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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
蜜病狂騒編
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第69話

詰め寄っていた住民達に対処法を教えると、ギルドから外へ出た。

橘花は近場の広場に出て、お医者さんキットの中から不織布マスクを装備し、拡声器を使って声を周囲に届ける。


「患者と接触した者は必ず手を洗い、衣服も着替えること! 使った食器や寝具は他人と共有するな! 井戸水は患者宅の近くのものを避けろ!」


最初は人々の顔に戸惑いが浮かぶ。半信半疑で眉をひそめる者も多い。だが、橘花は動じず、目配せで行動を促す。


最初の重症者がでてから、これは大変なことだと住人達が認識するまで長すぎた。

それでも、ここで動かなければ街ひとつが滅びへ向かう。


橘花は広場で何度も声を上げる。

脅しと取られようが、怒声だと思われようが、対処法の有用性を知っている者として、諦めるわけにいかなかった。

ギルドから追いかけてきて、その姿を見ていたウェンツ達は、グッと込み上げてくるものがあった。


「橘花さん、ギルドで住民にあんなこと言われたのに……」

「俺だったら、やってれんねーって投げ出してた」

「感染症の対処法はテレビでも流れてて知ってるけど、自分たちだけやればいいと思ってた」

「やっぱりスゴイよぉ、橘花さん。プレイヤーなのに、準GMとか言われても激しく同意するよぉ」


最後、グスグス泣きながらのソータの一言で、その場の雰囲気が台無しだ。

苦笑するウェンツとエレン、ロイヤードはそんな弟の頭をガシガシ撫でる。


その様子を遠巻きに見ていたギルドの書記官が鼻で笑った。


「ふん、あんな教育者がいて大変だな。広場で眉唾の対処法を真実かのように口にして大騒ぎか……家族でもいるのかね、熱心に声を張り上げて同じことを何度も。煩くて敵わないねぇ」


それを耳にしたロイがぐっと拳を握り、淡々と答える。

「家族がいようといまいと、橘花さんの言ってることは正しい。街の人々を守るために、今やるべきことをやってるだけだ」


エレンがさらに踏み込む。

「あんた、家族いないの?」


書記官は鼻で笑う。

「いるが?」


エレンの目が冷たく光った。

「橘花さんの対処法を否定する情報源(ソース)はどこ?」

「なんだと? 常識だろ、あんな対処を知ってるやつなんかいるかよ!」

「じゃあ、あんたはいい加減な対処をする医者にかかっても怒らないよね?」

「はぁ?」


いつもより饒舌に話すエレンは、書記官に詰め寄る。


「大切な家族を守る手段をちゃんと教えてくれる人と、誰でも知ってる対処しかしないのに金を取ってく人……あんた、耳障りのいいことしか聞かない金蔓でいるといいよ」


書記官は言葉に詰まり、顔を赤らめるしかなかった。


そんなやりとりなど露知らず、橘花は広場を見渡し、語りかけるように話す。

「ほら、動く者は動いている。半信半疑でも、今のうちに行動を起こすことが大事だ」


ロイヤード、ウェンツ、ソータ、エレン――四人の顔には覚悟が宿り、街の人々の半信半疑な動きの中でも、確かな秩序の芽が芽吹き始めていた。


四人は頷きあうと、橘花から配布されていたお医者さんキット付属の不織布マスクを装備して、広場に飛び込んだ。


ロイヤードは広場の中央で、母子を見つけると駆け寄った。

「こっちで水を汲んで、手を洗おう。服も替えるんだ!」

母親は最初驚いたが、ロイヤードの真剣な眼差しに促され、指示通りに行動を始める。


ウェンツは酒場の前に立ち、客たちに声をかける。

「強い酒を飲む前に、手を洗って布で口を覆ってくれ。これも町を守るためだ」

常連たちはため息をつきつつも、ウェンツの穏やかだが揺るがぬ声に従う。


ソータは市場に向かい、子どもたちが遊ぶ広場を巡回する。

「飛び回る前に手を洗って、衣服も替えよう。知らずに菌を広げると大変だぞ」

子どもたちは最初は面倒くさそうにしていたが、ソータの丁寧な説明で納得し、列を作って手を洗いに行く。


エレンは街の外れで、老人たちに布の口当ての使い方と、寝具・食器の使い分けを指導する。

「面倒に見えても、これが最短で安全な方法だ。大切な人と自分を守るためにやってほしい」

老人たちは少し戸惑いながらも、エレンの言葉に従い、少しずつ行動に移していく。


街全体が少しずつ機能的に動き始める。ギルド職員も、橘花の指示に従い、患者宅ごとの井戸水の管理や、使い分ける寝具の搬送を手際よく進める。


広場や路地では、人々の行動に小さな秩序が生まれ、混乱は最小限に抑えられつつあった。橘花の指示を理解し、正確に伝える四人が、それぞれの場所でリーダー役を務めていることが、街全体に安心感を生んでいた。


橘花は深呼吸し、心の中で呟く。

「まだ始まったばかりだが……少しでも被害を食い止められる。あとは、街全体がこの秩序を崩さず、動き続けてくれるかどうかだ」


その視線の先、四人の顔には、責任感と自信が宿り、街の住民を導くための確かな力となっていた。

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