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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
背負う未来編
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第61話

村長宅を後にすると、外の空気はひんやりとして、熱を帯びていた室内の空気とはまるで別物だった。

西の空は茜色から群青へと変わりつつあり、遠くの山並みが淡く溶けていく。

村の外れでは、帰り支度をする農夫たちが、手を振って家族の元へと歩いていくのが見えた。

その姿は、ついさきほどまでの緊迫感が幻だったかのように穏やかだ。


風が稲穂を揺らし、さらさらと小川の水音が重なる。

けれど、その静けさの奥に、橘花はまだ微かに残る重さを感じていた。

謝罪も約束もした。だが――村人の胸に残った影は、すぐには消えないだろう。


胸中の重石を抱えたまま、橘花は足をギルド支部の方角へと向けた。

報告を遅らせれば、事実は歪み、誤解が広がる。

狸のギルドマスターがどんな顔をするか想像すると胃がきしむが――やらねばならない。

この一件を、きちんと終わらせるために。


そして、気絶したままのベルゼの運搬方法だが、どうにも人道的とは言いがたかった。

森の中を行くのに荷台なんて洒落たものはなく、結局、大きなずた袋に押し込められることに決定。

途中で目覚められても余計なことになるので、眠り粉というアイテムを袋の中にまぶして口を縛る。


「洗浄魔法とかあれば助かるんだがな……」と橘花はぼやく。

しかし、この世界にはそんな便利魔法は存在しない。そもそもゲーム時代から設定すらなかった。つまり、諦めるしかない。


問題は「誰が運ぶか」だった。

ウェンツ達四人は、たとえ中堅クラスのレベルに達していても、キャラクターの基礎ステータスが低く、袋に入った大の大人を持ち上げることすらできなかった。


結果、損な役回りが回ってきたのは——やっぱり橘花だ。

泣く泣く、ずっしりと重いベルゼ入りの袋を背負う。……なんか湿ってる気がするのは、気のせいだと信じたい。


「サンタみたいですねー」

横でソータが、なぜかファンタジー感満載のジジイ像に寄せた感想を放ってくる。

確かに赤い羽織り袴に白い大袋……そう言われれば、和風サンタだ。


……そんな感想、求めてないけど!?


ーーーー


森の中を進むのは、想像以上に骨が折れた。

特に四人組にとっては地獄だった。


基礎ステータスが平均止まりの彼らは、ちょっとした段差や高低差を越えるのにも大苦戦。

一方、橘花は軽く飛び越えられる距離や高さでも、彼らに合わせてスピードを落とす羽目になる。

当然、その日のうちに街へ着くのは不可能で、野宿が決定した。


「橘花さん、あの……こんなこと言うの、冒険者失格かもしれないんですけど……食糧、分けてください」

「は?」


ウェンツが申し訳なさそうに口を開く。

「二週間、森の中で……ベルゼに食事作れって強要されながら連れ回されて……僕たちの食糧、もう無いんです」

「あいつ、自分の食糧もってないとか言ってよー」


ウェンツの低姿勢とは対照的に、ロイヤードは苛立ちを隠さない。

エレンは、さらに小さく頭を下げた。

「隠れ里を発つ前に言うべきだった。……けれど、迷惑かけた場所で言うのも気が引けた」


もう全部面倒見るしかない――そう悟った橘花は、逆に吹っ切れた。

「全員分作る! ただし夜の見張りは交代制だからな!」


そう宣言すると、ストレージから大きな中華鍋を取り出す。

ウェンツに焚き火の準備を言いつけ、ソータに「火力全開のファイヤーボールを維持しろ」と指示し、その炎を即席コンロ代わりに使用。

持っている食材を片っ端から鍋に放り込み、ガンガンと料理を作り始めた。


――その姿は、戦場の料理人というより、もはや野戦食堂の店主だった。


作り始めたのは炒飯だ。

主婦の知恵ならぬ、橘花のズボラ精神が存分に発揮された一品。


まずはストレージから取り出されたのは、事前に大量に炊いてストックしておいた白米。

この世界で白米を安定して入手できるルートは限られている。だからこそ、手元にたっぷりあるのは本当に心強い。


具材は適当に切ってストックしておいた野菜とベーコン。

調味料も、ゲーム時代から持ち込んだものや今回調達したものが揃っている。

時間が経過しないストレージの便利さに、改めて感謝したくなる。


弟が二人いる橘花でさえ「食べ盛りの男の子四人は楽勝でこれを食べきる」と覚悟を決めて、中華鍋を手に取った。

鍋を振る手には、そんな覚悟と期待、そして少しの面倒臭さが混ざり合っていた。


火が強くなる中、油がじゅわっと音を立てて弾ける。

溶き卵が鍋に流し込まれ、黄金色の膜がふわりと広がる。


そこに白米が一気に投入され、中華鍋の中で混ざり合う。

油と卵がご飯粒を一粒一粒包み込むように絡みつき、パラパラとした食感が生まれていく。


刻んだベーコンと野菜も投入され、鍋が揺れるたびに食材が踊る。

塩・胡椒で味付けし、時折鍋を勢いよく振ることで香ばしい焦げ目がつき、食欲をそそる香りが辺りに漂う。


火から離す直前、隠し味の醤油をほんの少し垂らして全体を軽く混ぜる。

それが炒飯に深みとコクを与え、まさに絶妙な味の決め手となる。


橘花は最後に鍋を持ち上げ、一礼するかのように振った。

これで、男どもを満足させる飯は完成だ。


黄金色の炒飯ができあがると、彼らは躊躇いもなくスプーンを取り、皿に山盛りよそった炒飯をかきこみ始めた。


食べるたびに、誰かがすすり泣く。

涙が頬を伝い、口の中の熱い炒飯と混ざり合う。


「う、うまい……」


食事はただの栄養補給じゃなかった。

この炒飯は、長く続いた飢えと孤独に対する慰めであり、心の渇きを癒す、温かい救いだった。


彼らは夢中で掻き込みながら、喉に詰まりそうなほどの勢いで食べる。


橘花は少しだけ苦笑しながらも、心の中で静かに胸が熱くなるのを感じていた。

「泣くなよ、飯はちゃんと味わえ。……でも、まあ、今はいいか」


焚き火にかけていた釜で沸かしたお湯で中華スープを作って人数分出してやる。

涙まじりの炒飯の香りとともに、夜の森はほんの少しだけ優しくなった。


食べ盛りの中高生たちの食いつきはすさまじく、橘花の覚悟は間違っていなかったことを証明していた。


皿の底が見えた瞬間、四人の視線がそろって橘花に向く。

焚き火の明かりで照らされたその顔は、まるで遠足で弁当を食べ終えた小学生そのものだった。


「……あの、橘花さん……」

遠慮がちに切り出したのはソータ。皿を胸に抱えたまま、ちらりと鍋を覗き込む。


「おかわり……あります?」

次の瞬間、他の三人も「俺も」「オレも!」と口々に声を上げた。

それはもう、立場も年齢も忘れた、完全に素の表情。目はきらきらと輝き、鼻先にうっすら油の香りをまとわせている。


橘花は苦笑しながら鍋をかき混ぜ、湯気と共に炒めた米をすくい上げた。

「ったく……はいはい、一列に並べ」

言われるが早いか、四人は子どもの給食配膳のようにきっちり列を作る。


皿によそわれる度に、「わー……!」「肉多めだ!」「やったー!」と無邪気な声が夜の森に響いた。

橘花はその背中を見て、ふと弟たちに作ってやった夕飯を思い出す。――あの時と同じだ。食べ終わっても、まだまだ食べ足りない顔。


気付けば鍋は空になっていた。

「……おかわり、もうないのかぁ……」

がっかりした声をあげる四人の姿に、橘花は思わず笑いをこらえる。

まるで、腹いっぱいになって眠るまでが遠足の正しい終わり方だと信じている子どもたちみたいだった。


食べ終えた四人は、それぞれの皿を名残惜しそうに置くと、焚き火の周りにごろりと腰を下ろした。

炎の赤い揺らめきが頬を染め、まぶたがじわじわと重くなっていく。


「……ふぁぁ……」

一人が大きなあくびをすると、つられたように隣も口を開ける。

満腹で温かい空気に包まれた体は、もう戦闘態勢には戻れない。


エレンは丸めた外套を枕にして、半分目を閉じたまま「……おかわり、夢で食べる……」と意味不明な寝言をこぼす。

ウェンツは焚き火に手をかざしたまま、その姿勢でこっくりこっくり。

ソータはロイヤードの肩にもたれかかり、小さく鼻を鳴らしていた。

ロイヤードは膝を抱えていたが、そのまま膝の上に頭を落とし、規則正しい寝息を立て始める。


橘花はその様子を見て、口元を緩めた。

――子どもを寝かしつけた後のような、奇妙に穏やかな静けさだった。


夜の森は深く静まり、焚き火のぱちぱちと爆ぜる音だけが規則正しく響く。

風が梢を揺らす音が遠くから届き、時おり小さな獣の足音が草むらをかすめる。

そのすべてが、満腹と温もりに包まれた安らかな時間を、さらに深く静かに染めていった。

橘花「見張り交代制って言ったの、こいつら頭から抜けてるな」

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