小話:ソータ歓喜!ギルド職員阿鼻叫喚2
「だぁぁぁ!! やめろソータ君!! もう挿すな!!!」
「まだいける! ぼくの橘花さんはこんなもんじゃないぃぃ!!!」
ギルド職員たちが四方から飛びかかるが、ソータは手をすり抜けるイタチのように素早く、記録媒体をスロットに滑り込ませる。
ピコンッ。
映像が立ち上がると同時に――
「おおおおおっ!! やっぱ次はこれだぁぁぁぁぁぁ!!!」
目を血走らせたソータが狂喜乱舞。
一方で職員たちは、もう泣きそうだ。
「なんでこんなモンがガキのポケットから出てくんだよぉ……」
「上にバレたら首が飛ぶ……いや命が飛ぶ……」
その瞬間――。
バァンッ!
扉が蹴破られるように開かれた。
「……なに騒いでやがる!!!!」
雷鳴のような一喝。
ギルド長ガンジの登場である。
資料室は一瞬で凍りついた。
ソータすら「ひっ」と肩をすくめ、咄嗟に停止ボタンが押される。
「……説明しろ」
低い声で問いかけるガンジに、職員の一人が泣きそうになりながら事情を説明した。
ガンジはしばらく無言で聞き、腕を組み――そして。
「……その件の映像とやらを、俺にも見せろ」
職員たちは「マジすか……」と顔を青くする。
だが、ガンジの命令に逆らえる者はいない。
再生開始。
画面の中で、橘花が空を駆け、巨獣を斬り伏せ、空中庭園を血煙と化す。
剣閃が眩い稲妻のように走るたび、ギルド職員たちは息を呑む。
そして――ガンジは。
「……が、が……」
口をパクパクさせ、顔面を蒼白にし、次の瞬間――
「ガァァァァァッ……!!!」
白目を剥き、泡を吹いて椅子ごとひっくり返った。
「ガ、ガンジさーーーん!?!?」
「ギルド長ーーーっ!!?!」
資料室、大混乱。
その中で、ソータだけが顎に手を当てて真剣に考えていた。
「……やっぱり、この世界の人たちには刺激が強すぎるのかなぁ?」
隣で倒れて痙攣しているギルド長ガンジ。
彼の心の叫びは、ただ一つ。
(ヤベェ映像なんで持ってんだ、このガキィィィィ!!!!)
しばらくして。
ガンジは「ぶはぁっ!!」と息を吹き返した。
椅子に座り直し、まだ目を白黒させている。
「……ガ、ガンジさん! ご無事で!」
「ご無事どころか、死んだかと思ったぞ!!」
職員たちが半泣きで介抱するなか、ソータは次の媒体を手にニッコリ。
「さーて、次の映像は橘花さんが火山ダンジョンでドラゴンを――」
「――没収だぁぁぁぁ!!!」
飛びかかるガンジ。
ソータは「ひぃっ!」と叫びながら全力で逃げる。
ギルド資料室、再び大混乱。
「離せぇぇぇ!! これはぼくの命より大事なお宝なんだぁぁぁ!!」
「バカ野郎! 命より重いモンなんかあるかぁぁぁ!!」
「あるんですぅぅぅぅ!!!」
「ねぇんだよぉぉぉぉぉ!!!」
ソータが机の下に潜り込み、必死に記録媒体とスロットの挿入口を抱きしめる。
ガンジはその足を引っ張り出そうとする。
職員たちは止めるどころか、なぜか実況を始めた。
「おおっと、ギルド長のタックル! しかしソータ少年、俊敏な身のこなしで机の下に逃げ込んだぁ!」
「これはいい勝負だぞ……どっちも必死すぎる……」
――その時。
ピコンッ。
ソータの抱えていた媒体が、偶然スロットに差し込まれた。
映像が勝手に再生される。
そこに映し出されたのは――全種族が総力戦として戦うイベントが開催された当時の超レアな一幕。
「うおおおお!? これ、全プレイヤー参加の総力戦で開催されたイベントの記録だぁぁぁ!!!!」
「やめろぉぉぉぉ!!! これ以上、俺の心臓を殺すなぁぁぁぁ!!!」
ガンジは頭を抱え、ソータは涙を流しながら「観れたぁぁぁぁ!!」と天を仰いだ。
ギルド資料室は完全に修羅場――いや、カオスそのものであった。
映し出される映像を見ていたガンジは、ハッとしたようにそれを見つめたかと思うと、後方で右往左往している職員たちに怒鳴った。
「ここに書記官を呼べ! 古参の冒険者と上級冒険者も全員だ!」
ガンジの命令は、もはや悲鳴に近かった。
⸻
ギルド資料室は、いつもより人が多かった。
書記官や古参・上級冒険者まで、ギルド長の呼び出しとはいえ詳しいことを聞かされていないため、ほぼ近寄らない資料室ということで、半ば物珍しさに集まっている。
中央には、見慣れない黒い装置が置かれていた。今回、記録装置が集めた映像を映す“再生装置”である。
その再生装置の前で、ガンジの命令でソータは先ほどのレア動画を再生する役目を担っていた。
集めたい者達が来ているのを確認したガンジが、ソータに再生するよう促す。
「全員いるな、これから観るものは歴史の証明になるかもしれん。目を逸らすなよ。……ソータ、映せ」
「えっと、長編だから切り抜き動画になってますけど……編集がうまいんで違和感はないですよ。暇つぶしにどうぞ」
ソータは軽い調子でそう言い、再生ボタンを押した。
暗闇を裂く轟音。
映し出されたのは――世界を覆う黒翼を持つ怪物、《アスラゴーン》だった。
その瞬間、室内の空気が一変する。
息を呑む音が重なった。
映像の中には、数え切れぬ戦士たちの姿があった。
鬼人族、獣人族、竜人族、森人族、土人族……全種族の垣根を越えて編成された大軍勢。
大地を埋め尽くすほどの戦列が、一斉に怪物へと挑みかかる。
「こ、これは……!」
「鉄の侵略者との……大戦記録か……?」
誰かが呟き、周囲がざわついた。
ソータは「あれ?」と首をかしげたが、誰も彼を気にしていなかった。
映像では、戦いが苛烈さを増していく。
炎と雷が飛び交い、無数の魔法陣が空を覆う。
だが怪物は揺るがない。
黒翼を広げるたびに数百の兵が吹き飛び、大地が抉れる。
「くっ……あんなものを相手に……」
「よくぞ……よくぞ持ちこたえている……!」
冒険者たちの声は熱を帯び、書記官たちですら身を乗り出していた。
そして、ひときわ目を引く影があった。
銀髪をなびかせ、浅葱色の羽織を纏い、長身の体を剣で支える鬼人族の男――橘花。
映像の中で彼は孤高の灯火のように立ち続けていた。
一人で攻撃を受け流し弾くその後方には、同じ羽織を着て倒れ伏す仲間がいた。
血に濡れても倒れず、全身で抗う姿は、見る者の胸を打つものだった。
「……橘花……!」
誰かの声が震える。
その名を呼ぶ声に、資料室にいた全員が映像に食い入った。
怪物は分身のような物を何体か作り出し、ソレから全方位に向け光弾が雨のように放たれ、何十何百という戦士たちが地に伏した。中にはそれでも立ち上がる者もいたが、敵の大技ですぐ命を刈り取られ倒れる。
倒れた者に回復をかける者、怪物の末端である分体を必死に攻撃し続ける者、最大魔術を何度も放つ者。
全員が全員、命を賭け戦いに挑んでいるのが、ヒシヒシと伝わった。
戦闘は佳境を迎える。
残る全軍が総力を挙げて分身を撃破し、怪物を削り、瓦礫を利用して空高く飛翔した橘花が、最後の一撃を怪物の顔面に叩き込む。
剣が閃光を放ち、黒翼の巨体を断ち割った。
――轟音と共に怪物が崩れ落ちる。
勝利の雄叫びが戦場を包み、とどめを刺した橘花は力尽きたのか、怪物の崩壊する破片と共に落ちて行く姿が遠目に映っていてーーそこで映像は幕を閉じた。
……沈黙。
室内に残ったのは、早鐘のように打つ鼓動だけ。
誰もが息を忘れ、目の奥に焼き付いた光景を脳裏で反芻していた。
「これが……鉄の侵略者との最終決戦……!」
「噂に聞いていた以上だ……我らが今ここに在るのは、彼らが命を懸けたからか……」
職員も冒険者も、全員が同じ結論に至っていた。
この動画は――五年前の大戦を映した“記録”なのだと。
一方、ソータは目を瞬かせていた。
「え、ちょっと待ってください。これ、イベントの……」
しかし彼の言葉は、誰の耳にも届かない。
熱に浮かされたような人々の眼差しが、全てを覆っていたからだ。
彼らにとって、いま見た映像は紛れもない現実だった。
鉄の侵略者を相手に、命を賭して戦った橘花とミブロの勇姿。
それを刻んだ“奇跡の記録”。
ギルド資料室にいた全員が、強烈な勘違いを共有したまま――その場で歴史を確信していた。
「橘花……あなたはやはり、我らの英雄だ……」
誰かが低く呟き、その言葉は室内に静かに浸透していった。
ソータはぽかんと口を開けたまま、頭をかいた。
――いや、だからゲームの動画なんですけど?
そう言いかけて、彼はやめた。
あまりに真剣な視線に囲まれて、その言葉を出せる空気ではなかったのだ。
橘花の後方で倒れている仲間達からのチャット。
多聞「やっべー、しくじったぁー!」
東雲「誰か万能薬で生き返らせてー!」
茶豆「やばいっすー!課金アイテム尽きたっすーー!」
みみみ「橘花さーん!課金アイテムプリーズ!」
橘花「今、それどころじゃないー!!!」
チャットでめっちゃ救援要請されてる橘花。
内容わかれば、シュールな場面。




