第8章 8-2 此処に居る意味
ツムギたちはリーナと別れた後も変わらずに先代勇者の足取りを追っていた。
しかしツムギたちの旅の行動は今まで通りというわけにはいかなかった。
「はあ~、僕は柔らかいベッドで寝ないとよく眠れないんだよな~」
ヴィルヘルムは他の仲間に聞こえるように大きな声で独り言を愚痴った。
愚痴りながらヴィルヘルムはツムギにチラチラと視線を送った。
(俺だってできればベッドで寝たいっつうの)
ツムギは声には出さずに心の中で愚痴った。
ツムギたちはリーナと別れてからなるべく村での宿泊をしないようにしていた。理由は勇者候補という立場が危うい物へと変わったせいであった。
勇者候補が魔女と繋がっているかもしれない、その疑念はまだごく一部の人間が抱いているだけであるが勇者候補という存在に1つの影を落とした。
ツムギ以外の勇者候補もモチロンであるが、ツムギは過去に1度内通者の疑惑が上がっていた。他の勇者候補と比べてもツムギを黒に近いグレーと見る者が多く居ることは確かであった。
「俺は外で寝るから皆は村の宿屋で寝てきていいよ」
ツムギは自分が悪くはないが原因であることに後ろめたさ覚えてルティたちに宿で休むように提案した。
「えっ、本当にいいの!?」
ヴィルヘルムが満面の笑みでツムギに聞き返す。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ、アンタは魔物にも命狙われてるのよ。
魔女の天敵である勇者候補を1人になんてさせるわけないでしょ」
「そうですよ、それに慣れれば野宿でも意外と平気ですよ。
離れて村で休むよりも皆さんと一緒なら外の方が私もいいですもん」
ルティはツムギの提案を一蹴した、そしてフランもルティの言う通りだと優しい言葉をツムギに掛けた。
「そ、そうだよツムギ君。僕たち仲間じゃないか」
ヴィルヘルムは自分だけが酷い奴であるように感じたのか、先ほどまでの自分の発言は冗談だとばかりに笑って誤魔化した。
ツムギはルティとフランの優しさに涙が出そうになった。ヴィルヘルムの取って付けたような言葉にさえツムギは感謝していた。
(先代勇者の奴が仮面を外して素顔を晒さなければこんなことにならなかったのにな)
ツムギは心の中で先代勇者に恨み言を吐いた。
しかし何故、先代勇者はわざわざ素顔を晒したのであろうか、現状のように勇者候補の立場を悪くすることが狙いだったのであろうか?
それとも別の狙いがあるのではないか、何故かそんな疑問がツムギの脳裏を過ぎった。
「後1~2日歩くと村があるからそこで食料とか最低限必要な物を買うために少し立ち寄
りましょうか、なるべく滞在時間を短くするために前もって買う物をリストアップし
ときましょう」
ルティの声で我に返るとツムギも必要な物を紙に書いてルティへと渡した。
日が落ちたので野営のための準備を開始した、準備か終わると軽い食事を取って休むことにする。
しかし寝るにも全員で眠るわけにはいかないので見張り役を立てなければならなかった(見張りの時間はフランのみ他の皆より短く他の3人は平等に同じ時間配分にしているが)。
「じゃあいつも通りあみだくじで決めるので良いわよね?」
ルティがそう言うとツムギは自分が最初に見張りをすると挙手した。
「そう、じゃあお願いね。ちゃんと時間になったら起こすのよ」
ルティはそう言って眠りに就く、ツムギは自分がなるべく長い時間見張りで起きていようと思っていたのをルティはしっかりと見抜いていた。
しかしツムギはやはり自分が長く起きていようという思いは変わらなかった、自分が勇者候補であるせいで他の皆にも迷惑が掛かっていることは変えようのない事実であったのだから。
「はあ~、本当にどうしよう」
他の皆が眠りに就いたのを見届けてツムギは小さく子声で呟いた。
ツムギは眠りたくても眠れる心境ではなかった、その原因はリーナとの会合で新たな知りたくない事実を知ってしまったからであった。
その知りたくなかった事実とは時間の流れであった。
「はあ~、元の世界でも同じ時間が流れてるとか無いわ~」
ツムギは嘘であってくれと嘆いた。
リーナから聞かされた話は先代勇者が異世界で過ごした時間と同じ時間だけ、元の世界でも時間が経過しているということであった。
ツムギが異世界に訪れてからまだ1年間は経ってはいないが、既に10ヶ月間程度の時は経っていた。
「高校も退学になってるのかな?
大学出が普通になってきてる時代に高校中退とかニートまっしぐらじゃんかよ。
行方不明の間のこと聞かれても異世界に行ってたなんて誰も信じないし
元の世界戻ってもどうすりゃいんだよ」
ツムギが通っていた高校など下から数えた方が早いような高校であった、それでももう一度試験を受けても受かるとは言い切れない。その上更に2~3年と異世界で過ごせば元の世界に戻って自分の居場所などあるかと不安にツムギは駆られた。
「あれっ、でも10年くらい行方不明だと死亡扱いになるんじゃなかったっけ?」
ツムギは10年後魔女を倒して元の世界に戻ったところを想像した、10年間行方不明でその間は異世界を救っていましたなんて言っている奴を誰が相手にするのだろうか。
ツムギは頭を抱えて自分の未来から目を背けたくなった、これから自分が待つ未来は大きな暗い落とし穴が待ち受けていることに。
(あれっ、でも先代勇者は何も知らされず突然その暗い穴に落とされたんだよな。
それと比べたらまだ先に不幸が待っていると覚悟出来る俺はマシなのかな?)
ツムギは突然暗い落とし穴に突き落とされた先代勇者のことを不憫に思わずにはいられなくなった。
ツムギは先代勇者の境遇を考えると自分のことのように感じて胸が苦しくなった、これから自分が向かうかも知れない未来だからそう感じたのだろうか? それとも…
「何ブツブツ言ってるのよ、傍から見たら今のアンタ気持ち悪いわよ」
ルティの声に驚きツムギは考えを中断された。
「ゴメン、起こしちゃった?」
ツムギはそう声をかけるとルティは時間を計る道具を取り出した。(異世界で時刻を知るための道具で太陽や月、星の位置から大まかな時刻を知るために多くの人間が携帯している時計のようなものであった。ツムギが元の世界にあった時計程正確に時刻を知ることは出来ないが)
「起こしちゃったじゃなくて、ちゃんと時間になったら起こしなさいよ」
そう言ってルティはツムギの頭に軽くチョップした。
「ちゃんと体を休めなさいよね、戦闘になったら少しは頼りにしてるんだからね、勇者候
補様」
ルティはそう言ってウインクをツムギにした。その姿にツムギはドキリと胸が早く鼓動したのを感じた。
「それとツムギがさっきまで見張りをしてたのはヴィルヘルムには内緒ね、もう少しした
らヴィルヘルムを起こして私は見張りしてたことにしちゃうから」
ルティはイタズラっぽく笑って人差し指を唇に当てて秘密だからねとポーズを取った。
「モチロン」
ツムギはそう言って親指を立てて快諾したポーズを取った。
そしてツムギは毛布を被り眠りに就こうした、先ほどまでの不安は嘘のように消えていた。この先どのような未来が待っていようとも異世界に来たことが意味あることであった、ルティが居るだけでツムギにはそう思えた。




