第7章 7-5 傍迷惑(はためいわく)な戦い
ヴィルヘルムとリーナが戦闘をするようなのでツムギは回れ右をして宿屋のドアの方向に歩いていこうとした。
しかしツムギがドアに向かう途中で後ろから大きな音がしたので振り返る、するとリーナがヴィルヘルムとの距離を詰めるように駆け出し、ヴィルヘルムが横に大きく転がり距離を詰められるのを拒んだ。
「部屋の中で戦うのかよ」
ツムギはてっきり外に出てから戦闘するものと思っていたのでつい声に出してツッコミを入れた。
そんなツムギを無視するように2人は戦いを続けた。
ヴィルヘルムが転がりリーナとの距離を取った、がすぐにリーナは横に転がったヴィルヘルムに追い付くと短剣を振り下ろした。
しかしヴィルヘルムは自身の剣でリーナの短剣を止める、先ほどまで無かったハズの剣を手にしている姿に多少動揺したのか今度はリーナが後ろに飛びのき距離を取った。
「ヴィルヘルム負けんじゃないわよー」
2人の戦いを観戦しているルティはヴィルヘルムへと声援を送った。
室内で(正確には宿屋の食堂で)急に戦いを始めた2人を見て宿屋の主人は口をポカンと開けてフリーズしていた。突然のことで何が起きたのか分かっていないみたいである、その主人にいち早くフランがペコペコと頭を下げて謝罪をしていた。
2人の戦いは周りで食事をしていた他の宿屋の客もお構いなしである、テーブルはひっくり返り椅子が宙に舞っていた。
「すみません、すみません、すみません」
他の食事をしていた客にツムギは頭を下げて平謝りをした。そんな中でも2人は戦いを辞めはしなかった。
2人の戦いは目まぐるしく動き周りすれ違いざまに剣と剣がぶつかり合う、その動きは何とか目では追えるが、人が動けるスピードを逸脱した速さであった。
文字通り目にも止まらぬ、とまではいかないが、それに近い一瞬目を離すだけで状況の分からなくなるほどの速い戦いである。宿屋の主人や他の客もその2人の戦いに次第に目を奪われていた。
「やるなお前、私の動きについてこられる奴は滅多に居ないんだがな」
「僕もこれほど風の魔法を繊細に使える人は初めて見たよ。
でも、そろそろ終わりにさせてもらうよ」
ヴィルヘルムはそう言うと近くのテーブルにあったコップの水を宙に撒いた。
するとその宙に撒かれた水は一瞬で蒸発すると部屋中を濃い霧で満たした、ツムギは何が起きたのか全く理解出来きずに視界は真っ白になった。
「小癪な真似を。
風よ、全てを薙ぎ払え」
リーナがそう言うと突如強い突風が霧を霧散させた、その強い突風は部屋の窓ガラスを打ち破り、戦いを観戦していた他の客も後ろに吹き飛んだ。
ツムギも突風で後ろに飛ばされると、運悪く後ろにあった椅子に頭を強く打ち付けて悶えていた。
「これで終わりだ」
霧が晴れるとヴィルヘルムはすでにリーナの目前へと迫っていた。
リーナは軽くチッと舌打ちをすると横に飛ぼうとした、しかしリーナは足を動かすことが出来なかった。
部屋の床を突き破り、土がリーナの足元を固めて身動きを封じていた。リーナは強く舌打ちをして短剣を前に出してヴィルヘルムに対してカウンターを狙うことにした。
「炎よ我が剣に、風よ我が前を阻む愚か者に、炎風斬」
ヴィルヘルムがそう言って剣を振り下ろすとリーナの剣を簡単に切断した。
カランっ、と音を立ててリーナの短剣の半分が床に転がった、切断されて床に転がる短剣の切り口は余程の高温なのか赤く色を変えていた。
「僕の勝ち、だよね」
「チッ、これほど腕の立つ変態だとはな」
リーナは半分に切断された短剣の柄を離し両手を上に上げて降参のポーズを取った。
ツムギは自分が遅れを取った相手に完勝したヴィルヘルムを見て、改めてヴィルヘルムの強さを目の当たりにした。
「変態とはいえこれほどの実力者がいるパーティーならフランが同行するのも仕方ない
から許してやろう」
リーナは偉そうに上から物を言っていたが、その大切なフランが2人の戦いのせいで無茶苦茶になった宿屋の食堂のことで主人に頭を下げているのがこの女は見えないのであろうか?やはりこの女も余り関わり合いになりたくない輩であるとツムギは改めて思った。
「君は先代勇者を殺すって言ったけどさ、正直言って僕でも先代勇者には正面から戦っても勝てないと思うよ?」
ヴィルヘルムの弱気な言葉にツムギは驚いた、ツムギ自身一度しか先代勇者と剣を交えたことはなかったが、体を急に重くする不思議な力以外は別段特筆するような力は無かったと思ったが。
もしも戦うことになるならツムギは先代勇者よりもヴィルヘルムの方がよっぽど強いという思いがあった。
「確かにな、まともに正面から戦うならだがな」
リーナは何か含みのあるように言葉を発した。
更にリーナは気になる発言を口にする。
「そして面倒なことにもう1人の黒い仮面の魔人の出現だ、そのせいで先代勇者の足取りを追うのが面倒になってしまってな」
「もう1人の黒い仮面の魔人?」
ツムギはリーナの発言につい大きな声を上げて聞き返した。
黒い仮面の魔人は女神と魔女の戦い必ず現れていた、ツムギがルティやフランに旅の途中で聞いた話では黒い仮面の魔人は1人だけだ、複数確認されたことはないと言われてたハズだが?
「ちょっと、今の話本当なの?」
ルティが身を乗り出してリーナに詰め寄った。
「何だ、まだお前たちは知らなかったのか」
リーナはツムギたちの知らない情報を知っているようだった、ツムギたちは改めてリーナと情報を交換することにした。
しかしテーブルも椅子も先ほどの戦いでまともな物は無かった、リーナは新しいテーブルと椅子を宿屋の主人に持ってくるように言った。
宿屋の主人はフランの賢明な謝罪で怒りのボルテージが下がってきたところであった、しかしリーナの言葉で怒りが頂点に達したのかプルプルと震えていた。
「お前ら出てけー」
宿屋の主人はツムギたち本人と荷物を外に放り出すとドアをバタン、と閉めてしまった。
「短気な主人だな、あれくらいのことで怒るとは」
リーナは悪びれもせずに言い放った。
自分の宿を滅茶苦茶にした挙句、壊した本人にまともなテーブルと椅子が無いから新しいのを持ってこいなどと言われたら誰でも怒るであろうとツムギは思った。
「本当だよね~、客商売に向いてないと僕も思うよ」
「そんなことより早く話の続きを聞かせなさいよ」
ヴィルヘルムがリーナに同意する、ルティは全く関心が無いかの様な振る舞いだ。そんな3人を見ているとツムギは頭が痛くなってきた。
ふと横を見ると謝り疲れたのか、フランが疲れた表情で項垂れていた。
そんな疲れたフランの頭を軽くツムギは撫でた、今度は自分が謝る役をやらなくちゃな。そんなことを思いながらツムギは前を歩く3人の後ろを歩いた。




