第0章 魔人が生まれた日 後編
勇者だった男はまた走り出していた、目の前のことから逃げ出すように。
少し前の時間に異世界に来た時の気持ちが嘘のようだ、今は気持ち悪く、全てが薄汚れて見える。
「異世界に戻ればまた彼女に会えると、昔のように愛し合えると信じていたのに」
実際に異世界に戻ってみれば、彼女はすでに死んでいて、さらにはずっと前に自分ではない誰かと家庭を築いていた。その事実を受け止められずに、走り続けた。
無我夢中で走り続けていると、男とぶつかり、足を止める。
「何処に目つけとんじゃ、殺すぞぼけえー」
柄の悪そうな三人組の男たちが近寄ってくる。三人組の中の一人、スキンヘッドの男に突然殴りかかって来られ倒れこみ、体が地面とぶつかる。倒れたところを馬乗りにされ、更に顔面に3発、4発と殴られた。
抵抗する力も気力もなかった。
気が晴れたのかスキンヘッドの男は手を止め、他の二人に話しかける
「何となくムカつくからボコしてやったぜ。この雑魚が10年前の勇者に少し似てる気がして、ついな」
他の二人がスキンヘッドの問いに答える
「こんなにみすぼらしくはなかったでしょ~、でも、10年前の勇者は本当に使えなくて逆に笑えたわ。」
「そのくせ、女神さまの願いを異世界の為に使ってやったみたいなドヤ顔で元の世界に帰って行くときは、当たり前だろってツッコミたくなったよね」
柄の悪い三人組は談笑を終えると、勇者だった男の身ぐるみを剥ぎ立ち去っていった。
持ち物を剝ぎ取られ、下着姿にされた勇者だった男は痛む顔面を手でさすりポツリと言った。
「異世界に勝手に呼ばれて、3年間命掛けで戦って、ご褒美の願い事も彼女の生きてく異世界の為にと使ったのに、今俺に残ってるのは、パンツ一枚か」
その時、また心の中で声が語りかけてきた。
「勇者よ、もう一度願いを叶えるチャンスが欲しくはないか?
妾の手足となって女神を殺すと誓うなら、お主の願いを叶えてやるぞ」
勇者だった男は声の主に従えばどうなるかは分かっていた、異世界を守る為ではなく、今度は壊す為に力を振るうのだと、しかし迷いはなかった。どうしても叶えたい願いがあったから。
勇者だった男は大声で叫んだ。
「霧浦勇人は此処に誓う、魔女に忠誠を誓い女神を殺すことを」
勇人は暗闇に包まれた。そして暗闇が晴れると目の前にはかって滅ぼしたはずの魔女がそこに立っていた。魔女の容姿は10歳くらいの可愛い少女で、幼い容姿とは裏腹に、何故か妖艶さを漂わせていた。
そして勇人は自分が先ほどと違い黒い服に黒いマントを付けた出で立ちであることに気が付いた。魔女は黒い仮面を差し出しこう言った。
「さあこの黒い仮面を付けよ、さすれば妾の魔女の力の加護を授けよう」
勇人は黒い仮面を受け取ると自分の顔に掛けた。
「さあ、復讐を始めよう」
勇人の言葉に魔女は満面の笑みで喜び、心の中で呟いた(人が闇を抱える限り童は不滅じゃ、女神よ戦おうぞ、妾が勝つまで永遠に)
異世界に恐怖をもたらす魔女に与する人間は魔人と呼ばれ忌み嫌われた。
そしてこの日、異世界にとって最悪の魔人が生まれたのだ。
だが、魔女はこの時は気が付いていなかった。勇人が黒い仮面の下で燃える憎しみの炎を宿した目に、魔女自身も視界にとらえていたことに。




