小話:気分は修学旅行
読んでも読まなくても影響がない、小話。
引率の先生の気分を味わえます。
ここはアルミルの街にある老舗と言っても過言ではない冒険者たちが泊まる宿で有名な【宿木亭】だ。
ギルドから直行して橘花に連れられて来た四人は、二階の部屋へ通された。
狭い個室にベッドを四つ、無理やり押し込んだだけの部屋。
正直「寝るだけ」仕様だが、雨ざらしで野宿するよりは遥かにマシだ。
これは宿の亭主が「他の客と揉めると困る」と気を利かせてくれた結果でもある。
橘花「よし、とりあえず体を洗ってから一階の食堂に集合な」
そう言い残し、橘花は先に食堂で待つことにした。
だが――
「きゃははっ!」「やめろって!あははは!」
上階から響く、キャッキャとした笑い声。
嫌な予感しかしない。
ため息をつきながら部屋を覗くと――
案の定、桶のお湯をぶちまけ合って床が池になっていた。
橘花「なにしてんだコラァ!」
主犯、ロイヤード。
即刻お仕置き一回。
その後、部屋も体も水浸し→強制的に大掃除。
ようやく全員を食堂へ引きずっていく。
ソータ「……橘花さんの愛情ご飯がいい」
橘花「知らん。ここは宿だ」
ご飯を食べ、ラーク商会で日用品を買い込み、明日は早いから寝ろ――そう言い残して各自就寝…のはずだった。
……のはず、だった。
ドンッ! ドスッ! ドンッ!
部屋から響く、明らかに睡眠と無関係な物音。
橘花(またかよ……)
そっと扉を開けた瞬間――
ブンッ! ドスッ!
飛来する枕。
反射的に片手でキャッチ。
橘花「…………何してる?」
低い声で尋ねつつ視線を部屋に送ると――
そこには修学旅行さながらの枕投げ大会。
掛け布団は壁に貼りつき、ベッドは半回転し、ウェンツが笑いすぎて転がっている。
犯人はもちろん――ロイヤード。
お仕置き二回目。
橘花「お前、今日中に三回目行くぞ」
ロイヤード「えっ、ノルマ制!?」
…そして深夜。
橘花はふと目を覚ました。
廊下に漂う、甘ったるい匂いと――やけに楽しそうな笑い声。
橘花(……あいつら、まさか)
足音を忍ばせ、件の部屋へ近づく。
ドアの隙間から覗くと――
ロイヤード「ほら、ウェンツ、これ食えよ!超うまいぞ!」
ウェンツ「ちょ、待って僕もう口の中、甘さで死にそう!」
ソータ「このクッキー、外カリ中トロって何事!?」
エレン「このキャンディ、口の中で光ってる……魔道具!?」
部屋の中央にはテーブル代わりにしたベッド。
その上には山盛りのお菓子とジュース。
しかもろうそくまで立ててある。
橘花(……誕生日か?いや、違うな)
――バァンッ!
ドアを開け放つ橘花。
全員「ひっ!?」
橘花「消灯時間って知ってるか」
ロイヤード「いや、これはその……夜食会議?」
橘花「どこが会議だ。議題は『虫歯促進計画』か?」
瞬間、全員固まる。
そして、
ロイヤード「……三回目?」
橘花「三回目」
こうして、ロイヤードの「お仕置き三冠王」はめでたく達成された。
修学旅行でこんな思い出ある人、手挙げて!




