第65話
冒険者ギルド・アルミル支部 ― 裏会議
「……で、なんであの鬼人が“教育係”になってんだ?」
支部会議室。
事件処理に追われる書記官たちが慌ただしく机を叩きながら、苛立った声を上げる。
「本来なら、教育指導役は幹部クラスの役職者がやるべきだろうに」
「ガンジさんが手一杯だからって、現場の当事者を代理に立てるなんざ前代未聞だ」
「そもそも、あいつがあの狸を恫喝して一時的とは言えギルド長から下ろしたから、ここまで事後処理が肥大化してんだろ。火消し役を押しつけるのは順当かもしれんがな」
皮肉とため息が飛び交う。
「……だが、現場で一番事情を把握してるのも橘花だ。上は“教育係として動かせば責任もとらせつつ、現場の知識も活かせる”って算段なんだろ」
「ま、尻拭い兼ねて便利に扱ってるってことか」
「結局、責任と仕事だけ押しつけて、報酬は据え置きだろ? ありゃ完全に割に合わねぇよ」
重い沈黙のあと、別の幹部が吐き捨てる。
「……まぁ、奴は鬼人族で、剣を振らせりゃ確かに強い。だが“教育者”としてどこまで持つかは怪しいもんだな。血の気の多い連中を前に、すぐに剣の柄に手をかけそうな気がするぜ」
こうして――「ベルゼ事件」の処理に追われる本部は、橘花に“教育指導”という半ば厄介払いの役目を与えた。
理由は三つ。
1.現場で唯一、事件の経緯を把握している
2.当事者だから責任を背負わせやすい
3.橘花の存在が抑止力になる(反抗的な新人に対して)
「臨時とはいえ代表代理」「教育係」という肩書きは華々しい。
だが実態は――火の粉をかぶった役職に他ならなかった。
橘花本人も、それを理解していた。
(……面倒くさい。けど、どうせ背負わされるなら、とことん叩き込むしかないか)
そう、橘花に残された選択肢はただ一つ。
“口でなく、行動で”未熟な冒険者たちを鍛え直すことだった。
ーーーー
村の入口には、出発支度を整えた橘花と四人が並んでいた。
ひと段落ついた、との認識をザザンと共有したことで、ギルドに報告に帰ることになったのだ。
その橘花たちの周りを、村人たちがぐるりと囲んでいる。
「おぉい、ロイ。橘花さんのいうことよーさん聞いて、ちゃーんとせにゃならんぞ」
「わ、わかってる……じゃなかった。わかってます」
「ウェンツよぉ、もちーっとシャッキとせんか。ナヨナヨしとったら聖騎士なんぞ勤まらんぞぉ?」
「は、はい。わかりました」
「狩りの手腕はええが、女子に押されて持ってかれてどうするんじゃ。毎度仕留めた肉を村の娘っ子にやるのはええが、家庭を持つと尻に敷かれるぞエレン」
「……は、はい」
「ソータは魔法使いでもナイフくらい持てよ、森の中の薮で回り道なんかしてたら時間かかるだろう」
「はいぃ、そうします」
村人たちの軽口に、四人は顔を赤くしながら頭を下げた。
最初は「睨まれても仕方ない」と覚悟していた彼らだが、こうして叱咤混じりの声をかけられるまでになったのだ。
橘花はその様子を見て、胸の奥でひそかに安堵する。
(……ちゃんと受け入れてもらえたな)
出発に向けて歩き出そうとしたそのときだった。
「きっかー!」
甲高い声が響き、律が一直線に駆けてくる。
あどけない笑顔のまま、勢いよく飛びついてきたのを、橘花は慌てて身をかがめて抱きとめる。
小さな声に、胸の奥が熱くなる。律の温もりを抱きしめながら、橘花はそっと背を撫でた。
「師匠」
その後ろから、ペーターが足取り重く近づいてきた。
「また……行くんですか」
「うん、ちょっと仕事が入ったからね」
言葉を選ぶように答えると、ペーターは唇を噛んで、そして突然、橘花に抱きついた。
「師匠……あの時、来てくれて……ありがとうございました。オレ、師匠に言われたように守ろうとしたけど、力及ばずで……でも、まだ師匠が村にいると思うと、安心できるんです」
途切れ途切れでも必死に紡ぐ言葉に、橘花は片腕で律を、もう片腕でペーターを抱き寄せた。
「大丈夫。ペーターは守れたよ。私は、逃げずに立ち向かったお前のことを誇りに思う」
その一言に、ペーターの肩が震え、ぎゅっと力強くしがみつく。
律も安心したように小さく笑い、二人は橘花の胸に収まった。
村を守った戦いの疲れも、この温もりでほんの少しだけ和らいだ気がする。
橘花は二人を見下ろし、柔らかく微笑んだ。
「さあ、また戻らないとね。でも、次に会う時も、私はここにいるから」
その声は、子供たちの胸に希望と安心を刻むように響いた。




