第6章 6-6 女神の罪
ツムギは黒い仮面を付けたユウトへ振りかぶった剣を打ち下ろした。
ユウトはとっさのことであったが自分が持つ剣でツムギの剣を受けとめると、ユウトはツムギの腹に前蹴りを放った。
「ぶっ」
ツムギは腹に思い切り蹴りをくらい口から空気と少しの唾液が零れた。
ツムギは蹴られた衝撃で後ろに転げた、蹴りをモロに受けた腹は熱く鈍い痛みが広がった。しかしすぐに立ち上がると黒い仮面を付けたユウトを睨み付けて叫んだ。
「ルティに何をしたっ」
ツムギの怒声を聞いたユウトは困惑の表情を浮かべた(仮面を付けているためツムギには見えなかったが)。
ユウトは倒れているルティにチラリと視線を移した。
「そこの倒れている女のことを言っているなら俺は何もしちゃいない」
ツムギは怒りで腹の痛みを忘れるとユウトに再び切り掛かろうとしたが、追い付いたジャックに頭を抑えられて動きを止められた。
「ちっとは落ち着けツムギ。
それと久しぶりだなユウト、つってもこの間やりあったばかりだったな」
「ジャックか、もう片方の腕でも切り落とされにでもきたのか?」
ユウトとジャックは睨み合った。
ユウトは自分に切り掛かってきた男が持つ剣に見覚えがあったと思っていたが納得した、自分が勇者候補であったときに女神から授かった剣なのだから。
「本当にそこの女に何もしちゃいないんだな?」
「つい今しがた偶然その女を見かけただけだ、信じる信じないはお前たちの勝手だがな」
ユウトとジャックの会話を聞いてツムギはルティのもとに駆け寄る、外傷などは見当たらずツムギは少し安心した。ルティの体を揺すり声を掛けるとルティはうっすらと目を開けた。
「あれ、ツムギ? 何でアンタが此処にいるの?」
ルティは不眠不休で先代勇者のユウトを探していて途中で気を失っていたのであった。
1人で村を飛び出したはずなのにパートナーであるツムギが目の前に居ることで、夢でも見ているのかとルティは辺りをキョロキョロと見まわした。その視界の端に黒い仮面を付けた人物を見かけてルティは体をバッと起こした。
「ユウト様? ユウト様なんですか?」
「誰だ、お前は?」
ユウトは見ず知らずの女に突然名前を呼ばれ、自分の名前を呼んだ女を観察したがユウトにはまるで覚えがなかった。
ルティは十数年前に自分がユウトに命を救ってくれた思い出を語った。それを聞いたユウトは黒い仮面の下で軽く笑った。
「あの頃の英雄にでもなったと勘違いしてた馬鹿な俺が救った1人か。
それで礼の1つでも言いにきたのか?
本当に感謝してるなら女神を殺す手伝いの1つでもして欲しいがな」
ユウトはそう言うとルティにぐいと顔を近づける、ユウトと距離を開けるようにルティは後ずさりをした。
ルティの記憶の中のユウトは屈託なく笑い相手に安心感を与える笑顔であった。
しかし、目の前にいる今のユウトは仮面をしているため顔全体は分からないが、仮面の下から覗かせる目は光の射さない死んだような目であった。その目はまるで映るもの全てを死へと引きずり込むように感じたルティは恐怖を感じた。
「命を救ったからって期待しちゃいないさ、他の誰かに期待するのは辞めた。
それが神であろうと無駄だと知ったからな」
ルティは自分の態度がユウトを傷付けたと勘違いをして慌てて謝った。
ルティはユウトがパートナーのクルミに裏切られたという誤解を解くために説明を始めた。
「聞いてくださいユウト様、クルミ様はユウト様を裏切った訳じゃないんです。
クルミ様は記憶を失っていたんです、だから他の男性と結婚を」
ルティの話を聞いたユウトは一瞬チラリと誰もいるはずのない後方を気にした素振りを見せた。ルティとジャックは気付かなかったが、ツムギには何故か誰もいないその方向に視線を感じた気がした。
「そうか、クルミは悪くなかったんだな。
でもな、そう頭で理解しても心は納得しないんだよ。それに女神を殺す理由が俺にはあるんだよ」
「魔女に願いを叶えて貰うためか? そのためにどれだけ人を殺すつもりだ?」
「それの何がいけないんだ?」
ユウトの答えに納得いかないジャックはユウトに詰め寄るがユウトは悪びれることなく言い切った。
「俺に取ってクルミは世界で一番大切な人だったんだ。
でも俺はクルミと結ばれる訳にはいかなかった、魔女を倒したら勇者候補は元の世界に強制的に返されるから。
だから俺が魔女を倒すことを出来たら、たった1つの願い事で異世界に残ろうと決めていた。元の世界に未練はあったがそれでもクルミと一緒に居たかったから。」
ユウトの悲痛な叫びは辺りに響いた。
ユウトの黒い仮面の下の表情は見えない、しかしこの場に居る誰もが容易に想像できた。
「でも、女神と魔女の戦いで荒んだ異世界を、傷付いた人たちを見て俺 は願い事を異世界のために使うことにした。
異世界で過ごした3年間で俺に取って大切な居場所となった、たとえ俺はもう2度と来れなくても異世界が幸せであって欲しかったから」
ユウトの聖人君子のような行動に異世界の人々は感謝した、ユウトだけではなく多くの歴代勇者たちは願い事を異世界のためと使っていたのである。
突然ユウトは壊れたように高い声で笑い始めた。
「身を削って、命を懸けて、願い事を異世界のために使った。
全部を知った今となってはとんだ道化だ、初めから異世界の生贄として呼ばれた存在が勇者候補だっていうのにな」
「勇者候補が異世界の生贄?」
ユウトの言葉に思わずツムギは聞き返した。
「何で女神が他の世界から勇者候補なんて呼ぶか知ってるか?
魔女を倒すと強力な呪いが生まれる、その呪いは様々な災いを起こすのさ、その災いから異世界の人間を守るために他の世界から呪いを受ける生贄として勇者候補は呼ばれるのさ」
ユウトの話はツムギに取って、にわかには信じ難いことであった。
ユウトは黒い仮面を外すと仮面の下から歪んだ笑みの表情が現れる、そしてユウトは話を続けた。
「異世界には元々、人と動物と精霊、そして女神しか居なかった。
人々を脅かす魔女も魔物も存在しなかった、
魔女と魔物を生み出したのは他ならぬ女神自身なんだからな。
女神は罪を犯した、その罪を押し付けるために呼んだ生贄が勇者候補なんだよ」
その内容はその場に居る全員を凍り付かせるものであった。




