第7章 7-3 リーナ
ツムギは突然の出来事でパニックになり頭が上手く働いていなかった。
上手く働かない頭を何とか動かし、ツムギは現在の状況で分かっていることを整理することにした。
(自分の目の前のフードを被った女は黒い仮面の魔人、つまり先代勇者の行方を追っているらしい。何故追っているかなど目的は不明だ。
そして何故自分に行方を聞いてきたのか?何故短剣を突き付けられているのか?それも不明だ。
分かっていることは目の前のフードの女は竹の短いマントを羽織っていること、そしてそのマントの下ではマントで隠し切れない大きく立派な胸の持ち主ということか。って、違うだろ、何を考えてんだよ俺は)
ツムギはパニックになっているためか、はたまた元々の頭の程度が残念であるのか、ツムギが頭の中で整理した状況はただ見た通りのことでしかなかった。
今のツムギの頭の中はフードの女の立派な胸のことが大半を占めていた。雑念を振り払うためか、ツムギは頭を強く左右に振り雑念を払おうとした。
「お前、頭は大丈夫か?」
短剣を突き付けられた状況で急に頭を左右に振り始めたツムギを見て、フードの女は変人でも見る様にツムギを侮蔑の目で見た。
「先ほどのお前の何者かとの質問に答えてやろう、私はリーナ・シルフィード。
女神の巫女であるセリーヌ様の弟子の1人だ」
「セリーヌさんの弟子?ってことは、フランが言ってた4人の弟子の1人か」
リーナと名乗ったフードの女はツムギの口から出たフランの名前にピクリと反応した。
「お前はフランのことを知ってるのか?」
「知ってるも何も今一緒に旅してる仲間だっての」
リーナはツムギをジッと観察すると、突き付けていた短剣を下して被っていたフードを取った。
フードの下からは銀髪で髪が短い美しい容姿が現れた。
リーナの顔を見たツムギは漫画などに出てくる美しい種族の代名詞であるエルフが頭に浮かんだ。
「大人しく待っていればいいのに、旅などして怪我でもしたらどうするつもりだフランの奴め」
リーナは先ほどまでの冷静沈着なイメージと打って変わって、あたふたとした様子でフランのことを心配していた。
ツムギはフードを取ったリーナを改めて見てドキリとした。
年齢は概ね20歳過ぎくらいか、銀髪のショートカット、マントでも隠し切れない立派な胸、膝下まである長いブーツを履き、かなり短いスカートは動き易くするためか横に少し切れ目が入っていた。
その短いスカートの切れ目から見える白い太ももにツムギは目を奪われた。
「聞いているのか?」
リーナの呼びかけにツムギは我に返った、ツムギは煩悩を振り払おうと再び頭を強く左右に振った。
ツムギは煩悩を頭から追い出すと疑問が浮かんだ、リーナは自分が勇者候補であることを知っていたのに何故短剣を突き付けてきたのだろうか?
とりあえず浮かんだ疑問をツムギは尋ねることにした。
「どうして俺が勇者候補って分かっていたのに襲ってきたんですかね?」
ツムギは自分を突然襲ってきた相手に対して何故か丁寧に喋っていた、理由は簡単である、相手が美人だったためである。
異世界に来てから可愛い女の子と関わることに多少慣れてきたツムギではあったが、年上の美人を目の前にしてツムギ本来の女性慣れしていない部分が顔を出してしまった。
「勇者も勇者候補も私は信用していないからだ、特に先代勇者の奴は特にだ」
先代勇者のユウトになにか恨みでもあるような口調でリーナは語った。
とりあえずツムギはリーナをフランが居る宿屋へと連れて行くことにした。
宿屋に向かう道すがらツムギはリーナとの会話のキャッチボールをするために質問や世間話を投げかけたが、リーナはああ、そうか、の一言で会話が終わるのでツムギは諦めて無言で自分が泊まっている宿屋へと速足で戻った。
ツムギはようやく自分が泊まっていた宿屋へと戻ると宿屋の出入口のドアを開けて中へと入った、自分が部屋を取っている2階へ上がろうとしたが横の食堂で(宿屋の1階の1部のスペースが食堂となっている)ルティとフランが食事をしている姿が視界に入りツムギは足を止めた。
ヴィルヘルムは見当たらないが2人は朝食を取っているようである。
ツムギはルティたちが食事をしているテーブルに歩いて行こうとした、すると後ろに付いてきていたリーナがツムギを追い抜いてフランの居る場所へと駆けて行った。
「久しぶりだなフラン、怪我などしてないか?寂しくなかったか?」
そう言ってリーナはフランにガバッと抱きついた、フランは突然の出来事に混乱している様子だ。
「何でリーナが此処に?」
「そこにいる勇者候補にフランの所まで案内してもらったんだ」
リーナは先ほどまでツムギと居たときの不愛想な様子とは打って変わって、年の離れた妹を可愛がる様にフランに戯れ付いた。
「フランは無理に旅することないぞ、セリーヌ様を襲った黒い仮面の魔人は私がキッチリ始末してやる」
リーナの言葉を聞いてツムギはリーナが先代勇者を追う理由を理解した。
そもそもフランがツムギの旅に同行をした理由は、師であるセリーヌの昏睡状態を解くために黒い仮面の魔人を説得するか、殺すかし呪いを解くためであった。
しかし黒い仮面の魔人が先代勇者であったこと、そして先代勇者のユウトの身の上に起こったことを考えるとツムギはなるべく戦いたくはなかった。
「ユウト様を殺すですって?
そんなこと絶対に私がさせないわよ」
「誰だ、お前は?」
リーナの言葉を聞きルティが嚙みついた。
先代勇者にかつて命を救われたルティは今も先代勇者を慕い尊敬していた、片やリーナの立場は自分の師の仇である。対立するのは当然であった。
ツムギはしまった、と思ったが時すでに遅く2人の間には険悪な雰囲気が広がっている。
ルティとリーナの2人の間に割って入ろうとツムギは思ったが、ある意味で魔物よりも怖い2人を前にツムギは一瞬、躊躇して足が止まる。
やはりことの成り行きを少し見てからにしよう、ヘタレな本性が出たツムギは少し離れた位置で傍観することにした。
少し前までは今朝見た悪夢のことで頭が一杯だったはずのツムギであったが、今朝見た悪夢のことなで既にツムギの頭の中からは消えていた。




