第66話
アルミルの街へ向かう道中、橘花は四人にひとつ、稽古がてらの体を使う方法を課した。
「街に着くまで、すべての障害物や崖を飛び越える。頭で考えずに、感覚を頼りに動くんだ。ついて来い!」
森に差し込む光の中、橘花の背中を目標に四人は息を整える。
そうしてやってきたのは、崖や障害物の岩が点在する場所。
「無理ですぅ……!」ウェンツは手を震わせながら崖の縁を見下ろす。
「おいおい、見ただけで腰が抜けるんじゃ冒険者として終わりだぞ」ロイヤードがからかう。
「な、なんで笑ってるんだよ……!」ウェンツは慌てて後ずさり。
橘花は落ち着いた声で背中から励ます。
「恐れているのは頭だけだ。体はちゃんと反応している」
思い切ってロイヤードは腕を大きく振って勢いで跳ぶ。風を切る音と共に崖を越え、後ろを振り返り「ソータ、見ろよ!飛べたぜ!」と得意げに叫ぶ。
「うわっ、マジだ……!」ソータは驚きながらも、橘花の軽く押すような励ましで恐る恐るジャンプ。着地すると思わず笑みがこぼれる。
「おい、ロイヤード! 岩に頭ぶつけるなよ」ウェンツが小声でツッコミ。
「お前こそ手を出さずに見てろよ!」ロイヤードが返す。
エレンは黙々と、自分のペースでジャンプを繰り返す。途中、転びそうになったソータを片手で支え、
「……気を抜くなよ」と声をかける。
その姿にロイヤードが笑いをこらえきれず、肩を揺らしている。
橘花は後ろから全員を見守り、声をかける。
「よし、その調子だ。恐れず、でも慎重に。体で覚えることが大事だ」
「……え、慎重って言われても、どれくらい慎重?」ソータが小声で質問。
「全力で飛んで、全力で着地だ!」橘花が即答。
「は、はぁ……全力で慎重って、どういうこと」ソータは頭を抱える。
街の建物が視界に入る頃、四人の顔には以前の硬さはなく、互いに微笑みを交わす余裕が生まれていた。
「なんか、意外と楽しいかもな……」ウェンツが息を切らしながら呟く。
「見ろよ! 俺も意外とジャンプできるぞ!」ロイヤードが大げさにポーズを決める。
「兄さん、やめて、恥ずかしい!」ソータが慌てて突っ込む。
エレンは小さく笑いながら「……もう、勝手にやってくれ」と呆れる。
橘花は胸の奥で静かに感じる――ただ体を動かすだけの稽古が、仲間としての信頼も築いているのだ、と。
「……よし、街に着いたら今日の稽古の成果を思い出せ。体と心、両方で自分を信じるんだ」
四人は力強くうなずき、それぞれが小さく拳を握った。
森を抜け、街の外壁を抜けて賑わいの中に溶け込む四人の姿を見ながら、橘花は微笑む。
「さあ、これで次の戦いは、少しは自信を持って臨めるだろう」
一歩一歩が確かな成長となり、彼らの背中には新たな勇気が刻まれていた。
ーーーー
アルミルの街、冒険者ギルド支部。
昼下がりの広間は、依頼掲示板に群がる冒険者たちと、カウンター越しの職員の声で賑わっていた。
重い扉を押し開け、橘花たち五人が入ってくる。
村の代表として任務を終えた報告のためだった。
ギルド支部長代理のガンジが腕を組んで待っていた。
前ギルド長らしい強面の風貌が、場の空気をぴたりと引き締める。
「よう、戻ったか。……で、どうだった?」
橘花が一歩前に出て、淡々と答える。
「里での補償・補填、現時点でひと段落ついた。村人たちも、もう安心して暮らせると思う」
ガンジは深くうなずき、「そうか」とだけ短く返す。
だが、その視線はすぐに橘花の後ろへと向いた。
「……で、お前ら四人はどうだ。得るもんはあったか?」
突然の問いに、ロイが慌てて胸を張る。
「は、はい! 俺は……村の人たちに、頼られることの重さを知りました。次は橘花さんがいなくても、やり遂げてみせます!」
「おお……言うようになったじゃねぇか」
ガンジの口元がわずかに緩む。
続いてウェンツが一歩進み出て、きっちりと背筋を伸ばした。
「自分は、聖騎士を名乗る資格があるのか悩んでいました。でも、逃げずに立つことが大事だと学びました。……弱くても、まずは立ち続けます」
「ほう……それができりゃ、大したもんだ」
エレンは少し俯きながらも、絞り出すように口を開いた。
「俺は……自分の強さを誇るんじゃなくて、人に支えられてるんだって気づきました。だから、仲間を裏切らず、ちゃんと返せるようになりたいです」
ソータはぎこちなく眼鏡を直し、口を開いた。
「ぼ、僕は……戦うことが怖かった。でも……魔法で支えるだけじゃなくて、自分も前に出なきゃって思いました。次は、逃げません」
四人の言葉を聞き終え、ギースは深く息を吐く。
「……なるほどな。お前ら、ちっとは冒険者らしい顔になったじゃねぇか」
そして視線を橘花へと戻す。
「橘花。……上出来だ。お前が村で何をやったか、よくわかる」
橘花は小さく笑い、頭を下げた。
「私はただ、見ていただけ。立ち上がったのは、彼ら自身だ」
ガンジは「ふん」と鼻を鳴らしながらも、その目に宿る光は柔らかかった。
「いいだろう、報告は受理した。……次は、ここじゃまずい。ちょっと顔貸してくれ」
ギルドの奥の部屋を顎でさすガンジ。
橘花としては仕事終わりで、あとは解放されるだけと思っていたが、当てが外れて内心脱力したのは仕方ない。
「四人とも先に宿へ帰って休んでてくれ」
そう言って四人に解散宣言をし、渋々、橘花はガンジの後をついて行くしかなかった。




