表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/39

第9話

「称号取得で思い出したけど、今度のPAO十周年祭りのステージで踊ったり歌ったりする人、運営が募集してたよ。抽選だけど参加者には称号もらえるらしい。応募してみない?」


「うーん、オレも参加してみたいけど、歌はちょっとなぁ……」


「フッ、弟よ。歌って踊れるアイドルが当たり前の時代だが、一般人でもできないことはない。俺は上位竜を討伐しまくって竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を手にする!だからお前も自信持って応募してこい!」


自分の世界に浸って項垂れていた弟に、兄のトラストラムは発破をかけたかったのか、自分の目標を誇示する。


しかし、側にいる兄弟たちからツッコミが入る。


「兄ちゃん、だから抽選なんだって。選ばれるのに自信とか関係ないよ」


「え?」


「あのな、トラ。それ言うなら戦ってドジるアイドルだろ、お前は」


「は? なにそれ」


「ほら、さっきみたいに突撃して弾のストック忘れて囲まれて輪●(まわ)されるとか」


「姉ちゃん、言い方が卑猥ー!」


「いいんだよ。漢字は伏字にした。でもトラは卑猥な方が好みだろ?」


「好みじゃねぇし! 好んでないしっ!」


「まぁ、兄ちゃんは純情っぽく見せてるけど、アバターの服はスク水とか、大事なとこしか隠してないの持ってるしね。あと半年前、妊婦バージョンになって【ミブロ】の姐さん達に『腹の子の父親は私だ』って勝手に認知されてたよね」


「な、なんで知ってんだよ、月! 確かに勝手に認知されてたけど、中には誰もいねぇよ! 妊婦バージョンは局長(ギルド長)のリクエストに応えただけだ!」


「大丈夫、トラ。コスのことはもう知ってる」


「ガーン! 俺の男としての矜持がぁあああっ!」


「というか、兄ちゃん。男っていうより、もう男の娘じゃね?」


「ガーンッ! 兄としての矜持までもがぁあああっ!」


アバターが女性ということもあって、もはや男とか兄とかの矜持はないに等しい。精神ダメージを受け崩れ落ちるトラストラムの頭を、橘花が慰めるように撫でながら言った。


「はいはい、墓穴掘るドジっ子属性はパッシブスキルだからねー」


橘花が「次どうするー?」と月に声をかけると、ふと考え込んでいた月に目を向ける。


「どうした?」


「んー……いやさ、PAOが十周年祭りってことは、あれからもう五年になるんだね」


「何が?」


「“あの事件”からの経過年数」


「……ああ!」


月の言葉で思い出した事件に、橘花は苦笑する。あの時も、こんな風に三人で狩りしながらふざけ合っていた。



五年前――全世界の精密機器が一斉停止した。


原因は謎のまま。仮説が乱立し、いまだに解明されていない。


「今でもオカルトじみた説言う人いるよね。異次元とぶつかったとか繋がったとか」


「現実的には太陽の爆発、太陽嵐説もあるけど、変電所が無事だったらしいし……それで全世界に影響とか信じがたいよな」


「で、そんな話どうしたの?」


「ちょっと思い出しただけ。最初はダイブギア危険とか言われて倦厭されてたけど、みんないつの間にか戻ってきたなーって」


「人間そんなもんだよ」


事件当時、ダイブギア利用者は突然の強制ログアウトに見舞われた。現実では大規模停電で交通機関は麻痺し、通信も全滅。人々は三日間情報途絶のまま過ごした。


政府が自衛隊を動員し情報を伝えたが、その通信はモールス信号などの旧式手段だった。


日本では新幹線緊急停止、列車事故、飛行機の緊急着陸などが相次いだが、奇跡的に死者は出なかった。


ダイブギアの安全機能『緊急隔離プロテクト』が利用者の意識を保護し、植物状態になる者を防いだのだ。


この機能がなければ、意識消失や後遺症が多数出ていたかもしれない。


事件後、ネット上のデータ消失も判明。バックアップのない多くは泣き寝入り状態となったが、PAOだけは事件前に全データを厳重に保存していたため、復旧が早かった。


その結果、ゲームがコミュニティ掲示板や政府の臨時通信手段としても利用され、登録者数は世界一にまでなった。


事態が収束し、五年経った今は通常運営されている。



「あ、そろそろ俺ヤバい。仕事の時間!」


懐かしい話の最中、トラストラムが慌てて時計を見てアタフタ。


「現実はもうそんな時間か。トラ、早番だっけ?」


「そう、早番。飯作る時間キツい!」


「仕方ない。目玉焼きとベーコンとパン焼くから準備しろ。このドジっ子は抜けてるなあ」


「ドジっ子いうなー! でも朝飯は頼むー!」


トラストラムが急いでログアウトする。


「私もログアウトするけど、月は?」


「オレはもうちょっと遊んでから朝飯。九時出勤だから」


「トラと同じメニューでいいか?」


「作ってくれるなら何でもいい」


両親は共働き。子どもたちは協力して家事をこなす。忙しい両親の背中を見て育ったから、自然とできることは自分たちで。

そんな仲の良い兄弟だ。


「姉ちゃんの出勤時間は?」


「ふふーん、今日は休日だぞー! 羨ましいだろ、ハッハー!」


「うわ、ムカつく! PvP仕掛けてやるっ」


「ちょっと、これから飯の支度なんだからバカヤロー!」


「逃げるなら逃げれば? PvP履歴に離脱記録残るだけだしー」


「ちっ、私の戦績に傷つけようなんて片腹痛いわ! かかってこい、イグアナ!」


「オレは竜人だ! 古代種の血を引くレア種だぞ!」


「刺身にすれば同じだって! 朝飯、納豆卵かけご飯にするぞ!」


「オレ、卵かかった納豆嫌いなの知ってるよな? 勝ったら朝からサイコロステーキにしろ!」


「ハハハ、私に勝つなんて百年早いわ!」


――ピコンッ。トラストラムさんからメールが届きました。


トラストラム:『姉貴ー! ごはん、はよーっ!』


……仲が良いはずの兄弟である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ