第73話
初級ポーションの配布が段々と行き届いていく中、ガンジは街の中を駆けずり回っていた。
今回の件を本部に通報するには、客観的な証拠が不可欠だ。感情論では本部は動かない。
――だが証拠は揃いつつあった。
橘花の報告をもとに整理すれば、見えてくる線は一つ。
マーキアドの娘が「万能草」を持ち帰った時期と、隠れ里で盗難騒ぎがあった時期が重なる。盗難された本数と、娘が持ち帰った本数はぴたりと一致していた。
さらに、ギルドの優先案件としてベルゼが動き、村人を問答無用で襲ったという証言もある。これはただの横暴ではなく――口封じだ。
冒険者ギルドの悪用と私物化、そしてそのために人命を顧みない行為。
加えて、今回の感染症騒ぎ。発端となった可能性が最も高いのは、マーキアドの娘が罹患し持ち込んだ線だ。
しかし、感染症の報告をしたアルミルのギルド長であるマーキアドはどうしたか。
娘の身を案じるばかりで、街全体の感染症対策は放り投げ、医者たちを娘のためだけに集めるよう指示を出した。
「住人の命? 勝手に産んで増える者たちより娘のエルミラの方を優先しろ! ああ、可哀想にこんなに苦しんで。今すぐ医者をこの屋敷に集めろ!」
それを聞いていたガンジや付き添いできた冒険者は、「ふざけやがって……!」と奥歯を噛み締めた。
街全体が死ぬかもしれない危機に、責任ある立場の者が何もしない。それどころか、自分の娘のために全てを私物化する。
冒険者の矜持を踏みにじるその態度に、ガンジの胸の奥で怒りが煮え立った。
だが同時に、彼には仲間がいた。
橘花をはじめ、集った冒険者たちが協力し、証言や痕跡を一つずつ拾い集めてくれた。
だからこそ詳細な報告を組み立てることができる。
「これなら本部も動かざるを得ん……」
ガンジは緊急通報の書簡に震える手で最後の署名を書き込んだ。
怒りを抑え、言葉を選び抜き、事実だけを突きつける。
すべては、アルミルのギルドを私物化する男――マーキアドを断罪するために。
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ガンジが送った緊急通報は、数日ののちにギルド本部へと届いた。
厚い封蝋を割り、文書を開いた査察官たちの表情が次第に険しく変わっていく。
「……これが、アルミルの現状か」
「証言が複数揃っている。しかも詳細に……これは軽視できん」
報告には、万能草の盗難と採取したとされる数の一致、村人襲撃の証言、感染症拡大の経緯と無策、そしてマーキアドの娘にのみ医者を集めるという不公平な指示――全てが記されていた。
「ガンジという男、よくここまで調べ上げたな」
「現場の冒険者たちも協力したのだろう。……にしても、これは放置できん」
査察官の一人は、深く息を吐いて椅子に身を預けた。
「もし事実ならば、ギルドの権威そのものを揺るがす問題だ。私物化と悪用、それに危機対応の怠慢……一つでも重罪、ましてや全て揃っている」
すぐに会議の招集が決まり、数名の査察官がアルミルへ派遣されることとなった。
緊急通報の欄外には、ガンジの手で一文が添えられていた。
――「冒険者の矜持を守るためにも、速やかな査察を願う」
その言葉は、本部の心に強く響き、即時対応の決断を促した。
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後日、本部から感染症鎮静化を待つように指示があったが、無視して動いた査察官がいた。
王都から早馬を使い、最速で辺境の街であるアルミルへ到着した。
アルミルのギルド長室。
重厚な扉が叩かれると同時に、灰色の外套を纏った数名の男たちが入ってきた。彼らはギルド本部直属の査察官。
先頭に立つのは、白髪混じりの髪を後ろで束ね、鋭い眼差しを持つ中年の人間族、ヘーゼル・カーヴィルである。紋章入りの証票を掲げるその姿に、部屋の空気が凍りついた。
長室は、貴族の応接間を思わせる豪華さだった。壁際には不用意に並べられたブランデーの棚、漆塗りの机、金細工の椅子──。本来のギルド運営に必要のない装飾ばかりが目につき、見る者の目を疲れさせる。ヘーゼルの目はそのすべてを冷静に、しかし確実に記録していた。
緊急で査察官がくることになったことで、慌てたマーキアドだったが、堂々とギルド長の椅子に座りながら一行を迎え入れた。
「……ふん、わざわざ本部が来るほどのことか?」
椅子にふんぞり返るマーキアドは、鼻で笑った。
「我々は、君のギルド運営について調査のために派遣された。
――万能草の盗難と隠匿、村人への襲撃、感染症の拡大放置、そして身内優先の資源の独占。すべての報告を確認している」
ヘーゼルは冷静に告げた。
「証拠など、誰が持ってきた?」
「ガンジ代理の提出だ。冒険者たちの署名もある」
マーキアドの表情に、わずかに焦りが走る。
ヘーゼルはさらに付け加えた。
「隠蔽に協力した貴族らは既に左遷または降格処分を受けている。その事実も確認済みだ」
その言葉に、マーキアドの鼻が鳴った。
だがすぐに顎を突き上げ、声を荒げる。
「くだらん! 我が掲げる人間族至上主義を汚す者どもが、鬼人族とその与党のせいで街を救うなど! 絶対に許されぬ! 人間でない種族が我が権威を凌ぐなど、断じてあってはならんのだ!」
ヘーゼルは眉一つ動かさず、わずかに口角を上げた。
「ふん。人間であろうと、非人間であろうと、街を救った者の功績は変わらぬ。貴族の威信など、その価値は守られるべき住民の安全の前には意味を持たぬということだ」
「勝手にギルドの財源を使い、よくわからぬ物や指示を対策と謳って街を混乱に落としているのはあの鬼人族だ! そして、ガンジもだ! 娘に腕のいい医者たちを寄越せと厳命したのに、誰一人として娘を診ようとせんのだぞ⁉︎ 増長し好き勝手しているのは奴も同じだ!」
マーキアドの叫びは部屋の外まで響いた。
しかしヘーゼルの眼差しは揺るがない。
「……そうか。では、君は自ら認めたのだな。――“街を犠牲にしてでも娘を優先した”と」
言葉が落ちた瞬間、場に沈黙が広がった。
マーキアドの口はわななく、もはや取り繕う余地はない。
ヘーゼルは静かに告げた。
「これ以上の調査は不要と判断する。マーキアド、ギルド長としての権限を即時停止する」
「なっ……!」
その怒声を遮るように、外で控えていた冒険者たちが一斉にざわめいた。
彼らの視線は、もはや長ではなく、ガンジへと向けられていた。
重苦しい音を立て、権力の座が崩れ落ちていく瞬間だった。




