第4章 4-10 作戦の行方
ツムギは絶体絶命の状況だった。いくらなんでもこんな冗談のような状況で自分は命を落とすのか、マヌケな最後である。
ツムギの状況を見て魔物の中でも笑っている奴までいる、ツムギもやけくそで一緒に笑いたいくらいであった。しかしヴィルヘルムの言葉を思い出した、女神の武器はたとえ手元から離れようと念じるだけで手元に戻ってくると。ツムギは初めてだがとにかく念じた。
魔物たちも何かを感じ取ったのかツムギに襲いかかってきた、武器はどれだけ離れていようと手元に戻ってくるが1秒ほどのタイムラグが存在した、戦闘中にはその1秒は生死を分ける。
(間に合わない)
ツムギは心の中で叫び瞼を閉じた。
その瞬間ツムギの周りに強い突風が吹き魔物の動きを一瞬止める、そして地面がせり上がりツムギと魔物の間に壁が出来上がった。
「お待たせ~、白馬の王子様ではなく徒歩の剣聖登場」
聞き覚えのある声にツムギは目を開けると目の前に女装をしていない、普通の剣士の恰好をしていたヴィルヘルムがそこにいた。
普通の剣士の恰好したヴィルヘルムはカッコイイというよりどこか美しかった、絵から飛び出た騎士様のようであった。自分が女性であったら間違いなく惚れていただろうとツムギは思った。
「我が精剣マクスウェルよ、我が前に立ちふさがる愚かなるモノに死の炎を」
ヴィルヘルムがそう口にするとヴィルヘルム持つ剣が炎に包まれた、ヴィルヘルムは土でできた壁越しに魔物を切り裂いた。屈強な魔物は為す術もなく殺された。辺りは肉の焦げる嫌な臭いが立ち込めた。
ヴィルヘルムは只の変態ではなかった、ツムギは今まで自分が出会った誰よりも強いのかも知れないと思った。そしてツムギの手にもすでに剣は握られていた、しかし戦力差を覆すには絶望的であった。
「カッコつけて助けにくるんじゃなかったかな?」
ヴィルヘルムは愚痴を溢す。
魔物たちはツムギとヴィルヘルムを取り囲む形となっていた。ツムギとヴィルヘルムはお互いに背中合わせとなり死角を減らしたがそれでも完全に詰んだ状況であった。
「遅すぎる」
ツムギは未だに光魔法が放たれていないことに疑問を持った。今強力な光魔法を放たれてもヴィルヘルムがいるので困るが光魔法が放たれなければ魔物たちになぶり殺しにされてしまう。
ツムギは自分の後方で何が起きたか知らなかったが薄々は感づいていた。今回の作戦の鍵であるユナの身に何か良くないことが起こったのであろうと、不慮の事故かはたまた敵の奇襲か、後者であれば作戦は筒抜けだったことになる。
そのときツムギたちを囲んでいた魔物の群れの一角が崩れた、ツムギはこれだけの魔物の包囲を崩すのだからどれほどの援軍が駆け付けたのか期待するがそこには一人の大男が居るだけであった。
「作戦は失敗みたいだぜ、そんな訳でここからは肉弾戦だ、俺も参加させてもらうぜ」
突然の乱入者はそれだけ言い次々と魔物を殴り飛ばしていく。殴られた魔物が宙を舞う、乱入者は素手でありながらツムギ以上に、いやヴィルヘルム以上の強さを見せつけた。
乱入者の容姿は2メートル近い身長と盛り上がった筋肉、黒い肌に白い髪、その体と顔には多くの傷が刻まれていた。
ツムギはその乱入者が誰であるか予想は付いた、ルティの話に聞いた通りの男である。素手の戦いならば異世界最強と言われた先代勇者パーティーの1人、ジャック・ラカンであろう。
「派手に行こうゼー」
ジャックはその言葉通りに魔物をちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回りであった。
しかし魔物から攻撃も凄まじくジャックの体は傷だらけの血塗れである、それでもジャックの猛攻は止まらなかった、それはまるで血に塗れた獣であった。
ジャックとヴィルヘルムの加勢で戦況は五分五分となったがそれは一時的なことでしかなかった、百近い魔物の群れの半数は倒せるかもしれないがツムギたちも全滅の憂いに合うであろう。
しかしツムギは敗走するわけにはいかなかった。自分たちが敗走すれば後方のルティやフランがいる護衛の団体に魔物が流れ虐殺が始まるであろう。
そのとき魔物の群れに急遽動揺が走りよくは分からないが浮足立っている。すると優勢であるはずの魔物たちが敗走を始めた、ツムギは追撃をかける余裕などなくただ茫然と立ち尽くしていた。
「一体何がどうなっているんだろうね?ツムギ君」
ヴィルヘルムも突然のことに疑問を投げかけた。
ともあれ作戦は失敗に終わった。魔女と内通の疑いのある自分は今後どうなってしまうのかツムギは不安に襲われた。そんなときルティがこちらに駆け付けて来るのが見えた、それを見たツムギはポツリと呟いた。
「まあ、何でもいっか」
ツムギはにやけた顔で異世界の青い空を見上げた。




