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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
気がついたら異世界編
8/16

第8話

異世界に来て、まだ1日目。

橘花が呆然としている間にも事態は刻々と過ぎている。

何がどうなっているのか理解が追いつかず、嫌な想像が膨らんでいく。



(どういうこと? 何があったの。異常事態なんだから緊急プロテクト発動してるはず。なんで戻らないの。こんなのおかしい……。私の身体はどうなってるんだろう。まさか心肺停止とか、脳死判定なんて受けてないよね?)


「あの、どうかなさいましたか?」



ザザンの後ろからの問いかけの声で我に返った橘花が、自分の手が親指からの出血で酷いことになっているのに気づいて慌てて拭くものを探し、袖に入っていた手拭いで血を拭った。



「そんなに、この者達は悪い状態なので?」



真っ青になっている橘花の様子を勘違いしているようだが、実際に悪い状態なのは変わりないだろう。

ここでハイなんて答えられるわけがない。橘花は医者でもなければ看護婦でもないのだ。

だが、誰が見ても状況的に感染症。

または村全員が食べてるものに弱毒性があって、体内に溜まった毒素でダウンしたか。

周囲に鉱山はなさそうだが、鉱毒だったら……考えれば可能性なんていくらでも出てくる。


もし感染症だった場合、隔離して正解と褒めたいところだが、この村にいる人間族に医療の知識はほぼないに等しい。

場所を離して隔離しても、食事などの日常の世話をする時、マスクや手袋で自衛しただろうか。してないだろう。それを考えると村全体が保菌している可能性が大きい。



「ちと、事が大きい。対策を練る必要がある」


「は、はぁ……」



黙り込んでいた橘花からようやく発せられた言葉に、ザザンは諦めの顔を滲ませて下がった。

ザザンには悪いが、橘花も今はそっちに構ってられない状態だ。現状から逃げ出したい思いでいっぱいになっている。


ザザンが側からいなくなったあと、怖々アイテムから出した『初級ポーション』を見て青い液体が体に悪そうだが、試しに傷に切った指の傷にかける。すると指の傷は、綺麗に消えた。

確かに、これがゲームならば橘花は「大丈夫、できる」と言い切っただろう。

だが、傷は消えても、流れ出た血の痕はそのまま。元通りにはならない。


アイテム倉庫内に『お医者さんキット』なんてふざけた名前のアイテムがある。


聴診器や注射器、消毒液なんかは普通に入っている。その他、マスク、ゴーグル、手袋、防護服、シューズカバーなどなど。

ネーミングからして子供のママゴト程度かと思うだろうが、どこのパンデミック地帯に赴く用意だよコレ、とツッコミが入る代物だ。

これだって、道具がある、というだけなのだ。医療行為の真似事ができるほど甘くない。ちなみに『お医者さんキットⅡ』もあり、そちらは密閉型防護服で酸素ボンベ付き。



とにかく、病気を治すには大元を確認しなければいけない。

だがどうすればいいか、入ることすら躊躇わせる状態を洞窟の外から見つめていると、橘花に向かって叫んでたあの少年が洞窟内に入っていくのが見えた。

遠目だったからよく見なかったが、黒髪で前髪を長めにして切っている。貞子かよ、とからかえなくもない長さだ。



(え、ちょっと! マスクも手袋もしないで感染症かもしれない軍団に突っ込んでいくのか、あの子っ!?)



慌てた。めっちゃ慌てた。母親と妹がいると叫んでいたから、多分中にいるんだろう。

それでももっと口元を布で覆うくらいの対策してから入っていけ!と『お医者さんキット』からマスクとゴーグルと手袋だけ急いでつけて追った。

入ってすぐ、洞窟内の臭いが酷くて引き返したかった。しかし、顔の幼さが抜けきっていない少年をひとりで行かせることの方が、大人の橘花としてはできない相談だ。


が、入って後悔するのはもっと早かったりする。


橘花を見た病人達が怖がり怯え口々に「トーマ」と呼び、ある者は悲鳴を上げて逃げ、ある者は必死に謝ってくる。

え、ナニコレの連発状態だ。

村に入った時は鬼人族が暴れると怖い種族だから逃げたと説明していた村人達。

しかし、ここの病人達は怖がるだけでなく、謝ってくる者達もいる。それも全員、なぜか橘花を「トーマ」と呼ぶ。


よくわからずに答えるのもどうかと思い、適当にスキルにある『鑑定』を試しながらハイハイとかわして少年を追って奥へと進んでいくと、壁際に座り込んでる人影を見つけた。近づくと少年の背中だと認識できた。



「おい、君」


「うわっ、あんたかよ! なんだその顔に着けてるモンは」


「マスクとゴーグル」



後ろから声をかけられたのが非常にびっくりしたらしく、恥ずかしさもあってか紛らわそうと橘花の装備を聞いてきたので素直に答えたが、「……変なの」とだけ言われて顔を反らされてしまった。

その少年の側には女性と女の子が、息も絶え絶えの様子で寝転がっている。母親と妹なのだろう。

少年の手には粥のような食べ物が入った小鉢があり、それが彼女達の食事なのだと理解する。けれども、中身はほとんど減っていないようだ。


やせ細った二人の状態に橘花も何を言っていいかわからず、沈黙が続く。

ふと、橘花が視線を少年に戻せば、いつの間にかじっと見つめられていた。思わずビクッとなる。



「なぁ、どんな魔法使ったんだ? 畑があんな風に作物を実らせてたのって四年振りなんだけど。それに、ここにいる奴らも助けようってんだろ。あんた、元とはいえ奴隷の村救おうなんて物好きだな」



内心、ちゃうねん!鬼人族魔法使えない、あれアイテム使っただけ!それにイベントだと思ったからノリで言っただけなんだよぅ!と首を振りたかった。

今更できないとか言ったら袋叩きにあいそうな雰囲気だコレ、と橘花はしっかり口にチャックをしておくことにする。



「まぁ、当てがなかったわけじゃない。そ、それにしても薬草(ハーブ)の煎じ方はよく知ってたな。村長からそれしか手がなかったって聞いたが」



村にあった薬草(ハーブ)は、根っこの残骸を調べてみると『万能草』という上級モンスターが闊歩するエリアで採れるレアなものだった。

隠れ里とはいえ、人の生活範囲にあること自体珍しい。どうりで街で高値で売れるわけだ。



「父ちゃんが薬師(くすし)だったんだよ。あれ、父ちゃんの採ってきた最後の株だったんだ」



ぽつりと、少年の口から静かに零れ落ちた言葉が、哀愁たっぷりなので続きが聞けない。

医者に相当する人いたから煎じ方知ってたのかと思い至ったが、その薬師はどこに行ったのか。……話し方で十中八九、死亡しているのだろう。



「おれは村なんて救ってもらいたくない。早めに治せないって言って、出てってくれよ」


「え?」



もう「すみません」と土下座したい気持ちでいっぱいで、盗まれたのが君んちの父ちゃんの遺品だと思いませんでしたー!と脳内でのたうち回っていた橘花は、その言葉の意味が理解できなかった。

母親と妹のために薬草(ハーブ)泥棒を追いかけていた少年の言葉とは思えない。

腰を上げて外へ向かう少年の後ろ姿に慌てて問いかける。



「待て、聞きたいことがある……ここにいる者達から『トーマ』と呼ばれるんだが、誰のことだ?」



疑問に思っていたことを聞いた後、ものすごく後悔した。

少しだけ立ち止まり、少年の背中越しに押し寄せてくる沈黙が重くて橘花としては、上司に怒られてる以上の重圧に感じて、ちょっぴり後退してしまったのは秘密だ。

それから無言で出口へ向かってしまった少年を追いかけることができず、悪臭の中ぽつんといることになった。

ただ。

できないと言って出て行けと言われた事が、意外にも橘花の中ではホッとする言葉だった。

医者でもないのに、これ以上は関わることができないんだろうからと逃げ道を構築しつつある。



(そうだよ。実際、こういった場合は医療機関とか専門分野の人が動けばいいし、協力できるところはしたんだ。今現在の私自身もよくわからない事態になっていて、いわば遭難者みたいな状態なんだから誰に咎められることはない)



言い訳としては妥当じゃないか、そんなことを思っていた時。



「ひっ!?」



唐突に。

呻き声しか聞こえてこない洞窟の中、いきなり橘花の手に触れる者がいたら悲鳴を上げても仕方ないだろう。

恐る恐る見ると寝ていた少女が、手を伸ばして橘花の右手を掴んでいた。



「……おと、ちゃん?」



かすれた声で問いかけられた。

何と答えていいかわからないで橘花がオロオロしていると、少女がゆっくり顔を上げる。額に黒い石のようなものが、ふたつ見えた。



「おとうちゃん……あのね、りつね、がまんしたよ。痛いのがまんできたの。……いいこ、いいこして?」



父親と他人の判別ができないくらい視覚がやられているのか、甘えるように橘花の右手にそっと頭を寄せるので、払いのけるわけにもいかず、蜂蜜色の小さな頭を痛くないようにそっと撫でる。

しばらく撫でると、小さく嬉しそうな声が聞こえた。



「もっと痛いのがまんすれば、おとうちゃんに、また会える、かなぁ……?」



呟くと体を丸めてまた眠ってしまったようで、か細い寝息が聞こえてきた。


橘花は静かに少女の側から立ち上がると、早足で洞窟から出た。

洞窟から出ると、外はもう日が落ちかけていた。


村の方からは篝火程度の明かりが見えて、村人達の嬉しそうな声が聞こえていた。甘い匂いも仄かに香ってくるので、きっと畑に実ったトウモロコシを焼いて腹を満たしているんだろう。

洞窟の入り口では橘花を待っていたらしい松明を持った男が、愛想笑いで迎えてくれた。森の中で橘花を化け物呼ばわりした男だ。


トウモロコシが実ったので先に頂いているという報告と、橘花も混ざらないかとの言うお誘いだったが、丁寧に断っておいた。

近くの川で水浴びをしてくると言ってその場を離れる。



(助けてやったという心情もあるから思うのかもしれないけど、こういう場合、こちらを呼ぶなりして待ってから食い始めないか? しかも混ざらないかって? おいで下さい、だろう)



別に客人としてもてなしてほしいわけではないが、ちぐはぐな対応に日本人のおもてなし舐めんなよ!と言いたくなった。

先刻の宣言通り、簡易地図(ミニマップ)で見た川を探して森の中を進む。さすがに臭いがきつい。悪臭が纏わりついて離れない。

目的地に着いた橘花は、さっそくアイテムの中から五右衛門風呂を探しクリックすると、目の前にドスンと薪までセットされお湯が沸いている五右衛門風呂が出てきた。



(これ、川に来なくてもよかったんじゃ……)



水がないと風呂が使えないと思って川まで来たが、徒労だった。

しかし、待たずに風呂に入れるのは嬉しい。周囲にはフィールドの野営でいつも使っているモンスター除けの鈴を張り巡らせ、篝火を焚いてさっさと服を脱ぐと入浴タイムに突入する。

髪と顔と遠い目をしながら体を洗い終えて、手拭いだけ頭に乗せる。命の洗濯とはよくいったもので、今だけは全部忘れてしまえと大きく背伸びをしてリラックスする。


川のせせらぎを聞きながら入浴というのも乙だと、アイテムに入っているお盆に乗った徳利と御猪口で一杯やり始めた。良い大人は真似しちゃ駄目だよ。


一旦体をリフレッシュさせて五右衛門風呂の端っこに寄りかかる。人間だと熱くて火傷するはずだが、鬼人族の体はこの程度なら熱くないらしい。

満点の星空と優しく大地を照らす満月、御猪口を左手に飲む酒が美味い。おつまみは塩だけですが何か。


ちょうど、きゅるると腹の催促音に朝から何も食べてないことに今頃気づいて、アイテムからおでんを出す。卵にがんも、大根にはんぺん、糸コンにちくわと昆布。からしはたっぷりめで。

まぁそれで鬼人族の巨体が満足するはずもなくて、お好み焼きとラーメンを食べ、次に親子丼をアイテムから出して食べ始めた時に「明日の体重計に乗るのコワイ!」と橘花は我に返った。


何はともあれ腹八分目にはなったあと、しばらくボーっとしながら今日身の上に起きたことを夜空を見上げて色々考えた。


胸糞悪いイベントかと思えば、現在地に異世界とか書かれてるし、自傷行為もできるし傷もリアルで、臭いは最悪。

助けているのにどこかで線引きをしている村人の対応。洞窟の中で死ぬのを待つだけの村人には「トーマ」と呼ばれて泣きわめかれる。

リアルでの自分が一体どうなっているのか、確認できないことも不安要因だ。



「はぁ、ほんと……全部ぶん投げて村を去ろうか」



そこまで義理立てするほどじゃない。だったらいいじゃないか、そう思い始めてる自分がいる。

けれど。


ふと湯船に浸けていた右手を見つめて、盛大な溜息を吐いた。


口寂しいともう一度酒の入った徳利と御猪口を盆の上に乗せて浮かべ、ついでに食べようとからあげ串を出した。食い足りない感がやっぱりあるのだ。

もう体重とか考える前にエネルギー補給だと、食べようとした時。



「こんなところでひとり晩酌かよ」



突然の声かけにびっくりして五右衛門風呂から振り返り見下ろすと、少年が立っていた。



「えっと、君」


「ペーターだ」


「山羊と戯れるのが得意そうな名前だな」


「馬鹿にしてんのか」



ペーターは不機嫌そうに答えてくるが、前のように橘花の側から立ち去らない。

彼の視線を辿ると、橘花の手に持っているからあげ串に辿り着いた。


「食べるか?」そう聞いた時の反応が、欲しいおもちゃを見せられた子供の視線になりつつ自分を戒めるために目だけを反らして「いるか、そんな変なもの!」というわかりやすいものだった。



「じゃ、全身綺麗にしてから食おうか」


「食うなんて言ってないだろ!」


「ままま、さっぱりするから入ってみろって。あ、ちょっと試しに『鑑定』」



鑑定結果:『蜜病:初期症状』


やっぱり、こいつもかかってたかと、まず橘花は念入りにペーターの体を洗うことにした。

何度も病気が蔓延する洞窟内に入っていればそうだろう。鑑定した病人達のすべてが同じ病名になっていた。症状はそれぞれだったが、ほぼ中期。

末期は見当たらなかったけど、そこまで病気の進行速度が早くないタイプなのかもしれない。



(……しっかしこの病気、どっかのクエストの話で聞いたことあるんだけど)



どこで聞いたのか思い出せずモヤモヤしながら橘花は風呂から上がった。

五右衛門風呂に入ることを最初は抵抗したペーターも、「よし、我慢したらこれ三本食わせてやる」の一言で大人しく洗われた。やっぱり子供だ。

そこで判明したのが彼の妹の額に黒曜石のような石がついていたのを考えて、兄であるペーターにもあるだろうと思って頭を洗うついでに額を確認したら、前髪で隠していた一本の角があった。


種族を確認しようと聞いたら大暴れして「ハーフだよ、悪いかよっ!」と泣きそうになってたので、からあげ串を与えといた。

橘花の対応に、こんなの子供扱いだと恨めしそうに見ても、しっかり食べてもぐもぐ咀嚼してる。


公式でもハーフは存在する方向で認定されている。現実に彼はハーフだというが、母親は普通の人間族だと確認している。だとするなら父親の方か。

角の付き方を考えて「親父さんは鬼人族か?」と聞くと、俯いて押し黙った。



「……なぁ、鬼人族は戦闘能力が高いんだろ?」


「ああ、高いぞ。最強とは言わないが」


「ふーん」



しばらく沈黙していたと思ったら質問されたので、答えると気のない返事が返ってきた。

子供が日の暮れた時間まで歩き回ってるのは感心しないが、とりあえず何か話題をつないで聞き出しておこう。



「ペーターは親父さんのあとを継いで、この村で薬師になるのか?」


「ならねぇよ! おれは戦士になるんだ。あんたみたいに剣を持って戦う男になる」


「いや剣じゃなくて刀だ、刀。それよか、薬師の方が村に必要だろうに」


「嫌だ! おれは父ちゃんみたいに角を折られても黙って言いなりにならないように、戦える男になるんだっ!」



叫んでから自分が口走ったことに気づいたペーターは慌てて口を閉じるが、橘花としては聞き捨てならないことだ。

角を黙って折られるなんてありえない。

公式の情報を鵜呑みにするなら、それは鬼人族の唯一誇れる戦闘能力の著しい低下につながるものだからだ。PvPでも鬼人族が負けると、対戦ゲームの勝者が力を誇示するように角を折られる演出が一時期あった。

けれど、それはゲームでの話であって、現実にあったら問題だ。



「角を折られたって……何があった?」



有無を言わさない質問の雰囲気に渋々口を開いたペーターが語った内容は、胸糞悪いモノだった。

この村に関わってると胸糞の悪いことしか聞かないんじゃないかと思えてくる。



鉄の侵略者、とは五年前にこの世界を襲った天変地異と共にやってきた。

今まで見たこともない走る鉄の箱などに乗り、鉄の雨を降らせ次々と人々を虐殺していく恐ろしい者達だったという。


その侵略者が村に来た時、村で唯一いた鬼人族の角を寄越せば命だけは助けてやると言われ村の者達は、トーマ……つまりペーターの父親を差し出した。

しかし、殺されずに奴隷として連れていかれたものの、日々の重労働に耐えられない者達は次々殺されていき、結局は【ミブロ】が総力戦を仕掛けて混乱する鉄の侵略者の要塞から命かながら逃げた。

皆が逃げる際、トーマは狭い通路で肉壁となり追いかけてくる侵略者と戦い内部に残った。

村人達が近くの森まで逃げ込んだあと、要塞が崩壊して鬨の声が上がった。【ミブロ】が鉄の侵略者の要塞をひとつを落とした瞬間だった。

だが、トーマはいくら待っても要塞から出てこず、【ミブロ】が引き上げる時に村人はこの近くまで護送してもらったが、ついぞトーマは帰ってこなかった。



「最初から戦えばよかったんだ。父ちゃんも大人しく角を差し出さないで【ミブロ】みたいに奴らと戦ってれば、死ななくて済んだんだ」



ペーターを風呂から上げて身なりを整えて終わると同時に、話が終わってしまった。


なんと言って返せばいいのか。

戦場なんて経験してないし、紛争に巻き込まれたこともない橘花には、当時の村人達の行動は到底理解が及ばない。

人道的に最低だと否定なら誰でもできるもので、しかし肯定するにはあまりにも身勝手な気がした。



「……ペーター、守り方ってのは色々あってな」


「あんなの守り方なんかじゃねーよ!」



何とか絞り出そうとした橘花の言葉は逆にペーターの心情を逆なでしただけで、叫ぶように言い返してからからあげ串片手に走り去っていくペーターの背中に「湯冷めするから温かくして寝ろよー」と声をかけるのが精一杯だった。




川の流れる音と虫の鳴く声、明り取りの篝火の燃える音だけの静かな森の中でひとり。

助けるか助けないかで、また橘花の思考がぐるぐると巡っていた。



「トーマさん、アンタはどんなことを思って角を差し出したんだよ」



妻子を残して逝くことになった見知らぬ鬼人族。

薬師だとしても、基本の戦闘力は竜人族(ドラゴニュート)と互角に戦えるほどだったはず。


どうして村人はトーマを差し出したんだ、一緒に村を守るために戦おうとしなかったんだ。

そう思っても橘花自身もわかっている。

村人達には戦う力なんかなかったんだろう。ただ村人としての生活を営み、日々の天気や季節の移ろいと共に過ごしていた者達が対処できたとは思えない。


戦えば皆殺しになるのは目に見えてるし、だからといって同じ村の仲間を差し出すのに抵抗がなかったのであれば、橘花をトーマと見間違えて謝罪する奴なんかいなかっただろう。

あの病人達の謝罪が罪悪感からなのか、逆恨みを恐れての命乞いなのかはわからないが。



(ほんと、胸糞悪ぃ。一から十まで胸糞悪くてイライラする)



人間の汚さをまざまざと見せられている状況に、振り子のように揺れる気持ちのまま、もう一度右手を見つめた。

オロオロするばかりの橘花の手にそっと頭を寄せてきた、あの少女の言葉を思い出す。


助けてとも殺してとも言わなかったし、父親と間違えた橘花に恨み言すら言わなかった。

ただ――。



「……義を見て成さざるは勇無きなり、だっけ?」



じっと右手を見つめていた橘花は、パンッ、と突然両頬を叩き気合を入れた。

思いのほか強くジーンと痺れるほど叩いてちょっと涙目だが、今の橘花にはちょうどいい喝だ。



「っしゃ! うじうじ考えるのはやめだ。やらずに後悔するより、やって死ねってな!」



今ここに。


どんな迷言だよ、とツッコミを入れてくれる弟達はいない。

協力して助けてくれる仲間もいない。

今リアルの自分がどうなってるかも気がかりで、考えたくもない想像と不安が押し寄せてくる。


それでも。



ゲームもリアルも関係なく、今を“橘花”として生きると彼女が決めた瞬間だった。

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