第79話
冒険者ギルドで隠れ里の一行と出会ったことで一悶着(可愛いマウント取り合い?)があったが、ギルドとの今後の話し合いがあるため、しばらく街に滞在するという。
ペーターは橘花とまだ一緒にいたそうだったが、隠れ里の代表チームで来ているのだから勝手に一人で抜けるわけにいかず、何度も振り返りながら仲間達と泊まる宿へ向かった。
若者達がペーターのその様子に苦笑していたから、後でいじられるんじゃないだろうか。
橘花は必要な買い物などを終えた後、宿に戻ってきていた。
そして、ギルドにいたウェンツたち四人も橘花に話があるから早めに戻ってくるよう言われて、夕食前には宿に戻ってきた。
夕食を宿の隅のテーブルで取った後、橘花は四人を前に静かに告げた。
「……明日、簡易ゲートを探そうと思う」
四人の視線が一斉に集まる。橘花自身も、この世界に呼び込まれた経緯は彼らと同じ――あの不可解なゲートだった。
色々と思わぬ事件はあったが、街が落ち着きを取り戻したのを見て、手を貸す必要はないと断じる。
ならば、最初に立っていた場所へ戻り、痕跡を探るのは自然な流れだった。
「ランダム出現の可能性もあるが、元の座標に再び現れる可能性もある」
橘花は淡々と続ける。
「もし見つけたら、その場でゲートを潜るかもしれない。そのために――宿には一週間戻らなかったら荷物を処分してくれと、先に頼んでおいた」
四人の間に小さなどよめきが走る。橘花は振り返らず、短く言葉を結ぶ。
「私はもとより、君たちも向こうに帰るつもりなら、部屋の整理はしておきなさい」
そう告げて出立の時刻を伝えると、橘花は自室に戻っていった。
残された四人は、しばし沈黙した。
唐突な話ではあったが、彼らもまた「帰る手段」を探していることに変わりはない。反対は誰の口からも出なかった。
やがてソータが口を開く。
「……もし、ゲートを見つけたら潜る?」
ロイヤードが即答した。
「決まってるだろ」
しかしエレンが慎重に言葉を差し挟む。
「でも、あのゲートが本当に俺たちのいた“ゲーム”につながっている保証はない」
一瞬、空気が重くなる。けれどウェンツが明るく肩をすくめた。
「それでも、見つけたら試す価値はあるだろ。戻れるなら――戻った方がいいに決まってる」
四人はうなずき合ったものの、その胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。
こちらの世界での冒険の日々は、かつての学生生活よりも確かに充実している。
名もない戦いや小さな成功が、何より心を震わせるのだ。
――もし戻れたら。
――もし戻らなければ。
その答えはまだ誰にも分からないまま、夜は静かに更けていった。
⸻
翌日。
まず最初に、ロイヤードたちが降り立ったという平原へ足を運んでみた。
だが、そこはどこまでも続く草原で、どの地点が「始まり」だったのかを特定するのは困難だった。
「あの時、レッサーラビットが突然飛び出してきて、俺ら全員ビビったよな」
ロイヤードが笑いながら草を蹴った。
「タンク役のウェンツが咄嗟に前に出て、防いでくれたんだ」
「で、エレンが弓の連射で仕留めた」
ソータが続けたが、その顔はどこか懐かしげだ。
「ぼくは魔法の詠唱が間に合わなくて、アワアワしてただけだったよ……」
肩をすくめるソータに、皆もつい吹き出した。
そう――あの瞬間まで、彼らはただの「ゲーム」で遊んでいるのだと、心から信じていたのだ。
「街に入る時も苦労したよな。金が違っててさ」
ウェンツが苦笑い混じりに振り返ると、ロイヤードが「そうそう、本当苦労したー」とため息をつく。
「俺、トリクで払おうとしてさ。衛兵に偽物扱いされて、参った参った」
思わず橘花も頷いてしまう。わかる。その気持ちは痛いほど。
橘花の場合も、一枚のトリク金貨を渡したとき、受け取った衛兵が硬直するように凝視したのをよく覚えている。
背中に嫌な汗をかきながら、何とか場を繕ったが――今思えば幸運だったのかもしれない。
アルミルは人間族の街だ。角を持つ鬼人族の橘花に対して、難癖をつけられてもおかしくはなかった。それでも、あの時はただ簡単な質疑応答だけで通された。
(あれは……どういう意味だったんだろうな)
橘花は胸中で呟く。あの時、衛兵たちの目に何が映っていたのか。
平原を渡る風は涼しかったが、過去を思い出せば思い出すほど、胸の奥に不思議な熱が灯るのだった。
思い出話をしながら平原をひと通り歩いてみても、簡易ゲートの痕跡はどこにも見当たらなかった。
風に揺れる草は青々と広がり、太陽は真上で輝いている。ただそれだけで、そこに「扉」があったことを証明するものは何一つ残っていなかった。
「……やっぱり、そう簡単には見つからないか」
橘花が空を仰ぐ。
ゲートは突発的に現れるものなのか、それとも一定の場所に確率で出現するものなのか――誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、自分たちがこの地に来た瞬間は確かに存在していた、ということだけだ。
風がまた草原を渡っていく。
ゲートの姿は見えない。だが、先を行く四人の足取りは止まらなかった。
虚しさを抱えながらも、どこかに「確かにある」と信じられる希望が、彼らを前に進ませていた。




