表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
気がついたら異世界編
7/16

第7話

ようやく異世界突入。(´▽`) ホッ

水の底から浮き上がるような感覚と共に、ゆっくりと橘花の意識が浮上する。

目を開けてまず視界に映ったのは、木だ。ぼんやり見つめているとそれが一本ではなく、数本生えており奥まで続いているのが認識できた。

差し込む木漏れ日が少ないから薄暗く感じるが、時間は昼くらいだろう。

うつ伏せの状態から起きあがると、湿った地面の感触に顔を顰める。



(あれ……私、何してたんだっけ?)



皇居の森を思わせる木の数に、どこかの公園かと思い至った。

しかし、こんなところで寝るほど常識外れじゃないし、深酒したって絶対家にたどり着く自信はある。

家の近くに山はあるが、こんなに森は鬱蒼としてはいない。第一、山に登ることなんて社会人になってからはほぼなかった。



「えっと、ここどこ?」



立ち上がろうとして最初の違和感に気づく。声が低い。

いつもの高さの声を出そうとすると、喉がつらい。そもそもゲーム内での音声は、地声をそのまま使ていた。

喉に触れると何か出っ張っている。押すとむせた。そして痛い。遠慮なく押し込もうとしたせいだろう。


ふと見た手が、自分のものより大きい。男の手だ。それどころか、肌が灰色で指の爪まで尖っている。

額を触ると硬い物が生えていた。

首に触れるさらりとした感触に頭を触って髪を目の前に持ってくると銀髪。手から伝わるのは、髪のさらりとした質感と冷たさ。

地面を見回すと水溜りができていた。這うように水溜りをのぞき込むとそこには、鬼人族のアバターが驚いた顔をして映っている。

見間違うはずがない。ゲームの中で何度も使っている格好良さ重視で作り上げた、橘花のアバターだ。


けれど、違和感があった。どんなにアップグレードをして綺麗な景色を作り上げようともどこか現実とは違う、作り物感が拭えないゲーム画面(風景)だったはず。

地面に触れた時の湿った感触。

髪の質感に冷たさ。

肌に当たる森の中の独特な匂いと微風。



(こんなにリアルな感触だっけ……)



十年……十年だ。

ログインし続けてきた橘花だからわかる違和感が、そこに存在した。初心者ならリアルだな、で済ませてしまうだろう感覚。

体に触れたって物を触っている感触はあっても、そこに生命を感じられはしない。

だが、現在触っている物は、髪の物としての質感と冷たさの中に瑞々しさがある。角を掴めば仄かな体温と同時に、しっかり額の骨から生えてるのがわかる。

胸に手を当てれば鳴るはずのない血潮が脈打ち鼓動している。

胸……、胸?



「……ぺたー」



思わず声が漏れた。やっぱり低い。他人が聞いたら、低音美ボイスと称賛するだろう。声当てした声優さん誰だよ。

いや、待て胸。私いつ女やめたっけ?いやこれ男性アバターだから問題ない。けど、こんなあちこちアバター自身に触れられるシステムだっけ?

混乱しかける頭から必死に直前までのことを思い出そうとする。


確かイベントが発生して目の前に出現したゲートを潜った。

そこから先の記憶がない。


何気なく服装を確かめると、橘花が選んだ振袖袴(ふりそではかま)備前長船(びぜんおさふね)が差してある。

触れれば振袖の滑らかな手触りに、ズシリとした冷たい刀の重み。


リアルすぎて開発中の新しいシステムに入ってしまったのかとも考えたが、最近のバグ騒ぎで侵入などの監視は強化されている。

だとすれば、すぐに運営なりGMなりから勧告メッセージが入るはずだが、それもない。


そこでハタ、と気づく。

ゲームシステムでは朝夕はリアルな時間に合わせている。なので、夜にログインしていた橘花の視界が明るいのはおかしいし、腹も減った感じがある。



「ああああっ……私のからあげっ!!」



仕事より食い物の方が気になったらしい。

どちらにしても明るい時間帯なら完全遅刻だ。それだけ橘花の仕事は朝が早い。


必死にショートカットアイコンからメールを開き、『からあげ! 残ってる!?』と打ち込んで月とトラストラムに送信している。

送信してもエラーと表示されるばかりで、数十通目の書き直しがエラー表示されると「からあげ……三個は取っといてくれてるかな、月とトラ」と項垂れた。

からあげの心配より、職場への連絡を怠っているのに気付いていない。社会人として、それはいかがなものだろうか。



「とりあえず、ログアウトを……『メニュー』」



だがしかし、メニューが開かない。しばし固まる。

ステータスオープン、ログアウト、GMコール、緊急コール、どれも使えなかった。

何度かやけくそで叫ぶように言ってみたが、森にこだまして逆に恥ずかしくなっただけだった。

原因を考えると触れてしまったバグの影響が今になってアバターに出てきたか、あるいは。



「やっべー……あのゲート自体がバグだった可能性が否定できない」



そう考えると色々制約がつけられた感覚へのアクセス制限が解除になってることも頷ける。

今もゲームに使われてはいるが、最初は医療機器に使われるプログラムだったはず。

大元のプログラムは十年前から進歩して、現在はロボットを使用する手術など手先の感覚が重要な医療の現場でも使われると聞いたことがある。

つまり、根本のプログラムが同じならば、何らかの手段でゲーム内でアバターに上書きされた可能性もある。


「まずいまずいまずいっ! しらす御飯さんに説教される」と橘花の問題視している部分はズレているが。

一週間前の地獄の折檻が怖くて、どうにか帰る方法はないかと考えを巡らせる。



「あっ! でも、ショートカットアイコンからはアクセスできたよね!?」



さっきまでメールの画面は開けたのだ。文字の打ち込みも可能だった。

ならば、ショートカットアイコンからならメニュー内のアイテムをしまっている倉庫にアクセスできるのではないか。



「出てこい『アイテム』!」



ポンと目の前に表示されたのは、見紛う事なき倉庫のアイテム一覧表。

瞬間、「いよっしゃああ!」とガッツポーズと共に叫んでしまったのは仕方ないだろう。

しかし喜びに打ち震えている暇はないと、橘花は急いで倉庫内から設定された地点に戻るアイテムを探す。探しているのは『帰還の勾玉』だ。

討伐などでフィールドの奥まで来て帰るのが面倒な時、ギルドがある街まですぐに戻れるありがたーいアイテムである。

だが。



「 ……Oh」



見つけたアイテムの名前が灰色表示だった。つまり、使用不可。なんてこった。

メニューが開けない以上、強制終了もできない。ログアウトのショートカットアイコンも見当たらない。

「実はイベント発生中なのかな、冒頭だから帰還できないのかな……?」と弱音を吐き始める。イベントの手がかりすらないのだから、どう始めればいいのか、いつ中盤まで持ち込めるのやら。

もう途方に暮れるしかない。


その時、何かが聞こえた。

空耳かと耳を澄ませると「キャー」だの「ワー」だのといった声に聞こえた。



「……叫び声?」



ログを見ようとしても表示がないため確認しようがないが、声らしきものが聞こえたのは確かだ。

森の木々に反響して方角が掴みづらいが、なぜか橘花は「こっちだ」と判断し、何の考えもないままその方角に走った。

走る時の感覚もリアルで、着なれない服装で走っているはずなのに馴染んでいるようだった。しかし揺れて邪魔な刀はしっかり腰で押さえる。


しばらく走ると、木々の間から人影が見え隠れする。

正面に見えた大きな木を背に立つ人間族の少女らしきNPCの姿。緊張した表情をしているのが見えた。



「第一村人発見ッ!」



某番組のテンションとノリで見つけたNPCに駆け寄っていく。

なにせ、何かのイベント冒頭で帰還できないだけなら話を進めてしまえばいい。それには何かしらのアクションが必要なのだ。もしかすると、あれがその突破口かもしれない。

「これでイベント進んだらお(うち)帰れるー! 待ってろ、私のからあげ♪」と橘花の心はすでに帰還後のからあげにあった。


ちょっとした人間族の大人ひとり分ほどの段差もものともせず勢いよく飛び出し、NPCの少女の前に降り立つ橘花。



「すみませーん、ちょっとお聞きしたいんですがー」



橘花が話しかけるとNPCの少女はどんどん顔色が悪くなっていく。

顔色だけでなく、微妙にカタカタと震えてもいるようだ。



(あれ、なんかこのNPC表情豊かじゃね?)



通常のNPCは決まった表情しか張りつけられてしかいない。イベントであってもそれはあまり変わらず、変わるとしても表情のレパートリーは決まっている。

もしかしてPCだったりするのか?と首を傾げていると。



「なっ、なんだてめぇ!」



後方から濁声で叫ばれた。

橘花が振り返ると小汚い、いかにも盗賊ですといった風体の人間族の男達がいた。もう一度少女を見る、男達を見る。

見方によっては追い詰められた少女と追いかけてきた賊といったシチュエーションだ。



(ああ、そういうイベント!?)



ありきたり過ぎるイベントだったので思いつくまで、ちょっと時間を要した。

橘花が考えにふけっている間にも、男達は剣を向けたまま油断することなくじりじりと間合いを詰めてきていた。



「なんだあの化け物」


「見ろよ。あの服と腰の武器、金になるかもしれねぇ」


「おい、やっちまおうぜ」


「あっちのガキもまとめて売っちまおう」



だが、好き勝手言っているのを聞き逃す橘花ではない。

NPCなら手加減することもないだろうし、化け物呼ばわりも頭に来た。鬼人族と言え、鬼人族と!



「か弱い少女を追い回し、売ろうなど外道か貴様ら。私の目が黒いうち、目の前での蛮行を見逃すと思うか!」



いつもの橘花のキャラで言ってみた。毎度やってるお遊びだ。

普通なら何の反応もないのだが、盗賊らしき男達はポカンとした表情のあと……。



「ちょ、なんだこいつ!」


「ギャハハ! 目の前のバンコウを見逃すと思うか、だとよ」


「目が黒いうちって、緑じゃねーか!」


「……お前達、静かにしろ。あんた悪いが、こちらにもそこのお嬢さんを逃がすわけにいかないんだ」


(え、この反応……もしかしてPCだったりする!?)



言ってしまった言葉は戻らない。盗賊の代表らしきオッサンが橘花に話しかけてきたが、はいそうですか、と引くわけにいかない。

今更ながら羞恥心がわいてくるが、PCだとするなら取り締まり側として現状を見逃すわけにはいかない。

NPCをわざと追い立てて暴行まがいのことをするのも規約違反だ。街でなくともこうした行為を見かけたら一般PCは通報、橘花などの取り締まりPCは現行犯逮捕する。



「装備チェンジ、浅葱の羽織袴」



呟くように言えばふわりと衣が肌から離れて、再び衣が肌に触れる感触。見おろせばいつもの新撰●を模したスタイルである。

こちらのショートカットシステムが生きていることにホッとすると同時に、初めての感触にプログラムでここまでするのもどうなのだろう、と首を傾げる。

刀を抜くと、いつもより重みを感じた。どこまでリアル感を追及しているのだろうか。


さて、と男達を睨みつける。



「まぁ、名乗っておこう。所属は『ミヤコ』のギルド、【ミブロ】の橘花だ。あちら側(GMの隔離部屋)へ行ったら誰にやられたか伝えておけ」



こうした野良での活動では活動拠点か所属ギルドを名乗っておく必要があるため面倒でも名乗ってから、通常通りの業務を行おうとした……のだが。

男達は武器を投げるように捨て、土下座をしたのだ。ちなみに橘花が装備チェンジした辺りで武器を下ろし、【ミブロ】の名前辺りで男達が平伏し始めた。

橘花としても、え、ナニコレの状態である。



「ミ……【ミブロ】と仰いましたか?」


「そうだ。【ミブロ】を知っているなら、(隔離部屋でGMに)一番隊の橘花といえばわかるだろう」



オッサンいきなり敬語になったなオイ、と言いたかったが我慢した。

もうさっきのノリとテンションで乗り切るしかない。



「先ほど少女を逃がすわけにはいかないと言っていたな。なら、そのお前達の事情とやらを聞こうか、あの少女を追い詰め、何をしようとしていたのか」


「それは……あっ!」



答えようと顔を上げたオッサンの声と視線に振り向くと、NPCであるはずの人間族の少女の姿はすでになく、せっかくのイベントの手がかりが逃げてしまったあとだった。

これじゃイベント進まないかもー、と項垂れたくなり橘花はこの状況をもう投げたくなった。

でもここは我慢の子。



「ふん、お前達があの少女を襲っていたのは間違いないな?」


「はい。しかし売る気も殺す気もありませんでした。ワシらが育てていた畑から貴重な薬草(ハーブ)を持っていかれたため追いかけたのです」


「(あれ、そうするとあっちの少女が盗人になる?)だが、盗賊まがいの発言からして、こうした行為は一度や二度ではないのではないか?」



向き直った橘花の問いに、男達はそこで押し黙った。拉致とか監禁とか人身売買とか諸々余罪がありそうな雰囲気に見える。



「答えられぬか」


「ワシの命だけでこいつらは見逃して下さいませ。ワシが言い出したことに従っただけなのです」



周りの男達がざわついた。けど雰囲気が、代表のオッサン斬ったら全員かかってきそうだ。

でも、考えてみれば薬草(ハーブ)盗まれた話からしてなんかこっちを助けなきゃいけないんじゃないだろうか。

もしかして、ルートがふたつあったんだろうか。ここが分岐だったのか。

こっちに構ってしまったから、盗賊を助けるルートを確立してしまったのか。

……あーそろそろ刀を握る手がつらくなってきた。力がないとかじゃなくて、ずっと同じポーズに飽きてきた。


そんなことを考えながら刀を向けたままでいると、後方にいたまだ若いだろう少年が立ち上がって叫んだ。



「あいつ、根こそぎ持っていきやがったんだ。川は遠くて水は引けないし、今年は雨が少なくて……作物も大切だけど薬草(ハーブ)はもっと大切で、村にいる病気の母ちゃんと妹に飲ませる薬がなくなっちまった!」



周囲の男達が少年を押さえて平伏させる。その様子に溜息ひとつつき、橘花は刀を鞘に納める。

思ったことといえばひとつ、「あー、こういうイベントね」だ。

分類としては、過疎化した村などの復興イベント。PCっぽい発言するからビビった。こいつらNPCだわ、と安心もした。


橘花が武器をしまったことで男達が再びざわつく。

目の前の代表らしきオッサンも目を丸くして見上げてくる。



「数人で少女を追いかける行為を良しとするわけではないが、事情があるうえ病人が犠牲になるのを知っていてお前達を刀で処罰するほど、私は冷酷ではないぞ」



「さて行くか」と男達が来たであろう方向に歩き出し、朱色の羽織袴(普段着)装備チェンジし(着替え)ながら言えば「どちらへ?」と声がかかる。

振り向いてまだ平伏してるオッサンを見た橘花は、イベントなのになぜそんなことを聞くのか不思議だった。



「決まってるだろ、お前達の村へだ」



 † † † † † †



道すがら代表らしきオッサンもとい、村長のザザンから村の成り立ちを聞いた橘花は、イベント対策を真剣に考えていた。

それはものっすごーく親切丁寧、きめ細やかなケアまでしようという意気込みで。



男達の村にいる者達……全員が、実は元奴隷。

元、といっても最もな理由で奴隷に落ちたのではなく、正式に奴隷から解放されたわけでもない。つまり、いきなり住んでいた村が襲撃に遭い奴隷にされ、その後運よく逃げ出せた者達の隠れ里だった。

ひっそりと森の奥で暮らしていければよかっただけなのに、運悪く森の外にあるの村の子供(あの少女)が辿り着き、貴重な薬草(ハーブ)を根ごと持ち去ったという。


森を抜け四日かけて辿り着く街に売りに行けば、高値で売れる貴重な資源だったらしい。そして、現在村にいる病人の薬でもあった。

その価値を知ってか知らずか、少女が持ち去ったのだ。それを追うのは当然であり、怒り心頭で罵詈雑言が出てしまったのは、隠れ住まなくてもいい村にいる者への嫉妬も混じっていたのだろう。

あと橘花に対しては、血が頭にのぼっていたのと同時に気が高ぶっていてつい口にした程度。犯罪行為に手は染めてなくとも、逃亡者=処罰対象という意識があったらしいので橘花の問いに黙り込んだようだ。

どちらにしても少女の方が盗人だったわけで、逃がしてしまった橘花としては罪悪感タラタラだった。



男達の案内で(くだん)の村に到着する。見えた村は野球場ほどの開けた場所に、お世辞にも綺麗とは言えない石で組まれた家が数十軒立ち並んでいた。

橘花を見た見張り役らしい若い男から剣を向けられ、村に入れば女子供達から悲鳴を上げ逃げられた。

本日二度目のえ、ナニコレである。


確かに鬼人族は魔法職に適さず魔法防御に弱いということで一般PCからはちょっと不人気な種族だが、最近のアップデートでHP三分の一になった時に発動できる一定時間の魔法攻撃無効化できる(無敵状態)機能付いてちょっと使う人増えてきたし、といっても見たことがない者はいないはずだし、第一NPCがPC怖がるなんてどういうこと?といった状態だ。

もしイベント冒頭でPCを怖がる設定なら関わってくるNPCのみだったり、最初に見張り役が怖がった後、村に入れば自動的に村人が遠くに離れている程度で不快に感じることはない。

無理に近づいて話しかけでもしない限り、悲鳴を上げて逃げられるなんて状態にはならないはずなのだが。



「少し尋ねるが、ザザン」


「はい、なんでしょう」


「この村の者達は鬼人族を見たことがない者達ばかりなのか?」



イベント発生中、武器を持ったPCを怖がる設定なんてのもある。けれど、橘花にはなぜかプログラムの設定で逃げているように見えなかった。

そして、視線が人間染み過ぎている(・・・・・・・・・)のだ。腰の武器にではなくて、橘花自身を見て恐れおののく行動を取っている。

ありえないと思いながらも訪ねてみた。



「子供達は八歳の子が最年長なのではっきり覚えていないでしょうが、村人の中には五年前の厄災を思い出してしまうのでしょう」


「厄災?」


「あ、いえ、けして恐れているのではありません。ワシらを含め、あなた方が命を賭して守って下さったのはわかっています」



橘花が首を傾げるのをどう捉えたのか、慌てて訂正するザザン。

あれ、やっぱ受け答えPCっぽいとこある。聞きたいのはそういうことではなくて、と口を挟む間もなく、もう一度深く頭を下げてきた。



「あなた方【ミブロ】の戦士が、死力を尽くし鉄の侵略者からこの世界を守ろうとしてくださった。

 各国が壊滅されワシらが奴隷に落とされながら家族と再び生きて会うことができたのも、こうして村を作り人の尊厳を保てているのも、ひとえに圧倒的な戦力に屈せず果敢に挑み、捕らわれた亜人や我々人間族を助けて下さった【ミブロ】の方々のお陰です。

 そして初代局長の「義に厚く、武士道をいつも心に!」は次代局長にも受け継がれていると聞き及んでおります」



【ミブロ】の戦士が死力を尽くした?

鉄の侵略者?

各国が壊滅?


初代局長って誰? もしかして、マノタカさんのこと?

次代局長って誰? 知らねーし。


ザザンの応答は、橘花にとって疑問しかわいてこない内容だった。

てか、アンタの仲間にも私をバケモノ呼ばわりしてた奴とかいたんだけど、本当かよ。と聞きたいが、現状で話を拗れさせるの良くない。

とりあえず、リアルでも使ってる日本人が得意なスルースキルを発動させとく。秘伝、後まわし。いや秘伝でもないけど。



「し、しかし、村の事情を聴いても納得できないことがひとつ……よく私を村へ連れてこようと思ったな。隠れ里だというなら私は危険要因だろう。背後から襲うこともしなかったし」


「襲うなどとんでもありません! あの浅葱色の羽織りが戦士の証。それに【ミブロ】の方に非道な方はいらっしゃるはずがない。現にあなた様はこうして会って間もない、縁もゆかりもないワシらの村に手を貸して下さるという」


「うん。まぁ、そうだが……(イベント設定だとはいえ、罪悪感からやってます)」



十年やってる橘花でも発生条件も不明なこのイベントの中盤まで進める方法や終了条件の模索をしたかったのに、話された内容がなんかすごく重くて誰得なイベント真っ最中だということしかわからない。

コレもしかしなくても、ギルドメンバー全員でやるようなクエストをひとりで受けたことになってる可能性も出てきた。



(そうなると手に負えない事態(クエスト)だ。うわやだクリアできずに死に戻りかよ、トラウマしか残らねー)



ギルドメンバー全員で請け負うクエストは色々あるが、ひとりで受けても問題ないクエストもある。逆にギルドメンバーがある程度の人数で参加しないと発生しなかったり、終了条件にギルメン全員生き残っていたりというのもある。

発生条件不明、必要アイテム・クリア条件共に不明……わからないことばかりだ。手がかりすらないとか、何させたいんだ運営とGM。


パンドラ・アークで過去に意地悪なイベントがなかったわけではない。こういった人の良心を引っかいてくるイベントは数回しか体験していないが、二度とやりたくない。

橘花は、あそこで事務処理的にオッサン斬らなくてよかった、と本気で思った。

イベント上の話でも自分の勘違いが原因で、罪もないNPC殺したうえ村ひとつ病気蔓延して滅んだとか胸糞悪くてマジでトラウマものだ。

変な分岐作らないでお願いだから!と心の中で運営とGMに向けて叫ぶ。



その後、ザザンの呼びかけで恐る恐る近寄ってきてくれた村人達。

橘花が【ミブロ】の戦士で、村の現状を助けに来たのだと知るとワッと歓声が沸いた。どうやら、鬼人族=怖いガクブルのイメージがついてしまってるらしい。

それが同族である【ミブロ】以外の鬼人族が街中で暴れたりしてる姿を見たことがあるかららしい。なんだこの因果応報っぽいの、悪いのは街で暴れてたPCじゃないか。


まぁそれはさておき、村人達と話し合いをしてある程度の方針は橘花の中で決まった。

手抜きはしないが、手際よくイベントを進めてしまいたい。同時進行。効率重視。

じゃないといつまで経っても帰れない。からあげ食えない。



「病人の状態回復、周囲への予防、土壌改良、品種選定、村の中の整備……まずはこんなもんか」



集まった村人の数のより空き家が多いので、そっちもどうにかしよう、と付け加えた村の中の整備プランは追々考えるつもりだ。

ザザンに大まかなプランを提案するとそれだけで泣いて喜ばれた。まだなにもしてないのに。


最初に畑を見てもらいたいといわれて見に行くと、病気で食えなくなっている作物が多い。あ、連作障害だコレ。開拓しようにも隠れ里なので道具が少ないし、森を開拓できず場所もないから仕方ない。

村の土は乾いていることもあって塊を砕けば砂のようにさらりとしており、すでに栄養がない土。最初はよく実っていたという。まぁ、元々あった腐葉土とかの栄養が底をついたんだろう。


橘花も生産職系はそこそこできる程度なので極めた達人に及ばないが、こんなに自然現象までこだわって再現しているのだがら、他の生産系とかもリアルと変わらないはず。

そこにファンタジー要素が入って、現実にはない素材の良し悪しやら加工条件温度云々やら考え、発明していくのが大好きな人にはたまらないだろう。

……脱線した。


最後に見た薬草(ハーブ)の畑に至っては小さなものだったが、雨の少ない今年かろうじて葉を伸ばし残っていた三株があったのだというが、見えるのは掘り返された窪みが残る畑のみ。

橘花の良心が痛みまくりだ。


ランクアップした生産職の友人から、もう使わないけどお前が記念にとっておけ、と押しつけられた植物生育キットがあるので、それを使て畑を再生させ、しっかり薬草(ハーブ)も作物も大量生産できる土壌にする。

とっておいてよかった、貧乏性万歳。


現在の畑の作物は食べれそうなのだけ収穫させ、食糧問題は橘花のアイテムから調理用の日持ちする野菜を取り出して渡しておいた。

なにせ畑をいったんリセットするのだから、文句は言われないようにしときたい。

さっそく起動させるとキットが開いて可動式水撒きポンプが作動、ある程度畑に栄養素入りの水が行き渡ると小型耕耘機が決まった範囲を耕していく。



(確か耕耘が終わったらミミズ撒いて、それから品種選定した種まきに移行するって言ってたな友人(あいつ)。この土地だとトウモロコシがいいと思って無難なの選んだけど大丈夫かな?)



薬草(ハーブ)畑の方には、水が少なくても育つものを重点に何種類か選定しておいた。どちらも数時間後には芽を出して育ち始めるはず。

これから育つのを待ってられないので、病人用に使う薬草(ハーブ)は自前のを使えば解決だろう。



――そう思っていたのは数分前までで、病人達の現状を見て橘花は絶句しかけた。



「あぁ……」「……うぅぅ」「いたいよ、おかあさん」そんな声が至る所から聞こえてくる。

ザザンに案内されて連れてこられた天然洞窟には、植物で編んだだけの敷布代わりにもならないモノの上に寝かされて呻いている村人の姿だった。

作られた簡易な石造りの家があるのに空き家が多かったのは、今住んでいるのが畑で農作物を育てられる体力がある者達だけだったからで、病に伏した者達は洞窟に隔離され雨風をしのぐだけの状態になっていた。

薬草(ハーブ)はあっても医者がいないので煎じて飲ませるくらいしか処置を知らなく、助けようにも助けられず、健康な村人に感染しないよう隔離するのが精一杯の処置だったとザザンが悔やみながら橘花に説明してくる。



(こんな胸糞悪いクエスト誰だよ作ったの!)



臭いも酷い。牛舎や豚舎の方がまだましと思える悪臭が洞窟内に充満していた。


橘花の違和感がまた強くなった。

道案内されていた時も男達の体臭など気になっていたが、それは視覚的効果からのものじゃないかと思い込もうとしていた(・・・・・・・・・・)


本格医療体験型プログラムの中にでも放り込まれたんじゃないかと思うくらいだ。

一度トラストラムのいる研修棟でこっそりやらせてもらったことがあるが、しかしあの最新鋭の装置は臭いまで再現できていただろうか。


なんだこれ。さっきからおかしいんじゃないのか。なんか絶対おかしいって!

だってゲームだろ。ゲームしてたよ、私。

格好は使ってるアバターだし、装備だって手に入れたものばかりだし、ショートカットアイコンだって使えたじゃないか!


中二の(やまい)はとっくに卒業してる、しっかり現実見ろ自分と喝を入れ、祈るような気持ちで「メニュー」と呟いた。

フォン、と効果音と共に『メニュー』と書かれた透明な板が表示される。



(ほら、やっぱりゲーム……)



だが、表示された項目は『ステータス』『装備』『アイテム』『スキル』『メール』『イベント・クエスト履歴』……これだけ。

メール内のフレンドの項目は無事だったが、ショートカットアイコンで弟達へ何通送ってもエラーで返ってきていたのを考えれば使用不可だろう。

GMコールも、一週間前に追加されたはずの緊急コールもない。

公式サイトや他の関連webサイトへ行く広告リンクも、最新情報お知らせポップアップも出てこない。


ログアウトも、ない。


そして、橘花の視線を一番釘付けにしたのは、メニュー右下に出る簡易地図(ミニマップ)の上に表示された現在地の名前だった。



『異世界ミレヴェスタ:元奴隷の隠れ里』



なんだよこれ――。


笑い飛ばそうとして言葉が出てこなかった。

思考が追いつかない。

ドッキリだったらもうネタバレしてほしいところだ。



――ゲートの向こうは異世界に繋がっている。



(あれ、冗談でしょ?)


こっちに来る前の都市伝説のひとつを思い出し、強く否定した橘花は、確かめようと腰の刀を少しだけ鞘から出して刃の部分に親指を強く押しつけた。

肉の切れる感触と、滴り落ちていく赤い血液。それとジンジンと次第に強くなる痛み。

刃に押しつけた親指を見ればの傷口はすっぱり綺麗に縦に切り傷ができていて、外の薄い皮膚から中の肉までの層がわかる。


ゲームの禁止事項で表現されないし、できない行為がある。


自傷行為。

生々しい傷や血などの表現。

そして、痛みの強さはMAXで注射針を刺した程度。


現在その三点もすべて違反ゲームならできてしまう範囲だが、橘花が今いるのはパンドラ・アーク・オンライン。

そのパンドラ・アーク・オンラインが厳重に規制している対象項目だ。


そして決定的なのは、味は再現できるが臭いについて、どこのゲーム開発会社のプログラムでもまだ実現できていない。

ここまで生々しく不快な臭いの再現までをVRバーチャルリアリティーでできるようになったのならニュースになってる。



「……あり、えない」



理解できない事態に、橘花は自分の手を見ながら呆然とするほかなかった。


サクサク進まなくてすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ