第6章 6=7 初代勇者の幻影
このエピソードは元勇者視点です
先代勇者のユウトは女神が犯した罪の詳細を語った。
異世界は遠い昔人間同士の争いが絶えなかった、争いの理由などそこらじゅうに転がっていた。
女神は人々の争いを解消するために1つの方法を思いついた、人々の負の感情をぶつける存在があればいいではないかと、そして魔女と魔物を作った。
魔女と魔物は人々から長い期間暴力を受け、陵辱され、虐げられ続けた。
異世界に平和が訪れたのである、最も愚かで残酷な方法によってだが。
始めから不幸になるために生み出された存在の魔女は女神を憎み、この世界を憎んだ。
強い憎悪は魔女に力を与えた、蔑まれるために醜い姿で作られた魔物たちに魔女は手を差し伸べて、共に自分たちの母である女神を殺すために立ち上がった。
こうして女神と魔女が争う『神魔戦争』は始まった。
「異世界を脅かす悪い魔女なんて笑わせる、魔女こそが女神が生み出した最初の被害者なんだからな」
ユウトの言葉に3人は声を失った。
しかしルティが何とか声を振り絞ってユウトに疑問をぶつけた。
「その話は本当なんですか? 魔女が嘘をユウト様に教えたのでは?」
「本当さ、調べたのだからな長い時間を…」
ユウトは言いかけた途中で口を閉じた。今この瞬間に魔女は自分を監視している、今までの多くの歴代勇者たちが調べた事実を自分が知っているなど魔女が不信に思うであろう。
ユウトが付けている黒い仮面に歴代の勇者たちの人格が宿っていることを、まだ魔女に悟られるわけにはいかないのだ。
「信じるか信じないかはお前たちの自由さ、俺は魔女を信じているし、自分で半年という長い時間をかけて調べたのだからな」
ユウトは何とか取り繕った、本当は歴代の勇者たちが全員調べていたので何十年という時間を費やしていたのだが。
ユウトは少女が(ルティが)倒れていたので偶々足を止めたが、まさか勇者候補のパートナーとは思わなかった。魔女の監視がある状態の今は魔女の信頼を得る為にツムギを殺そうとユウトは剣を抜いた。
「待ってくださいユウト様、私は戦いたくありません」
「ならばパートナーの勇者候補の男が死ぬのを黙って見ていろ、女神に加担する者は全員復讐の対象だ」
ユウトはツムギ目掛けて駆け出した、ユウトの剣がツムギに振り下ろされる、ツムギも剣でそれを受け止めた。
しかしユウトの一撃でツムギは体のバランスを崩してよろけた、ツムギの体は異世界に来てから女神の加護で自身の体が自分の体でないように軽く、どんな動きでもイメージ通りに動けた。しかし今は元の世界に居た頃よりも体が重く錘でも付けているようであった。
よろけたツムギにユウトの2撃目が繰り出される、あわや直撃するかというところで別のところから放たれた拳によってユウトは吹き飛ばされた。
「さっきの話を聞いても邪魔するのかジャック?」
「悪いな、お前にどんな理由があるにしても関係ない人間を殺すお前を見逃せねえ。
女神の奴も後でぶん殴って魔女の前で土下座でも何でもさせてやる、だからこんなくだらねぇことは辞めろユウト」
「関係ない人間など居ないさ、昔の人間がしたことだから今の人間は関係ないと言えるのは関係ない奴が言えることだ。
魔女と魔物は今も憎んでいるのさ、自分たちを蹂躙して虐げてきた女神と、そして人間をな」
ジャックの放った拳で吹き飛ばされたユウトはジャックと言い争った。
ユウトは再びツムギを殺そうと剣で切りかかる、ツムギとジャックは2人でこれを凌いだ。
しかし2対1でもツムギたちは苦戦した、ユウトの弱体化は予想以上にツムギとジャックを苦しめた。
戦いを傍観することしか出来なかったルティは唇を噛み締めて剣を抜くと、その剣で切りかかった。
「かつて命を助けた恩人に刃を向けるのか?」
「ごめんなさい。私は、ルティ・ルーティスはツムギのパートナーです。だからツムギのピンチを黙って見ていられません。
お願いだから引いてください、ユウト様」
「構わないさ、邪魔するならお前も殺すだけだからな女」
ルティの悲痛な叫びもユウトには届かなかった。
ツムギはユウトに怒りを覚えた、自分を心配してくれる女の子すら殺そうとするなんて。
「アンタはかつての仲間を手にかけて、自分のことを慕ってる子すら手にかけるのかよ?
そんなの絶対に間違ってる」
「間違っていようともう止まれないんだよ、俺は絶対に許せないんだ」
ツムギはユウトの行動を間違いだと指摘した。
ユウト自身自分の行動が間違っているなど分かっていた、それでも女神と、自分から大切な人を奪った『あの女』を許すことは出来なかった。
「人にとって1番の不幸は何だと思う?
人によって多少は異なるかも知れないが、俺に取って1番の不幸は…」
ユウトは途中で言葉を切った、魔女に監視されている今魔女が与えた情報以外を知っていることを魔女に知られることを避けるために。
ユウトの言葉と苦しそうな表情を見たツムギの胸は高鳴った、ツムギは自分とは別の誰かの感情が自分を支配した。
その感情は自分の中から溢れたのか?それとも外から流れ込んできたのだろうか?ツムギ自身も分からなかったが、ツムギは自分が剣を握る手が熱く感じられた。
「本当に憎いのは誰? 本当に許せないことは何? 本当に悲しかったことは何なんだい?」
ツムギは突然わけのわからないことをユウトに語りかけた、ツムギ自身自分が喋っている内容の意味がわからなかった。まるで誰かが自分の口を借りて喋っているようであった。
「お前は…何者だ?」
ユウトはツムギに問い掛けた、ツムギの言葉がユウトの心を大きく揺さぶった。まるで自分の心を見透かされたような気がして。先ほどまで対峙していた同じ人物とはユウトは思えなかった。
その瞬間ユウトにはツムギの瞳が黄金色に輝いて見えた、傾いた太陽の日の光が偶然ツムギへと降り注いで瞳に反射したのであろうか?
ユウトはその時、異世界に一時的に流れた噂が脳裏を過ぎった。勇者候補の中で初代勇者と同じ未来を予知する力を持つ者がいるという噂を。
「此処で、殺さなくては」
ユウトは目の前にいるツムギが危険に思えた、自分に取って1番の障害となるのはこの男だ。ユウトはそんな気がした。
ユウトがツムギに再び襲いかかろうとした時に何処からか声が聞こえた。
「ツムギさん、大丈夫ですか? 今ツムギさんたちがいる方に向かっていますから」
それはフランの声であった、通信に使うために持たされた魔法道具からフランがツムギに語りかけていたのである。
ユウトは遠くにこちらに向かって来る人影を捉えた、これ以上人数が増えれば流石に手が余る。
(敵の増援の様だな、ここは引くべきだ、我らが同胞よ)
黒い仮面がユウトに語り掛けた。しかしユウトは悩んだ、目の前のツムギとかいう勇者候補を此処で叩いておくべきだという思いがどうしても拭えない。
黒い仮面の中に居る元勇者たちは目の前の勇者候補を危険視はしていないようだ、なら自分の勘違いかも知れないとユウトは自分に言い聞かして、その場から立ち去った。
ツムギたちはユウトを追い掛けずただ立ち尽くした。




