第8章 8-8 もう1人の黒い仮面の魔人の正体
急に戦うことを辞めて考え込んでいる目の前の魔物をどうするべきか、ツムギは思案していた。
ヴィルヘルムは黒い仮面の魔人と交戦し、ルティとフランも別の魔物と交戦している。
自分がどちらかの加勢に行けば事態は好転するだろう。しかし目の前の魔女の側近を名乗る魔物が突然攻撃を再開しないとも限らない、結局のところツムギは目の前の魔物を倒さなくては動きようがなかった。
(突然攻撃を辞めてこちらの動きをみている、何か罠でも張っているのか?)
先ほどまで自分を殺そうとしていた魔物が急に動きを止めたことに、ツムギは疑心暗鬼となり動けずにいた。
(さて、困ったわね。先ほどの闇魔法が目の前の勇者候補の仕業なら、目の前の勇者候補
は魔女側の人間と言うことよね)
魔女の側近は心の中で自問自答をした。
(目の前の勇者候補が魔女様のスパイであるとしたら戦うことは避けたいのよね)
ディルビルは考えた。勇者候補が魔女側に寝返った例は極僅かであるが過去にあった、ならば今回もそうなのではないかと。
しかし側近である自分に知らされていないことが腑に落ちなかった。
そして何よりもディルビルが疑問に思っていることがあった。
(可笑しいわね、さっき感じたハズの魔女様の加護が消えてる)
ツムギに対して先ほど感じた魔女の加護の力が消えていることにディルビルは頭を抱えた。
魔女の加護の力も女神の加護と同様に、【本来であれば】出し入れ出来る物ではない。
先代勇者は魔女の加護を常に付与されているし、勇者候補たちは女神の加護が常に付与されている状態なのだ。一時だけ都合よく使える力ではない。
ならば先ほどの勇者候補の力は何だというのであろうか? ディルビルは自分の理解を越えた現象に動けずにいた。
ツムギと魔物が両者動けずにいる中で別の戦いの天秤が傾いた。
ヴィルヘルムが黒い仮面の魔人との戦いで優勢になっていた、そしてヴィルヘルムの攻撃が黒い仮面の魔人の仮面を弾き飛ばした。
仮面が取れると黒い仮面の魔人は動きを止めた。
それを見たツムギの目の前の魔物、ディルビルは黒い仮面の魔人のもとにと駆け寄った。
「やっぱりメンテナンスが不十分のようね、仮面が外れたくらいで動かなくなるなんてね」
ディルビルはそう言うと地面に落ちた黒い仮面を拾い上げた。
「ウソっ、その人ってもしかして、…トール様?」
仮面の下の素顔を見たルティが呟いた。
「アラ、この男のこと知ってるんだアンタ?
まあ女神側では多少は知られてるみたいだからね」
魔物のディルビルがそう言ったが、異世界のことについて疎いツムギと、そしてフランとヴィルヘルムも知らない様子だ。
ツムギはルティに尋ねたが、ルティは黒い仮面の魔人の正体に呆然としている。
まるで死人にでもあったかのように。
「トール様は先代勇者のユウト様の仲間の1人よ、そしてクルミ様の弟。
でも、前回の魔女との戦いで死んだはずじゃ?」
ルティは信じられないという表情でツムギに伝えた。
ツムギがかつての先代勇者の仲間のトールを見た印象は、少し生意気そうであるが整った顔立ち、背格好は先代勇者と近い感じである。
しかし仮面の下のその表情はどこか生気が無く、まるで感情の無い人形のようにツムギは感じた。
「まだ仕上げに時間が必要ね。というわけで今日のところはここで引かせてもらうわ」
ディルビルが黒い仮面を付けたトールを連れて立ち去ろうする、それをヴィルヘルムが立ちふさがろうとするが村に散らばっていた魔物たちが壁となって、ディルビルと黒い仮面の魔人が退却するのを助けた。
「逃げられちゃったか」
結局ツムギたちはディルビルとトールを取り逃がした。ヴィルヘルムが仕方ないかと言った口調でぼやいた。
魔女の側近であるディルビルは逃走中に今回戦った勇者候補のことを考えていた。勇者候補から感じた魔女様の加護の力について。
(私が知ってる限り現在魔女様の加護を付与されているのは2人だけのはずよね)
ディルビルは現在闇の魔法を使える人間を思い返す、自分が知る限りは先代勇者と、自分の横に居る黒い仮面を付けたトールだけである。
そしてあの場に居て闇の魔法を使えたのはトールだけである。トールはまだ不完全で魔女様の調整が必要だ、ならばあの時に感じた魔女様の加護は、闇の魔法はトールの誤爆ではなかったのか?
そう考えれば辻褄が合うとディルビルは納得し、魔女の下へと帰路した。




