料理係、狩りをがんばります!
「討伐パーティーの料理係、がんばります!」の続編になります。そちらをお読みになってからの方がお楽しみいただけるかと思います。
なお、「残酷描写あり」は保険です。
ええ、そうやすやすと結婚できるとは思っていませんでしたよ?
私ことピアは一介の村娘ド庶民。かたや私のお慕いするアラステア様はこの国の王太子にして超絶イケメン。釣り合うわけがありません。
でも今回勢いで私がドラゴンを退治してしまったから、その功績で結婚を認められたんですけどね。けれどやっぱり、
「そんなド庶民を未来の王妃と呼ぶのはちょっと」
「たまたまでしょ? ビギナーズラックってやつだよねえ?」
そうおっしゃる貴族がいらっしゃったわけです。なので、正式な婚約はできずにいるのです。
ならば私は戦わなければなりません。
アラステア様のプロポーズをお受けして二人で幸せになろうねって約束したんですから。覚悟を決めたんですから。
「アラステア様! 私、皆さんに認められるように頑張ります! 努力します!」
鼻息荒くそうお伝えすると、ちょっと困ったような笑顔でアラステア様が頭を撫でてくださいました。
「うん、私もがんばるよ。ピアにふさわしいと言われるようにならないと」
「やめてください、私ものすご~くハードル上がっちゃいますから」
ほんと、お互いを高め合うことは大切かもしれませんが、物事には限度というものがあるわけでして! お願いですからアラステア様、これ以上ハイスペック物件になられるのは勘弁してください。
するとアラステア様はクスクス笑いながらそっと私の唇にキスをくださいました。
「ねえピア、本当に大丈夫?」
「視察のお話ですよね。大丈夫ですよ、ちゃんとお留守番して、しっかり勉強していますから」
そういって笑って見せましたが、実のところちょっと不安です。
アラステア様は明日から一週間ほどかけて王都周辺の領地を視察して回られる予定になっています。その間、私は王城でお勉強ですね。実を言うと、あのあとすぐに私は王城へ召し上げられました。
なにぶん風当たりの強い結婚ですから、ちょっと命とか狙われちゃう可能性もゼロではないわけです。それを村の民家に帰ってみてくださいよ。護衛のものものしい騎士様がそのちっぽけな小屋を昼となく夜となく見張ることになるわけですよ! あるいは家の周りを警護しやすいようにぐるりと塀で囲い、出入口に門番が常駐、とか。困りますよ、気軽に作りすぎた煮物のお裾分けに来てもらえなくなっちゃうじゃないですか!
あ、いえ、煮物が欲しいわけではなく、ご近所つきあいが遠のいたら嫌だなあということで。
そんな光景を想像して「無理だ」と思いました。
なので、警備の都合上と利便性を考え、お城の一室を頂戴して必死に王太子妃になるためのお勉強をする毎日なのでございます。
でも、王城でアラステア様もいなくって……ちょびっとだけ寂しいです。
「できるだけ早く帰ってくるようにするよ。だから待っててくれる?」
「もちろんです!」
無事のお帰りをお待ちしていますね。私もアラステア様の背中にぎゅっと腕を回してしがみつきました。
で。
皆さん、仕事が早いですね!
アラステア様が出立なされた日の翌日、未来の義父つまり国王様から呼び出されました。
行ってみると国王様と数名の貴族がお待ちになっていました。顔ぶれを見て内心「あちゃ~」と思いましたよ。有り体に言ってしまえば「アラステア様と村娘の結婚を反対する同盟」の皆さんです。国王様はとても慈悲深く優しいお方なのですが、裏を返せば押しの弱い方で、ははあ押し切られたな、とピンときました。
そのときのやりとりなど記憶に留めておく価値もありませんので要旨だけ申しますと、
「ドラゴン倒したって、一匹だけだよね?」
「もっと倒してビギナーズラックじゃないってとこ証明して来いや」
「そうじゃないと結婚なんて認めてやらないよ? 議会でつるし上げちゃうからね?」
ということです。要はもっと討伐に行かせてあわよくばいなくなれ、的な発想でしょうか。
なんともわかりやすい発想です。それもいつも国王様の後ろで目を光らせているアラステア様のいらっしゃらないところで、というのがまた卑劣。すてきに悪役なさってますね~。
そんなわけで、私は今魔物の討伐に出てきています。ちなみにお願いしてジャンゴさんとレーヴェさんも一緒に来ていただきました。あとは「アラステア様と村娘の結婚を反対する同盟」子飼いの騎士の方々もいらっしゃいます。エルンスト様とロイド様とおっしゃるそうで、ちゃんと私が狩るところを見届けるためにいらしているようです。本当に見届け役らしく、文官っぽいですね。
この二人、申し訳ないんだけどちょっとっと感じよくないです。目が「上から庶民を見下す貴族の目」なんだもん。
「あの二人な、嬢ちゃんたちの結婚に反対してるやつらの子飼いの貴族だ。見届け役なんて言ってるが、見届けたとしても国王様の前で嬢ちゃんに不利なことを証言する可能性だってある。隙を見せないように注意していけよ」
こっそりジャンゴさんが私に囁いてくれました。むむ、なるほど。注意して見ているようにします。
向かった先は南の山。ここには以前ドラゴン討伐に行ったときほど強い魔物はいないものの、それなりに魔物の多い場所として有名です。ここで何匹か魔物を狩り、あわよくば強い魔物の一匹も退治できれば面目は立つというものです。ちなみに国内にドラゴンはいません。ドラゴンなんか出たら、騎士団が総出で迎撃に行くような災害ですからね。この間のはかなりのイレギュラーケースなんです。
進めるところまで馬車を使い、そこからは歩きです。さあ!聖女と謳われる私の本領をお見せしましょう!
一時間も歩くと慣れない山道にヘトヘトです。何しろ危なくないようにと着せられた軽鎧とか兜とか、ものすごい重量なんですよ。誰、これに軽いって字をくっつけたの! こちとら攻撃力よりもHPの方が遥かに少ない村娘様ですよ!
……こんな重たいものがなければへばったりしないのに。
ヘロヘロモードの私を見て、エルンスト様とロイド様がニヤニヤしています。ちょっとムッとします。
しばらく森の中の細い道が続きます。森の中は魔物がたくさん住んでいるので、いつ襲われるかわからないため隊列を組んで歩きます。先頭と最後尾をレーヴェさんとジャンゴさんが、そしてレーヴェさんのうしろにエルンスト様とロイド様が続き、私、ジャンゴさんという順番です。
道は人が二人並んだらけっこうきつきつな幅、その両脇には鬱蒼とした森が続いています。ただ続く真っ直ぐな道って、結構きついですよね。それでなくてももう数時間歩きっぱなしです。
前を見ながら私は大きな声を出しました。
「あの、レーヴェさん。そろそろ休憩していただけませんか?」
「もう少し歩くとちょっと開けた場所に出ます。そこで休憩しましょう」
レーヴェさんの言葉通り、森が開けてぽっかりと空いたスペースがありました。時間的にもランチタイムなのでちょうどよかったです。
でも、その前に。
「エルンスト様、ブーツ脱いでください。ロイド様も」
「ブーツ?」
「いいから早く」
二人は顔を見合わせ、しぶしぶブーツを脱ぎました。
「ほら! やっぱり靴擦れしてたんですね!」
二人ともかかとや指の付け根が赤くなっています。私の前を歩いていたから何となく歩き方が目に入ってきたんですよね。ちょっとおかしいな、と思っていたら案の定です。
二人ともこんなふうに山歩きする経験がなかったんですね。
「もっと早く気がつけば良かったですね。申し訳ありません」
薬を塗って柔らかい布を当て、包帯で固定してから靴下を履いてもらいます。
「これでだいぶいいと思いますけど、つらくなったらおっしゃってくださいね」
治療を終え顔を上げたら、二人ともちょっと驚いたような顔のまま固まっています。目が合うとロイド様はお礼を言ってくれました。ちょっとそっぽ向かれましたけどね。そしてエルンスト様は
「これで我々の仕事に手心を加えるわけには行きませんが、で、でも、礼は言っておきます」
っていってやっぱりそっぽ向かれました。何で二人ともそっぽ向くんですか。
なぜか横でジャンゴさんとレーヴェさんが苦笑してました。
「あいつら、チョロくね?」
「チョロすぎますね」
「あんまりもてなさそうだし、美少女の笑顔に免疫なかったか?」
「じゃないですか?」
ジャンゴさんレーヴェさんがなにやらお話ししていましたが、小さな声だったので私には良く聞こえませんでした。
その時です。
ガサガサッと灌木の向こうで物音がしました。そこは茂みになっていて、見通しの悪いあたり。
何だろうと視線をやった瞬間。
「きゃあっ!」
黒い影が飛びかかってきて、私は咄嗟に手にしていた盾を顔の前に掲げます。ガン! と重たい音がして、盾を持つ手に耐えきれないほどの衝撃が。
「嬢ちゃん!」
「ピア!」
そばにいたレーヴェさんに支えられ、何とか転倒は免れます。
襲ってきたのはソードボアと呼ばれるイノシシのような魔物。下顎からそびえ立つ牙がとても鋭く、俊敏で獰猛な魔物として知られています。
ジャンゴさんもエルンストさん、ロイドさんも剣を抜いて構えています。
「ちょうどいい、お嬢ちゃん、やっちまえ」
「ええっ!」
ジャンゴさんの言葉に思わず立ちすくみます。待て待て待て、この殺気ぎらぎらのソードボアを私一人でやっつけろと?!
「そうですね、ピアなら大丈夫ですよ」
レーヴェさんまでええええ! フェミニストだと思っていたのにっ! はっ、みんな私に手を貸す気がないと言うことは、構えた剣は自衛用なんですね!
――――とはいえ、これが目的でここまで来たんですよね。エルンストさんたちにも私がやれば出来る子だってちゃんと見せないといけないのです。私はソードボアをきっと見据え、右手に持った出刃包丁を構えました。
ソードボア。俊敏でどう猛ですが、お肉は美味しいです。焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。私のお料理魂に火がつき、体の奥で魔力が高まっていきます。
「――――よしっ、皆さん! 夜はカツレツですよおおおぉおおおおっ!」
叫んで飛びだします。ソードボアも私に目標を定めて地を蹴っています。私はおなかのあたりで出刃包丁を両手でしっかりと構え、体当たりの要領でぶつかっていきました。
けれど、ソードボアの武器は牙。長く立ち上がっている牙を前方に向けて倒すような、いわば前屈みの体勢で迫ってきます。やばい、このままぶつかったら串刺しコースだ! 私が串カツになってしまいます!
ギィィィン!
串刺しになる直前、ジャンゴさんが私を追い抜き、大きな剣でソードボアの牙を受け流してくれました。
すごいっ! かっこいい! そういえば実は王都警護専門の騎士団員で、おまけに副団長だという話を聞いたような……さすがです。
あっ、でも一番カッコイイのはアラステア様ですからね。
「嬢ちゃん! 今だ!」
「はいっ!」
ジャンゴさんの作ってくれた隙を突いて、ソードボアに出刃包丁を突き立てました。
その日の夕食は予告通りソードボアのカツレツでした。カツレツ用にきちんとカットした形で仕留めることが出来たので楽ちんです。
5日後、数体の獲物を狩って王城へ戻った私は謁見の間で国王さまや「アラステア様と村娘の結婚を反対する同盟」の皆さんの前に立っておりました。
おまけに、予定を早めて帰ってきてくださったアラステア様もいらっしゃいます。どうやら結婚反対同盟の皆さんの動きを察知し、急いで戻ってきてくださったようです。
ああ……かなりお怒りですね。にこやかに微笑んでいらっしゃいますが、目が凍りついてますよ、アラステア様……!
「それで? ピア嬢がそのソードボアを狩るところを確認したんだな?」
ソードボア並に重たそうな貴族がエルンストさんたちに問いかけます。
「はい、確かに確認いたしました。彼女が確かに仕留めたのを、私もロイドもこの目で見ております」
重たそうな貴族が苦虫をかみつぶしたような顔をしています。そのうしろ、一段高いところに座っていた国王様がいくぶんほっとした顔で私に頷いていらっしゃいます。
「そうか、これでもう文句はあるまい? ピアは確かに悪しきドラゴンを倒した聖女、改めてアラステアの婚約者として認めるものと----」
「お待ちください」
失礼にも国王様のお言葉を遮ったのは背の高いかぎ鼻の貴族です。実はこの方は宰相様、とっても偉い方です。あれ? 宰相様はアラステア様と私の結婚賛成派だったと思ったんですが?
「エルンストとロイドの報告を裏付ける意味でも、是非一度目の前でその奇跡を見せていただきたいと思います」
え? ここでですか?
私がこそっと後ろにいるジャンゴさんを振り返ると、こくりと首を縦に振っています。
まあでもこの謁見室で魔物を捌いて見せろとおっしゃるなら、そんなすごい魔物は出せないでしょう。国王様とか国の重鎮がいらっしゃるんだから、危険なことはしないはず。
「わかりました」
私が了承すると、すぐに扉が開き、木で出来た檻が運び込まれてきました。一面だけ鉄格子がはまっていて他は木の板で囲われているので一見中身は見えませんが、中には魔物が入っているらしく、開口部から影だけが見えます。
「これはマギバニー。初心者でも倒せるレベルの魔物です。危険はありません」
宰相様がおっしゃいます。なるほど、要するに「ちゃんと反対勢力に魔法体質を見せつけて、だめ押しにしろ」ということですね。
私は「わかりました」と頷くと、愛用の包丁を持ってきてもらいました。
そして、マギバニーを入れた檻の扉が開きます。開いた口からマギバニーがこそっと顔を覗かせました。
……。
……。
「かっ、かわいい~~!」
初めて見たマギバニーちゃんは、大きさこそは羊くらいありますが、桜色の毛皮がもふもふぷわぷわで、つぶらな瞳で小首をかしげる、かわいいは正義の最終兵器でした! やばい! お持ち帰りしていいですか!!
「さあ、ピア殿、見せてください。貴女の魔法体質を」
宰相様に促され、はっと我に返りました。
え、つまり、この至上のかわいい生き物をすっぱり捌けと?
私はもう一度マギバニーを見ました。マギバニーは後ろ足で立ち上がると少しだけすんすんと鼻をひくつかせ、それからこてっと首をかしげて見せました。どこからか「いぢめる?」と効果音が聞こえてくる気さえします。
むっ、無理だああああ!
この可愛いマギバニーちゃんを傷つけるなんて、私にはできないいいいいい!
可愛すぎて、ましてやこれを食材とみなすなんて! 食材と見なせないということは、つまり魔法体質は働かないということで!
――――どうしたらいいのでしょう。
「どうしました? ピア殿」
宰相様の声がします。どうしよう――――!
もはや私は涙目。そんな私を見返してくるマギバニーちゃんのくりくりのお目目。
やめて――――! 許して―――!
「こっ、こんな可愛い子を……私には出来ま」
その時です。緊迫した室内に、のんびりとアラステア様の声が響きました。
「ピア。私は今日の夕食はマギバニーのワイン煮が食べたいなあ」
「はいっ! かしこまりました!」
すぱぱぱぱん!
あっという間にワイン煮用にカットされた肉と毛皮や骨の塊が仕分けされて出来上がりました。はい、血抜きもバッチリすんでおりますよ?
「――――え? 可愛くて手にかけられないんじゃ……」
「ですね! でも、アラステア様が召し上がりたいんですもの、無問題です!」
アラステア様はニコニコしていらっしゃいますが、ジャンゴさんたちは頭を抱えてて国王様たちは顔色を悪くして固まってらっしゃるようです。
あれ? なんか、やらかしちゃった、私?
「いやー、愛の力でございますな!」
パチパチと手を叩きながら宰相様が大きな声を出しました。呆然としていた貴族たちがハッとして振り向きます。
「さて、目の前で実演されては口を挟む余地もありません。皆様、ご意見はありますかな?」
あからさまに不愉快そうな顔の貴族たちからは声は上がりません。
「ところで」
アラステア様が口を開きます。
「ピアは確かにまだ正式な婚約者ではないといえ、私が客として城へ招いている。その王太子の客人に対して、どうやら魔物討伐に出かけるように指示したものがいるようだな。よもや、国の中枢を預かる重鎮たちの中にはそのような不心得者はいないと思うが」
謁見の間が急に酷寒の地になったように冷え込み、貴族たちが「ひっ」と息を呑みます。アラステア様のあたりから冷たい空気が流れてくるよう。絶対零度です。アブソリュートゼロです。
その後アラステア様のいいつけで近衛騎士に付き添われて退室していった貴族達。まあ、確かに先走っちゃった感はありますよね。
「それにしてもブレないよな、殿下ラブで」
にやにやしながらジャンゴさんが言いました。
「え? なんで?」
「可愛いから倒せない、とか言ってたのに殿下の一言でスパパパーン! だもんな」
えっ? えっ?
「まったく容赦ねえっつーか?」
「敵にはしたくないですね」
な、なんか私の評価が違う方向に!
以来、正式に婚約者と認められたものの、貴族たちからは目を合わせるだけでびくつかれるようになってしまい……
「いい抑止力になってくれているよ」と国王様からも可愛がっていただけるようになり……
めでたしめでたし?
二番煎じでしたがいかがでしたでしょうか?
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました!