第1章 1-5 旅立ち
旅立つ前に導師タウは手向けの言葉を告げてきた。
「お主達の元居た世界ではトマトという食べ物があるのう。トマトは土地が過酷なほどその実に甘さを蓄え成熟させるらしい、どうかお主達も同じように過酷を己の成長の糧にしてほしい」
導師タウの良いことを言ったといわんばかりの顔に多少の苛立ちは覚えたが旅立つことにした。
しかし、いざ魔女の討伐だと言っても何から始めるかも分からないのでパートナーであるティナに聞いてみる。
「とりあえず、旅の最低限の準備もあるし一番近い村に行くわよ」
今まで生きてきて旅など修学旅行くらいしか経験がないのに、いきなり女の子との二人旅などハードルが高すぎて何を話そうかと考えていると、ティナの足がピタリと止まる。
「どうかしたの?」
何かティナの気に障る失言でもしてしまったかとふと考えるが、思い当たらない。それもそのはずだ、導師タウと別れてまだ5分程度歩いただけだ、失言も何も旅立ってから会話するのは今が初めてではないか。
「目的地に着いたのよ」
ティナと何を喋ればいいのかで頭が一杯で周りなど見ていなかったが確かに目の前に村がある。いや、村と言うには規模が大きすぎる、俺の知っている言葉を当てはめるならばそこは都であった。
「ここが異世界で最大にして最も安全な場所、聖都シャイナスよ。
女神様の御神体が祀られていてここでは魔物の力も十分の一以下になるし、近くに異世界最強の魔導士である導師タウ様がいるからどうしても人が集まるのよね。」
聖都シャイナスはとても広く建物はレンガで出来ていて、自分がいた世界とは違い機械で出来た物は一切見かけなかった。やはり異世界なのだと改めて実感する。
ティナの説明を受けながら旅に必要な物を買い集める。買い物といっても俺は荷物持ちをしているだけで全てティナが買っている。
そこそこの量の買い物を終えると宿を取りようやく一段落する。
ただ、買い物中にティナがお金を払った様子がなく疑問におもっていた。気になりティナに聞いてみることにした。
「この世界には通貨ってないの?」
「勿論あるわよ」
ティナは巾着袋から金貨、銀貨、銅貨といった三種類のコインを取り出して見せてくれた。
ティナは俺が何を言いたいのか悟ったのだろうか、手のひらをポンと叩いた。
「買い物中にお金を払わずに済んだのはこれを見せたからよ」
ポケットから黄金に輝く手のひらに収まるサイズのカード取り出す。
「これは勇者候補のパートナーに渡される物で身分証のようなものよ、これを見せれば代金を払う必要は基本ないわ。魔女を倒す勇者候補から金を取ろうとする人間はまずいないからね」
「それがあれば現金は持ち歩く必要ないんじゃないの?」
先ほど現金がそこそこ入っている巾着袋を持っているので聞いてみた。
「聖都であるここシャイナスならいんだけど、ここから離れれば離れるほど魔女の脅威に晒されるのよ。そうすると勇者候補なんて魔女にとっては一番危険な存在だからね、おいそれと身分を明かしたら命が危険だから現金も持ってないと困るでしょ。」
説明を受けるとなるほどと納得する。
「日も落ちてきたから早いけど明日に備えて寝ましょうか。」
するとティナは二つあるうちの一つのベットに潜り込む。
「えっ、同じ部屋で寝るの?」
ベットが離れているとは言え流石にマズいと思いティナに問い掛ける。
「いくら安全な聖都だからってアンタは勇者候補なんだから、何処で命を狙われるのか分からないのよ、離れてたらいざって時に守れないでしょうが。」
当たり前だとばかりに言うとティナは布団を被り寝てしまった。
俺はこの瞬間が一番異世界に来て良かったと思い眠りに着く。いや眠れない、寝られるわけがない。
俺の異世界生活の一日目は結局眠ることなく終わり、二日目の幕が開くのであった。




