小話:ソータ歓喜!ギルド職員阿鼻叫喚1
ギルドのロビーでは、冒険者たちが口々に市場の光景を語り合っていた。
その喧騒の片隅で、ソータは一人、懐から掌に収まる小型の記録装置を取り出して手のひらで遊ばせていた。
先ほど橘花に別れを告げられ、どうするべきか話し合いをして兄のロイヤード、ウェンツとエレンの三人は、ソータにここで待つように言ってギルド内のどこかへ行ってしまった。
一人残されてしまったソータといえば、待つ間に先程撮った映像を見ていた。
街中に冒険者たちが記録装置を展開しているのに気づき、慌てて自分もと自前のドローンを起動させて撮影したものだ。
目の前に薄く浮かんだ画面を指先でなぞり、ひそかに起動させると小さな画面に映像が出力される。
ミブロの羽織に装備を変えたあと、橘花が魔人を斬り伏せた映像。ファンとして胸が熱くなる一幕だ。
撮った動画はそのまま装置で観れる。だが、既に取り出してある記録媒体状態になった物は観れない。
試しに他の記録媒体の方を挿入して再生してみる――だが、すぐに暗転した。
「……やっぱり駄目か」
過去に記録していた映像はどうしても開けない。何度試しても同じ結果だった。
失われたままの記録。諦めの苦笑が漏れる。
その時だった。傍らに立っていたギルド職員の一人が声をかけてきた。
「君、その媒体……ギルドで扱ってるタイプに近いね。もしよければ、うちの再生装置を使ってみるか?」
ソータは目を見開いた。
「ほんとに!? お願いします!」
思わず声が弾んだが、すぐに職員は苦笑して人差し指を立てる。
「ただし条件がある。貸し出しはできない。使用はギルド内のみ、しかも職員の監督下での再生だけだ。それでも構わないか?」
「全然構わないです!」
即答だった。こんな機会、逃せるはずがない。
記録媒体を胸に抱き締め、ソータの胸は期待で大きく波打っていた。
――あの人の、もっと前の姿が見られるかもしれない。
ソータはちょっとロビーを離れるだけのつもりで、ギルド職員の後ろに着いてその場をあとにした。
用意してもらった場所は、ギルドの資料室。
今回の偽ミブロの悪行を精査するために投影装置は出払っていたのだが、橘花の登場後からは記録を精査する場面はぐんと減り、ほとんどの投影装置は返却されていた。
ソータがドキドキしながら再生装置に記録媒体を差し込むと、投影装置から光の幕が広がる。明かりを落とした資料室の壁がミニ映画館のようになった。
次の瞬間――そこに映ったのは、浅葱色の羽織を翻し、鬼人族の数人が次々と敵を薙ぎ払う姿。
「え、これ……」
「まさか、ミブロ……?」
備品使用中の監督と言う立場で見ていたギルド職員と、整理のために同じ部屋にいた職員たちが一斉に固まった。
画面の中では、橘花が一人で魔人の群れに突っ込み、まるで踊るように刀を振るっている。背景には炎上する戦場、混乱する敵兵。だが一人だけ、舞うように戦場を駆け抜ける銀髪の姿。
「うおおおぉぉぉぉ!! 観れたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ぼくのお宝ぁぁぁ!!」
ソータは両拳を握りしめ、涙目で叫んだ。
興奮のあまり、隣の職員の肩をガシガシ揺さぶる。
「ほら見てくださいよ! これ! ミブロのギルド対戦時の橘花さんですよ! 公開動画でほんの一部しか残ってなかったやつ! まさか完全版がまた見れるなんて奇跡ィィィ!!」
「……ちょ、ちょっと待て。ソータ君」
「なんですか!? ぼくいま最高にテンション高いんですけど!」
「これ……普通に、ギルドの公式記録にも残ってない戦場映像だぞ……?」
職員の声は震えていた。
「え? あ、あれ? そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃない! これ五年前の大災厄前の……本物のミブロの活動記録じゃないか!!」
「……え」
ソータの喜び顔が一瞬固まった。
だが次の瞬間、拳を天に突き上げる。
「お宝度アップしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ギルド職員たちは目を見開き、資料室内は騒然。
「ちょっとこれ大事件だぞ! 上に報告しないと!」
「いや待て、どうやって手に入れたかをまず確認しないと!」
「これ持ってた本人がいま一番騒いでるんですけど!?」
ソータは両腕で記録媒体を抱き締めてぐるぐる回る。
「ありがとうギルド! ありがとう再生装置! ぼくの人生、今ここで完成したぁぁぁ!」
一方で職員たちは青ざめながら、「どうする? これ……公になったら大変なことになるぞ……!」と頭を抱えていた。
喜ぶ者一人、慌てふためく者多数。
資料室は、歓喜とパニックが入り混じったカオスと化した。
⸻
ソータはいそいそと次の記録媒体を突っ込んだ。
「ふっふっふ……次は何が出るかなぁ~……!」
彼の手は震えていた。期待に打ち震える、まさに祭壇に聖遺物を捧げる信者そのものだった。
光幕が揺れ、映し出されたのは――。
紅い髪を翻す美しきエルフの少女。
そして、巨大な戦斧を担いだ竜人族の青年。
その中央に、銀髪の鬼人――橘花。
三人が背を合わせ、敵地で次々と兵をなぎ倒し、砦を攻略していく。
息の合った連携は芸術的で、戦場の只中とは思えないほどの美しさを放っていた。
「きっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ソータは椅子から飛び上がり、天井に頭をぶつけた。
「期間限定公開だった“橘花三兄弟編”の映像が、まさかっ、まさかここで観れるとはぁぁぁぁぁぁ!!!」
両手をぶんぶん振り回しながら、涙と鼻水を撒き散らす。
「やっべぇ……トラストラムさんもちゃんと映ってる! 保存用と観賞用と布教用で三つ確保したやつだぁぁぁ!!!」
「月さん、カッコよすぎぃぃぃ!! 橘花さんと背中合わせとか、尊すぎて死ぬぅぅぅ!!!」
後ろのギルド職員たちは、完全にフリーズしていた。
「……エルフ……竜人……いや待て、この三人組って――」
「ば、馬鹿な……幻だと思われていた“ミブロ三兄弟”の記録……?」
「こんなの公式記録でも残ってねぇぞ!? どうしてガキが……!!」
再生装置の使用許可を取った職員は頭を抱え、机に突っ伏した。
「もし、これが表に出たら……世界がひっくり返る……」
「ていうか、ギルド本部から間違いなく尋問入るぞこれ!!」
「マズい! マズすぎる! 冷や汗で服が透けるほどマズい!!」
ソータはまったく気にしない。
「わぁぁぁ……やっぱり橘花さんは“兄弟と一緒”の時が最強だぁぁぁ!! 伝説の三兄弟合体技ィィィィ――!!!」
光幕に映し出された三人が同時に地を蹴り、敵軍を粉砕するのを見て、ソータは興奮しすぎたせいで鼻血を噴き出して倒れ込んだ。
が、倒れている場合ではないとすぐに跳ね起きる。
鼻血を乱暴に拭うとソータの暴走は、もはや誰にも止められなかった。
「さぁ! 次のお宝いっきまーすっ!!」
勢いよく次の記録媒体を突っ込み、胸を高鳴らせる。
光幕に現れたのは――。
漆黒に輝く巨体、アイアンゴーレム要塞。
山すら小さく見える超巨大兵器が、街を踏み潰すかのように動いている。
その足元を、銀髪の鬼人――橘花が駆け抜ける。
刀ひとつで、装甲の隙間を斬り、関節を破壊し、するすると登っていく。
重厚な金属の腕が振り下ろされるたび、地面が陥没するような衝撃。
しかし橘花は獣のように舞い、まるで映像用に構成されたかのようなルートで登攀を続ける。
そして――。
ズンッ……ズンッ……!
映像のBGMが最終局面仕様に切り替わった。
視聴者の心拍数を一気に跳ね上げる、鼓動のようなリズム。
「き、来た……来たぞ……!!」
ソータは椅子の背をがっしり掴み、全身を震わせた。
頭部まで到達した橘花が、侵入者を撃退する攻撃特化の小型ドローン数十体を凄い勢いで斬り伏せながら走り進んでいく。
ゴーレムの豪腕も画面脇から橘花を捕まえるためか猛然と横切って行き、観ている者をドキッとさせた。
橘花が頭にとりつき、額の魔石へと刀を突き立てた瞬間――ゴオオオッ!と光が弾け、巨体が軋みを上げる。
橘花が頭部にいる場面から、カメラは自然とズームアウト。
倒れていくゴーレムの全貌が映し出され、観ている全員に、そのとんでもないスケールを理解させた。
「ひゃあああああああああああああ!!! 橘花さん、最高ぉぉぉぉぉ!!!」
ソータは机を叩いて跳ね回り、もはや言語が悲鳴に近い。
一方で――ギルド職員たちは硬直していた。
「……え、なにこれ映画?」
「いや、映画でもこんなカメラワークは無理だろ……」
「ていうか、どうやって撮ったんだ? 記録装置、何百台飛ばしたんだ?」
「てかこれ……人間がやることなの……?」
彼らの頭は追いつかない。
だが一つだけ確かに理解できた。
「とにかく……すごい」
「いやもう、すごすぎて怖い」
「すごいのに、なんか……あのガキ一人だけ異様に喜んでるのが……」
ギルド資料室。
ひとり涙と鼻血で大暴れするソータ。
その後ろで、理解不能な迫力に呆ける職員たち。
映像は終わった。
だが、ソータの暴走は終わらない。
「次だぁぁぁぁぁ!! 次いくぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
職員全員の悲鳴が、資料室に響き渡った。




