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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
浅葱の影、街に揺らぐ編
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第83話

「橘花さん! 大丈夫ですか!?」


遅れて駆け寄ってきたソータが、地面に倒れ込んでいる橘花を見て声を張り上げた。

すぐさま他の三人も橘花の周囲に集まり、心配げに覗き込む。


「大丈夫」

短く答えると、橘花は腰にしがみついたままのペーターの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。

ゆっくりと身を起こすが、その動きに合わせてペーターがさらに抱きついてくるため、立ち上がることはできない。


「何か、見えました?」


ウェンツが息を呑んだように問いかける。期待と恐れが入り混じった瞳。


「ああ。――さっき見えたのは、ミヤコの正門だ。空には浮游島まで浮かんでいた」


橘花の言葉に、四人の顔にぱっと光が宿る。


「じゃあ……繋がってるんですね! 僕たちが来たゲームに! 帰れるんですね!」


ソータが身を乗り出す。エレンも思わず「本当に……」と小さく声を漏らし、ウェンツもロイヤードも笑顔を隠せなかった。


橘花はその熱気を受け止めきれず、苦笑いを浮かべる。


「もしかしたら、この近辺がゲートの出現場所かもな」


立ち上がろうとするが、腰にまとわりつくペーターの腕が鉄の鎖のように食い込んで、身動きが取れない。


「ペーター、大丈夫だから」


声をかけると、ようやくペーターは力を緩めた。だが顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、恥も外聞もなく、震える声で「師匠ぉ……」と縋りつく。

橘花はただ黙って、その背を優しく撫で続けた。ぽん、ぽん、と規則正しく。


その様子を見ながらウェンツたちは、各自簡易マップでこの場所にマーカーをつけた。

またここに来れる様に。


やっと呼吸が落ち着いた頃、ペーターが途切れ途切れに言葉を紡ぎ始めた。


「実は……街に、ミブロを名乗る奴らが来てて……でも、あんなのミブロじゃないんです。人が困ることを平気でして、好き勝手にしてて……そんなの絶対、師匠たちのミブロじゃない……!」


また込み上げてくる涙に声が揺れる。拳をぎゅっと握りしめながら、続けた。


「でも……そのリーダーみたいなヤツが……ミブロの羽織りを持ってて……みんな、それで……判断ができない状態で……」


その瞬間。

橘花の表情から、音が消えたように一切の色が失せた。


「……ミブロの、羽織り?」


その言葉は低く、鋭く。

四人が思わず身を固くする。


橘花の脳裏に、あの浅葱色の布地が鮮やか甦った。

あれは――特別製だ。

結成の折、局長マノタカと副長しらすご飯が全員分を手ずから仕立て上げた、唯一無二の象徴。

公式に登録していて他のギルドでは使えない紋章。悪ノリでPAOで使うミブロの紋章としてNFTにもしていた。

染めや織りを真似ても決して再現できない、ギルドの旗そのもの。


つまり――。

「現存する羽織は、ミブロのメンバーのものだけだ」


橘花の声には、もはや笑みも苦味もなかった。


「私は一度街に戻る。君たちはこのままここでゲートが現れるのを待っていた方がいい。おっと……!」


そこで、ぷつり、と電源が切れたみたいにペーターから力が抜ける。

慌てて抱き抱える橘花。

見ていたロイヤードたちも、いきなりのことで驚く。


「え、どうした!? 大丈夫か!?」


ペーターの様子を確認するが呼吸は安定しているし、涙でグチャグチャになったままだが、顔色も悪くはない。


抱きつかれたままだったため橘花も気付くのが遅れたが、森を走り回ったのか、ペーターの体はあちこち小さな傷だらけだ。

履いている靴も擦り切れている。異世界の靴は現実世界のものよりもっと簡易で、比べてみれば足を守ると言うより包んでいる程度のもの。

それでも獣の皮などを使って丈夫に作られているはずの靴がボロボロなのだ。ここまで全力疾走してきたことが伺える。


橘花と会えたことと、偽ミブロのことを伝えられた安堵からか、気絶するように眠ってしまったのだと推測できた。

寝ているだけとわかってみんな安堵する。


「ったく、驚かせやがって」

「ちょっと、やめなよ兄さん」


ペーターの頬をつつくロイヤードを嗜めるソータ。


「とりあえず、街に戻る。その方がいい」

「そうだね。橘花さん、僕たちも一緒に戻ります。ゲートのことはあるけど、戻る前に街のことも気になって集中できないし」

「わかった」


エレンが短く告げると、ウェンツが流れるように同意して橘花に一緒に戻る旨を伝えた。

そうと決まれば戻る準備だが、気付いたならペーターの手当が先だ。


橘花は初級ポーションや皮膚を拭くための布などストレージから出してテキパキ用意をする。が、気絶したのにペーターの右手が服を掴んで離さない。

やりにくそうな状態に、ウェンツが手を貸してくれる。

手伝う際に「ロイヤード、周囲警戒よろしく」と一言入れたのは、パーティーリーダーとして自覚が出てきたからだろう。

「しょうがない兄弟子だよね」と、ソータも冗談を言いながら手伝ってくれる。


初級ポーションを含ませた布で傷を拭くと、小さな傷はすぐに治っていく。

靴も履き替えさせる。

足の傷を治療して橘花の装備の中から、お助けAI用のリュートの装備で買っておいた子供用の靴を出す。

あらかた手当が終わると、そのまま抱き抱えて橘花が苦笑した。


「ほんとこの世界に置いて行けないものばかりになっちゃうな」


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