第8章 8-6 最弱の勇者候補
「おやおや、もしや勇者候補の1人じゃありませんか。
標的が向こうからやってくるなんて感激だわ」
言葉を発したのはツムギの目の前に居る黒い仮面の魔人ではなく、その横にいた人型?と言っていいのか微妙な姿の魔人であった。
その魔物は人間くらいの大きさであったが、その手足の先は錐のように鋭く尖っている。
「ご機嫌麗しく、私はディルビル。魔女様が側近の1人よ。
早速で悪いけど死んでくださる」
手足の鋭く尖った魔物はそう口にするとツムギへと襲いかかった。
ツムギは妙な喋り方に気を取られて完全に油断していた、ディルビルと名乗った魔物はツムギとの距離を詰めると、尖った手?のような部分がツムギの顔面を目掛けて飛んできた。
「うわっ、ちょっ」
ツムギは慌てて剣でその一撃を凌いだ、しかし衝撃で後ろに踏鞴を踏んだようによろめく。
魔物はその追撃の手を緩めずに2撃目、3撃目を繰り出す。ツムギは何とか凌いだ、しかし体制を崩して後ろに大きくすッ転ぶ。
魔物は手を止めずに次の攻撃の動作に入っている、躱すことも防ぐことも出来ない状況にツムギは思わず目を瞑る。
「あれっ?」
ツムギは思わず恐怖で目を瞑ってしまったが次の攻撃がこない、時間がゆっくりと感じるという現象だろうか?
ツムギはゆっくりと目を開けた。目を開けたツムギの前にはヴィルヘルムが悠然と立っていた。ルティとフランも急いで駆け寄ってきている。
「駄目だよツムギ君、戦闘中に寝ちゃあさ」
ヴィルヘルムがツムギに冗談交じりの嫌味を言った。
魔物がツムギに攻撃をする前にヴィルヘルムが割って入り、魔物を元居た位置まで退けていた。
「あんまり眠たい攻撃だったんでつい寝ちゃったよ、ハハハ」
ツムギはヴィルヘルムの嫌味に精一杯の虚勢を張って強がった。
しかし内心は心臓がバクバクである、通り魔に突然襲われたらこんな心境にでもなるのかもしれない、ツムギはそんな感想を抱いていた。
「驚いたわ~、勇者候補の中で最弱の剣の所持者だから簡単かと思ったけど、まさかこん
な強者が仲間に居たなんてね~。
私の顔に傷つけた罪をどう償わせようかしら?」
ディルビルという魔物は苦々しい口調で言った。
ツムギは魔物の顔を見ると確かに剣で切り裂いた傷跡があった、ヴィルヘルムが付けたのであろう。しかしそんなことよりツムギは魔物発言が気になった。
「誰が最弱だ、不意打ちで勝った気になってんじゃねえぞ」
ツムギは最弱呼ばわりされて頭にきた、確かに自分より強い奴は多くいるかもしれない(近くに既に自分よりも強いヴィルヘルムがいるし)。
しかし自分は腐っても勇者候補である、この村でも魔物と多く出くわしたが苦戦などしなかった、ツムギは(女神の加護のおかげであるが)そこそこ強い自信があった。
「アナタ女神の武器が倒した魔物の数で強くなるって知ってる?
魔女様の話だと、アナタ今回の勇者候補の中でダントツで魔物を倒した数が少ないらしいわよ。
だから勇者候補の中で1番怖くない存在なのよね~」
「俺って勇者候補の中で最弱なの?」
魔物の話を聞いたツムギは驚き、つい声が出た。
ツムギは自分の記憶を呼び起こす、正確な数は覚えていなかったが少なくとも今まで百以上の魔物を倒しているはずだ、それなのに勇者候補で1番魔物を倒した数が少ないなど、勇者候補最弱など信じたくなかった。
「まあこれからレベルアップすればいいわけだしね」
「ツムギさんは優しいし、良い人ですから」
ルティとフランが心もとないフォローを入れる。
「ツムギ君、ドン☆マイ」
ヴィルヘルムは笑いを堪えながらそんなセリフを吐いた。
ツムギはもう1人の黒い仮面の魔人と、魔女の側近の魔物と戦いを繰り広げる前に精神的にダメージを受けた。




