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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
浅葱の影、街に揺らぐ編
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第78話

ガヤガヤしていたギルドの広間に、重たい扉が開いた。

入ってきたのは四人組――ウェンツ、エレン、ロイヤード、そしてソータ。

街に出るときに何かと目立つこのパーティーに、職員たちは「お、また来たな」という空気で迎えかけた。


隠れ里から来た青年達もロイヤード達の償いとしての懸命な働きは目にしていて、気楽に声をかけられる雰囲気だった。

だが――ペーターの反応は違った。


「……っ!」

サッと橘花の腰にしがみつく。小さな体で、庇うように橘花の前に立つ。

その金の瞳は、まっすぐ四人を睨み据えていた。


ウェンツたちは、すぐにその意味を理解した。

かつて――自分たちが襲撃に加担したと誤解され、ペーターたち隠れ里の人々は深く傷ついたのだ。あの人形を抱きしめて泣いていた子供のように。

今は誤解が解けても、その「痛み」はそう簡単に消えるものではない。


ウェンツは一歩を踏み出しかけて……その足を止めた。

エレンもロイヤードも、ソータでさえも、互いに視線を交わし合い、自然と距離をとる。

――下手に近づけば、彼を再び脅かすことになる。


「…………」


その様子に、ギルド職員と周囲にいた隠れ里の青年たちも遅れて察した。

ざわついていた空気が、すっと冷えこむ。


ペーターと四人組。

その構図は――「襲撃を受けた側」と「襲撃をした側」。

記憶に刻まれた痛みが、両者の間に透明な壁をつくっていた。


「……」

橘花は小さく息を吐き、腰にしがみつくペーターの頭をそっと撫でた。

その温もりで少年の震えを和らげながら、視線を四人組へと向ける。


――広間全体が張り詰める。

ほんの数分前まで「橘花さん子持ち疑惑」で浮かれていた空気など、跡形もなく消え去っていた。




橘花は、腰にしがみついたままのペーターの頭をゆっくり撫でながら、四人組へ視線を向ける。

「……誤解するなよ、ペーター。この四人は――今、俺の指導傘下にある連中だ」


その一言で、張りつめていた空気がわずかに揺らぐ。


ウェンツが一歩前に出て、ぎこちなく笑みを作った。

「……えっと、はじめまして。俺はウェンツ。橘花さんの、まぁ……弟子みたいなもんだ」


エレンも胸に手を当てて軽くお辞儀する。

「同じく、エレン。橘花さんには、日々助けてもらっている」


「ロイヤードだ。えーと……その……よろしくな」

普段の勢いはどこへやら、ロイヤードは妙に肩身が狭そうに頭を下げる。


最後にソータが、小さく手を上げた。

「ぼくはソータ。……えっと、よろしくお願いします」


一通り挨拶が済むと、ペーターは橘花の腰に抱きついたまま、じっと彼らを見据え――小さく呟いた。

「……橘花師匠に迷惑かけてないなら、いいけど」


その一言で、ギルド内を覆っていた緊張がふっと霧散する。

誰からともなく、小さな笑いが漏れた。


ペーターはまだ完全に警戒を解いたわけではない。

だが、橘花を挟んで交わされたぎこちない挨拶が、確かに「最初の一歩」になっていた。


ペーターは橘花の腰にしがみついたまま、きゅっと顎を上げ、四人組を見上げて宣言した。


「いいか! 橘花師匠の弟子っていうなら、ぼくが兄弟子だからな!」


一拍置いて、ウェンツたちが「え?」とぽかんとした顔をする。


「最初に橘花師匠に認められたの、ぼくだから! 金打(きんちょう)の儀式もしてもらったし!」


……と言っていること自体は正しいのだが。

腰に抱きつきながら、必死に毛を逆立てて威嚇する小猫みたいなポーズのため、迫力はゼロ。


ギルド職員たちは(か、可愛い……!)と同時に(でも笑ったらまずい!)と全力で顔を引き締める。

――一人、ペンを握りしめて手を震わせる事務員。

――一人、頬をむにっと抓ってごまかす受付嬢。

――一人、後ろを向いて書類棚の影で肩を震わせている記録係。


必死に空気を壊すまいとするその様子は、逆におかしさを増していた。


「な、なんだよ!ぼく、ちゃんと師匠に弟子入りしたんだ!兄弟子なんだぞ!」


ペーターはさらに声を張り上げるが、その度に余計に可愛らしい“猫の威嚇”にしか見えない。


橘花は苦笑しつつ、頭をぽんと撫でた。

「……まぁ、事実としてはそうだな。お前が兄弟子ってことで」


「でしょ!」と胸を張るペーター。

しかしその後ろで、ギルド職員たちは(あぁダメ、尊い……!)と限界寸前であった。


そこへソータが不満げに「ふーん」と鼻を鳴らし、拗ねたように腕を組んだ。


「弟子になるのは遅かったけど、橘花さんの昔の活躍、知ってるもんねー」


――その一言に場の空気が「ん?」と動く。

ペーターは「なにそれ」という顔。橘花は「いやな予感」という顔。


ソータは待ってましたとばかりに胸を張った。


「イベント・アンデッド大行進の一人防衛戦!」

「アイアンゴーレム要塞の討伐!」

「そして最新は――竜騎士のソロ討伐!」


ソータの言葉に脳裏をよぎったのは、ゾンビ軍団が街を襲うイベントで普通は防衛戦になるのに、橘花が単騎で突撃し、ゾンビウェーブを逆流して無双した「一人防衛戦」と、要塞化した巨人のビームや巨大弾丸(公式では魔法の光線と弾らしい)を避けながら関節を的確に破壊していく様はまるでアクション映画と称された「アイアンゴーレム要塞の討伐」の公開している動画。

橘花がソロ活動(無茶振り)していた頃の動画の名前だ。


「えええ!?」「竜騎士、竜騎士って……!」とギルド職員たちがざわつく。

ソータは得意満面で続けた。


「ソロ達成不可能って言われた難関を、橘花さんはぜーんぶひとりで突破してるんですから!映像も、あらゆる活躍をバッチリ保管してるんですからね!」


「……ちょっと待て。大行進とアイアンは公開したからいいけど、竜騎士はまだ上げてねーぞ!?」

「それは、とある筋からいただきました」

「どこだよその筋!? 私の知らん筋があるのか!?」


場がざわめく中、ペーターは唇を震わせ――。


「い、いいもん!オレ、師匠が隠れ里を助けてくれたの知ってるから!一緒にごはん食べて、色んなこと教えてくれて……それで十分だもん!」


涙目になりながら、ぎゅーっと橘花の腰に抱きつく。

橘花は苦笑して「はいはい」と頭をぽんぽん。


周囲の大人たちは(うわぁぁ、可愛い……!)と胸を撃ち抜かれる。

が、当の二人は真剣勝負の真っ最中なので、笑うに笑えない。


ギルド職員A(書類を盾にして肩震え中)

ギルド職員B(裏口に逃げて「ぷっ」ってなってる)

ギルド職員C(鼻血寸前)


――結果。

ギルドの空気は「鬼人族の勇壮な戦士談」+「小学生の兄弟ゲンカ」+「親バカ橘花」でカオスな温度に包まれていた。

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