い込まれているのを視界で捉えたヴィルヘルムは背負っていたルティを1度地面に降ろし、急いでツムギの加勢に走った。

 風の魔法をまとって急ごうとヴィルヘルムはしたが、上手く風の魔法を発動出来なかった。


 (先代勇者の弱体化の魔法か、これじゃ間に合わないぞ)


 ヴィルヘルムは魔法が使えずに自力で走ったがツムギは既に崖のギリギリまで追いつめられていた。


 「ツムギ君」


 ツムギはヴィルヘルムの声が聞こえてチラリとヴィルヘルムを見た、あと少し耐えればヴィルヘルムが加勢してくれる、ツムギは歯を食いしばってその場で攻撃を防いだ。

 しかしユウトは大きく剣を振りかぶって強烈な一撃をツムギに繰り出そうした。


 (マズイ、強い衝撃で体が少しでも後ろに行くと落ちちまう)


 ツムギは焦った、しかしユウトが剣を振りかぶった瞬間にツムギの体に纏わり付いていた重さが何故か消えた。

 ツムギは体ごとユウトにぶつかるとその衝撃で体勢を逆転させた。

 今度は一転してユウトが崖のギリギリにと立たされた。そしてユウトはツムギに体当たりされた衝撃でよろめくと崖から足を踏み外し、体勢を崩したユウトはそのまま崖から落ちて行った。


 「無事でよかったよ、しかも先代勇者まで倒すなんて大手柄だよ」


 ヴィルヘルムがようやく駆け付けるとツムギに言葉をかけた。


 「この崖の下の先はたしか滝になってるんだっけか? しかもこの高さからじゃ普通無

事じゃすまないよな」


 ツムギはヴィルヘルムに質問した。


 「そうだね、この高さからじゃ厳しいかもね。しかも服を着たままこの早い流れの川に落

ちたら泳いで滝を回避するのは泳ぎが達者な人間でも難しいかな?

魔法なら何とかなるかも知れないけど、先代勇者は確か闇の魔法しか今は使えないハ

ズだしね」


 ツムギはヴィルヘルムの返答を聞くと崖の下を覗き込んだ。

 十数メートル下の川へと落ちたユウトがツムギはどうしても気になった、ツムギはユウトが崖から落ちていく瞬間にユウトの付けている黒い仮面がズレるのが見えた。

そして黒い仮面の下に見えたユウトの素顔は笑っていた。

 それはまるで始めから全てが予定通りの様な余裕の笑みにツムギには思えて仕方がなかった。


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