第64話
本来であれば、ギルド長代理ガンジがここに立つはずだった。
だが「ベルゼ事件」と名付けられた一連の騒動は、あまりにも多岐に及んでいた。
そのほか、モリフンが机の奥底に放置していた重要書類の山、被害届の精査、事件関係者の調査……。
ギルド本部からも矢のように督促が飛んでくる。
結果――ガンジは動けなくなり、代理の代理として白羽の矢が立ったのが橘花であった。
「……嘘だろ、公式謝罪に上位役員すら出ないとかマジでクソだな」
握り拳を強く握ったが、すぐに唇を噛んで飲み込む。
何を言おうがギルド長代理が後片付けをする羽目になったのは、橘花のせいでもあるので、言えた義理じゃない。
こうして、橘花は臨時とはいえ「教育指導者」「事件現場におけるギルド代表代理」という面倒極まりない役職を背負わされることになった。
誇らしい肩書き――しかし当人にとっては重荷でしかない。
村の広場に設けられた簡易の会議場。被害を受けた村人たちが座り、橘花と四人が向かい合う。空気は張り詰めていたが、橘花は一歩前に出る。
「まず、ギルドから今回の件でご迷惑をおかけしたこと、改めて謝罪いたします」
橘花の声に続いて、ロイヤードたち四人も頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした」
「……本当にすみません」
「……」
「……」
それぞれの声は小さいが、誠意は伝わる。
橘花は、心の中でため息をつく。
(……まだ全然、反省会の入り口にも立ってないな)
だが今はそれでいい。ここから先は、行動で学ばせる。
「よし、まずは謝罪は終わり。だが、これで終わりじゃない。君たちは行動の責任を取らねばならない」
橘花の鋭い声に、四人は顔を上げる。
「具体的には、村の方々への補償だ。被害状況を聞き、必要な物資や治療の手配を手伝え」
「……え、僕たちがですか?」
ウェンツが少し戸惑う。
「そうだ。口だけの謝罪じゃ意味がない。行動で示せ」
橘花は腕組みをしながら睨みつける。
ロイヤードは少し顔を赤くして、しかし覚悟を決めたようにうなずく。
ソータは肩を小さく揺らしながらも、橘花の言葉を真剣に受け止めている。
エレンは黙っているが、目はじっと橘花を見て、指示を待っている。
橘花は村人たちに向き直る。
「補償や手続きは私がサポートする。彼らもまだ未熟だが、今回は私の指導のもと、責任を果たしにきた。彼らの行動を見て判断してほしい」
村人の中には眉をひそめる者もいたが、橘花の毅然とした態度と、四人の頭を下げる姿を見て、次第に頷く者が増える。
「……ならば、今回の働きを見て判断しよう」
「……そうですね。しっかりやってくれるなら」
橘花は内心、ほっとしつつも、四人に目を向ける。
「よし、ここで学べ。甘えは許されない。村人の安全、信頼を取り戻すのは君たち次第だ。わかったな?」
「はい!」
四人の声が一斉に返ってくる。
橘花は小さくうなずき、補償手続きに必要な物資のリストや、医療支援の段取りを説明する。
「さあ、行動開始だ」
四人は橘花の後ろについて、初めて本当の意味で“自分たちの責任”を背負い、村人への補償へと動き出した。
ーーーー
その日の夜、広場に並んだ簡易の食卓。
「これって……」
ソータ達四人は、首を傾げる。
そんな四人を置いてきぼりに、食卓の用意だけをして下がる村の女達。
その場に残ったのは、現場の監視役とも言える村の男数人。
「文句なんぞ言ったら叩き出すからな」
「変なとこで飯を食われると、監視の目が行き届かねぇんだよ」
「要するに、飯は皆で食う方がいいというこった」
橘花の蜜病の件での信頼からというのもあるだろうが、一日居る中で、四人は必死に動いていた。それは酷い目に遭った村人から、ほんの少しだけ認めてもらえる働きだったのだろう。
ぼんやりしている四人に橘花は声をかけた。
「せっかくのご厚意だ。皆で食べよう」
橘花の一声で、困惑していた四人もおずおずと用意された食卓に座る。
そこから橘花と四人は、村人たちに囲まれて静かに晩御飯を食べていた。
ふと、夜の闇の中から小さな足音が近づいてくる。
「……?」
誰も声を発せず、全員の視線がその方向に向いた。夜に子供が出てくるなんて、ここではありえないことだ。
小さな少女が、必死に抱きしめた人形をさらに強く抱きしめている。
その少女が真っ直ぐ橘花のところに歩いてきた。
「どうした?」
橘花の声は、普段の冷静さを少しだけ失い、優しくも静かに響く。
少女は小さな声で、震える唇を噛み締めながら言った。
「おとうちゃんを……いきかえらせて……」
その言葉に、広場にいた大人も四人も、皆息を呑んだ。
橘花の手元には万能霊薬がある。万能霊薬で、傷や状態異常は癒せる――しかし、死人を生き返らせる力はない。
「ごめんな……」
それ以上、言葉は出なかった。
「うぇ……うぇぇ……っ」
少女の瞳が大粒の涙であふれ、声を抑えようと必死にもらす嗚咽が、広場の静けさを切り裂くようだった。
橘花はその背を見つめることしかできず、手を差し伸べることも、慰めることもできなかった。
少女は、ぎゅっと人形を抱きしめ直すと、静かに村の奥へ戻っていった。
その小さな背中が闇に消える瞬間、胸がぎゅうっと締め付けられる。
広場には、静かな声がぽつりぽつりと漏れる。
「ザックのとこのだな……」
「リアちゃんだったな。将来お父さんのお嫁さんになるって言ってたんだっけ、ザック喜んでたよな……」
そのささやきに、四人は言葉を失った。
自分たちがやってきた手伝いは、認められようとした行動は、まだ甘く、まだ不十分だった――。
あの小さな少女の存在が、現実の重さを突きつける。手を伸ばせば届きそうで、届かない、生きることの残酷さと責任を、四人の心に叩き込んでいった。
ロイヤードは拳を握りしめ、目に光るものを堪えた。
ソータは人形を抱いた少女の背を思い浮かべ、唇を噛む。
ウェンツは静かに俯き、深く息をついた。
エレンは表情を変えずとも、その瞳には痛みが宿っていた。
橘花はそっと息を吐き、無言で彼らを見守る。
胸の奥に広がる痛みと、決して簡単には解けない現実――それを一緒に背負わせるしかないのだ、と改めて思った。
子供の名前が間違っていたので変更しました。2025/8/26




