第0章 魔人が生まれた日 前編
勇者だった男が目を開けると、10年前に見た懐かしい光景がそこには広がっていた。
「これで彼女に会える、もう一度あの笑顔が見られるんだ」
気が付いたら走り出していた、何処に向かえばいいのかなど分からないはずなのに、まるで何かに導きかれるように。
どれだけ走り続けたのだろう、数分だろうか、数時間だろうか。体は悲鳴を上げていたが、不思議と足が止まることはなく、目的地にとたどり着いた。
目の前にはポツンと、何年も手入れがされてないであろう家が一軒あるだけだった。
心の中で声が語りかけてきた
「さあ、その扉を開けよ」
人が住んでいるとは思えなかったが、声に従い扉を開け、廃屋と思われる家に入った。
家の中は酷い荒れようで、物は散乱し、血痕と思わしきものまであった。
事態が呑み込めず外に出ると、老婆(60~70歳程度であろうか)というには少し早いであろう、年老いた女性が話しかけてきた。
「あんたはこの家に住んでいた一家の知り合いなのかい?
惨たらしい事件だったわね~。」
勇者だった男は意味が分からず問いかける
「この家で何かあったんですか?」
年老いた女性は、気が重そうに唇を開いた
「強盗が押し入って、夫婦と一人娘を殺して、金を奪って逃げたのよ。幸せそうな家庭で、しばしばお茶に招待されていたのに、残念でならないわ」
年老いた女性はお茶のお礼にと、一家の絵を描いたのだと見せてきた。
勇者だった男はその絵を見て息を飲んだ。
その絵に描かれていた女性は、自分が愛し、愛を誓ったはずの女性だったからである。10年前の彼女の面影を残し、少し大人びた彼女は美しく、可愛く、綺麗であった。
そして隣に立っている夫と思わしき男を憎まずにはいられなかった。
「彼女はいつ、結婚したんですか」
勇者だった男は襲いかかるような勢いで年老いた女性の肩を掴み尋ねた。
年老いた女性は驚き、何事かと思ったが、男の悲痛の表情を見てゆっくりと話し始めた
「夫婦と知り合ったのは8年前だったわ。丁度その夫婦の娘が産まれた時に、産婆として娘を取り出したのよ。いつその夫婦が結婚したかは分からないわね。」
勇者だった男は愕然とした。永遠の愛があると思うほど子供ではないが、自分は10年間ずっと彼女を愛していたのに、彼女にとっては1年間ほどで自分を忘れたのかと。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、」




