第6章 6-4 亀裂
ツムギたちはハヤトとの会談後は旅に必要な物を各自調達していた。
前の村では急な旅立ちのために物を調達している暇がなかったのと、先代勇者のユウト行方が結局のところ不明だったために次の目的地が定まらなかったので、急ぐ必要がなくなったためであった。
ルティは先代勇者のユウトがまだ近くに居るかもしれないので探索を希望したが、都合よく見つかるとは思えなかったので旅の準備をして夜に今後の行動を話し合うことで落ち着いた。
「皆~、おはよ~」
各々が旅の準備を終えて宿屋の食堂に集まり早い夕食を取ろうとしていたところに今しがた起きた様子のヴィルヘルムがツムギたちの居るテーブルにと挨拶をして席に着いた。
「何がおはようよ、とっくに昼も過ぎて夕方だってのに」
ルティは機嫌が悪そうにヴィルヘルムに悪態を吐く。
ヴィルヘルムは全く気にせずにメニュー表から食べたい物を頼み、この時間から度数の高いアルコールも一緒に注文をした。
「もう1人の勇者候補との話はもう終わっちゃったの?」
「とっくの昔に終わってこの村から旅立ったわよ」
「残念だな~、僕も話してみたかったんだけどな~」
ルティはヴィルヘルムと話していてあからさまに苛立ちが募っているのがツムギは見て取れた。
ツムギは何とか場の雰囲気を変えられないかと適当に頭に思い浮かんだことを口にした。
「そういえばヴィルは昨日の夜に何処か行ってたの?」
「僕は色々と見て回って、酒場で盛り上がって朝方まで飲み潰れちゃったよ」
ヴィルヘルムはツムギの質問に笑って答えると、ルティはテーブルの机を握った拳でドンっと強く叩いた。
「アンタふざけてんの?
遊んでたいなら一生遊んでなさいよ」
ルティはそう怒鳴ると席を立ちその場から立ち去ろうとした。
ツムギは自分の発言がきっかけで更に場が険悪になったので、わたわたと慌てたが場の空気は修復不可能であるのは誰の目に見ても明らかであった。
フランもあわわという感じで2人を交互に見るが何をどうしていいのか分からずに困っていた。
ユナとライオスは口を挟むべきではないと思ったのか黙って事態を静観している、ジャックに至っては自分が頼んだ料理ではないのに誰も手を付けないので構わずに食べ始める始末であった。
「そういえば先代勇者の居所はわかったかい?」
ヴィルヘルムはそう言うとルティはピタリと足を止めた。
ルティの態度を見ていれば予想が付きそうなものなのに、何故そんな話題を振るのかとツムギは思ったが、ヴィルヘルムから意外な言葉が飛び出してきた。
「先代勇者の正確な所在までは分からないけど、この村からどの方角に向かったのか、
それと1日前に行商人がそれらしき人物を見かけたって場所なら聞いてきたよ」
「本当なの?」
ルティはその発言を聞きヴィルヘルムに詰め寄った。
ヴィルヘルムはニッコリと笑顔で頷くとルティに言った。
「知りたかったことが分かったんなら、言うべきことがあるんじゃないかな?」
「あ、り、が、と、う」
ルティは嫌そうにそう言うと元の席にと再び座り直した。
とりあえず場が収まったことでツムギはホッと胸を撫で下ろした、それぞれが自分の料理がきたので皆が食事を始めたがツムギの料理だけまだであった。
最後に頼んだヴィルヘルムの料理が来ているのに何故自分のがまだなのかと疑問に思ったが、ジャックの方に視線を移すと自分が頼んだはずの料理を半分以上食べているのを見て察した、ツムギはウェイトレスに同じ料理を再び注文をした。
「じゃあ食べ終わったし出発しましょうか」
ルティはそう言うと部屋に戻り荷物を持ちだした。
ツムギの料理は先ほどきたばかりでツムギはまで食べていたが、急いで飯を掻き込みツムギは支度を始めようとした。
「僕はこの時間から動くのは反対だな、また夜通し移動するなんて」
既に日は沈みかけて時刻は夜に近かった。ヴィルヘルムは反対の声を聞いてルティはヴィルヘルムをキッと睨み付けた。
「俺も今からの移動は反対だ、夜通し移動してユウトと出会っても戦闘になれば体調が万全じゃないと危険だからな」
ジャックはそう言うとヴィルヘルムと同意見で今からの移動には反対した。
ルティは先代勇者のユウトと戦闘になるかもと考えているジャックに苛立ちを覚えた。
仲間であったはずのジャックが何故ユウトを信じないのか、ルティは腹立たしさを禁じ得なかった。
「行きたくない人間は行かなくても結構よ、私は1人でも行くから」
ルティはそう言って1人で出発しようとしたのでツムギは慌てて後を追いかけようとした、その腕をヴィルヘルムが掴みツムギがルティを追い掛けるのを邪魔した。
ヴィルヘルムは1人先走るルティに対して言葉を放った。
「君が行けばツムギ君も行くだろうし、フランちゃんも無理してでも一緒に行こうとするだろうね。君1人の行動で周りに及ぼす影響も考えるべきだよ。」
そんなやり取りを見ていたライオスは静観を辞め2人のやり取りに割って入った。
「ルティ、君は今ツムギのパートナーのはずだろ。
勇者候補のパートナーはその命を盾としてでも異世界の希望である勇者候補を守る、導師タウ様にそう教えられ、それを覚悟で勇者候補のパートナーとなったはずだろ?
ルティが勇者候補のパートナーとして今の自分の行動を恥じない行為だと思うなら行っても構わないよ」
同じ勇者候補のパートナーという立場のライオスの言葉にルティは何も言い返せなかった。ツムギをほったらかしにして1人勝手に行動するなど、勇者候補のパートナーとしてあるまじき行為だ。
それでもルティは自分をかつて救ってくれた尊敬する恩人が、魔女の下僕となって悪事に今も手を染め続けていることが許せなかった。ルティは自分の手を強く握りしめて歯嚙みした。
「あの、今日は早く休んで明朝に村を出発するというのはどうでしょう?」
フランはおずおずと両方の折衷案を提案して周りに同意を求めた。
他の皆もそれくらいが落としどころとして妥当と考え納得した、ルティもフランの意見に黙ってコクリと頷いた。
「じゃあ悪いけど私は先に休むわ、暫く1人になりたいから悪いけど部屋は1人部屋に移さしてもらうわね」
ルティはそう言って1人先に部屋へと戻った。
周りの空気が重いなかヴィルヘルムが口を開いた。
「いやー良かったよ、昨日飲んだ人たちと今日も飲む約束してたから今から出発するなんて困っちゃうからね」
ヴィルヘルムが場の雰囲気を和らげるために冗談で言っているのか本気なのかはツムギには分からなかったが、ヴィルヘルムが言うように今から出発することが良策でないことはこの場の誰もが理解していた。
ツムギも食事を終えて早めに就寝するために部屋のベットにと体を沈めた。
しかし、次の日にルティが居るはずの部屋がもぬけの殻になっているなどこの時のツムギは考えもしていなかった。




