第8章 8-1 一変する立場
ツムギはリーナの自信の根拠を知りたくて尋ねることにした。
「先代勇者に勝つための秘策があるんだよね?
俺たちにもおしえてよ」
「先代勇者の奴を殺そうとしていないお前たちに教えるメリットがあるとは思えんが?」
ツムギのお願いはリーナにあっさりと断られた、ツムギは代わりにこちらからも何か情報を提供しようと考えたが、自分たちは交換に与えるカードを持っていなかった。
先代勇者のおおよその居場所が分かっていれば交渉のカードになったであろうが、先代勇者との戦いからある程度の時間が経っている現在では何処に居るかなどツムギには見当も付かない。
リーナはツムギに教える気はなさそうなので、仕方なく諦めようとした時にフランもリーナにお願いをした。
「知りたいのかフラン? 仕方ないから私が教えてやろう」
先ほどまで自分がどんなに頼んでも頑として教えようとしなかったリーナが、フランが軽く頼むとあっさりと教えようとしたことに若干イラッとツムギはしたが内容が気になるのでリーナの話を黙って聞くことにした。
「先代勇者の力は相手を弱体化させる魔法、いや呪いと言っていいだろう。
正面から1対1で戦えばおそらく異世界で勝てる奴はいないだろう。
しかし奴の呪いの力も完全ではないみたいだ」
「へえ~、付け入る隙を見つけたんだ?」
リーナの話を聞いたヴィルヘルムは驚きを露にした。
今まで数々の強者を退けてきた先代勇者に勝つ算段を持っていることにヴィルヘルムは素直に関心した。
「別段難しいことじゃない、奴の呪い力は相手を認識する必要があるらしい。
奴に気付かれる前に背後からでも刺し殺せば弱体化させられることはないようだ」
リーナはサラッと恐ろしいセリフを吐いた。
「だからこそ奴の居場所を掴み、そして気づかれないように尾行をして寝ている隙など弱体化される前にけりをつければ1人でも十分に奴を殺せる、私の得意分野だ」
リーナは自信満々に言い切った。
得意分野と言ったリーナの言葉にツムギは疑問を抱き聞いてみた。
「得意分野って、尾行するのが?」
「尾行もそうだが暗殺にかけては昔少し嗜んでいたんでな。
まあ10年以上も昔の魔女の下で働いてた時の話だがな」
ツムギはリーナの言葉に耳を疑った。
リーナの話では約10年前の女神と魔女も戦いで魔女側に与していたらしい、その戦いで先代勇者のユウトの暗殺を魔女に命令をされたが返り討ちあったとのことだ(正確にはフランの師匠であるセリーヌに負けたらしいが)。
その後、女神と魔女戦いが女神側の勝利で幕を下ろすと魔女側に加担したリーナは処刑されるハズだった、ところがセリーヌはリーナの身柄を保護を申し出た。
女神側の功労者の1人であるセリーヌの恩賞として特例ではあるが、魔女に加担した魔人であるリーナは命拾いをした。
「そんな訳でセリーヌ様は命の恩人なのさ、だからどんな手を使おうと先代勇者の奴を殺してセリーヌ様を私の手で助けるつもりだ」
リーナの話を聞いて驚いたのはツムギだけでなかった、同じセリーヌの弟子であるフランも驚いて言葉を失っていた。
「そう言えばフランにも話したことはなかったな、他の弟子仲間にも話したことはなかったからな」
「弟子仲間と言ったらショコラはどうしたの? リーナと一緒に行動してたんじゃなかったっけ?」
リーナの話を聞いてフランはもう1人の弟子仲間の名前を出した。
ツムギは記憶の糸をたぐる、女神の巫女であるセリーヌの弟子は確か4人居たはずだ。フランとリーナ、それとレオンに同行してるセシリとかいった生意気な金髪縦ロール、それと今話題に上ったショコラという子が最後の弟子のようだ。
「ショコラとは途中まで一緒に居たさ、だけどショコラの奴が少数で動いても限界があると言ってな、勇者候補の奴の仲間に同行することにしたぞ」
「勇者候補ってどんな奴?」
リーナの話を聞いてツムギが質問した。
「名前は憶えてないが、確か銃を持っていたな」
「武器が銃ってことはハヤトの奴か」
リーナは勇者候補に興味がないのか、どうでもよさそうに言った。
話すことを全部終えたとリーナは判断したのか、席を立ちツムギたちの居るテーブルからリーナは立ち去ろうと出口へと向かった。
「1つ言い忘れたことがあった」
リーナは振り返るとツムギに忠告をした。
「これから自分が勇者候補だと悟られないように動いた方がいいかもしれんぞ」
「どういう意味?」
リーナの言葉の真意が分からずツムギは聞き返した。
「異世界中に黒い仮面の魔人の正体が先代勇者だと知れ渡った、そのことで勇者候補が実は魔女の手先だと主張する奴らが出てきてな。
勇者候補を殺すべきだと言い出す奴も多少であるが現れてるらしい、魔女側以外からも命を狙われる可能性が出てきたと言うことだ」
「何だって?」
リーナに説明されたツムギは信じられなかった、というよりも信じたくない事実を聞かされた。
「何かあったらその男を差し出してすぐに逃げるんだぞ、フラン」
リーナはツムギの身などどうでもよさそうだった、フランの身だけを心配していた。
「ツムギ君、くれぐれも僕を巻き込まないでね」
ヴィルヘルムはにっこり笑うと爽やかにツムギを突き放す発言を口にした。
ツムギはヴィルヘルムがそういう人間だと知っていたつもりであった、しかし目の前で改めて言われるとツムギはヴィルヘルムをぶん殴ってやりたい気持ちになった。
ツムギは異世界に抱く思いが最初と比べて次第に変化していた。
無理矢理に異世界に召喚され、更には女神が起こした面倒事の後始末を押し付けられたかと思ったらその上、救おうとしている異世界の人間たちからも命を狙われるなど堪ったものではない。
ツムギが最初に抱いていた希望やワクワクは、この世界への嫌悪感へと変わりつつあった。




