第59話
村外れの丘。
まだ全快ではないザザンのもとへ一言断りを入れ、橘花は4人をここまで連れてきた。
煙の匂いも、人の視線も届かない場所で足を止める。
振り返った橘花の一言が、昼下がりの静けさを切った。
「……さて。今度は落ち着いて聞けるだろう」
風が草を揺らし、甲冑や武具に光が走る。
腕を組むロイヤードは表情を崩さないが、仲間の視線を受け、聖騎士ウェンツが口を開いた。
「僕たちは……元は同じ学校の仲間です。ロイと、こっちがエレン、それに僕。そしてロイの弟の――」
「ぼく、ソータです!」
杖を抱えた魔術師の格好をしたソータが短く答える。
落ち着いた声だが、橘花と目が合った途端、耳まで赤くなった。
「……あのっ! き、橘花さんですよね!? 本物ですよね!? ミブロの配信動画、ぼく全部――」
「おい、ソータ」
低く遮るロイヤード。
「今はそういう話じゃねぇ」
「……はい」
シュンと肩を落とす少年。しかしその瞳は、尻尾を振る犬のように輝いていた。
「続けて」
橘花は思わず口元を緩めそうになるが、話を促した。
「……四人でネットカフェに寄った。新作のフルダイブ型MMOを試すためだ。……ゲームの広場から森に移動中に簡易ゲートを潜って、気づけばこの世界だった」
今度は狩人の青年――エレンが答える。
彼は必要最小限の言葉しか使わないが、その分ひとつひとつが重い。
「最初はバグだと思ったんだよ」
ロイヤードが口角をわずかに上げる。
「マップも拠点も表示されねぇ。ログアウトもできねぇ。それでギルドに行ったら相手にされず、ベルゼが声をかけてきた」
ウェンツは苦く息を吐いた。
「僕は、本来ならあんなやり方は……したくなかった。でも、ベルゼは“クエストクリアのため”だと。僕らも……帰れる糸口だと思ってしまった」
ソータが唇を噛む。
「兄さん達がいなかったら、ぼく一人では行動すら起こせなかった。でも……あの村のことは、言い訳できないって、わかってます」
「……俺たちは、帰る方法を探してる。それだけだ」
短く締めたのはエレンだ。
橘花は黙って彼らを見回した。
全員の声色には、迷いや後悔、そして消せない焦燥が混じっている。
彼らのやったことは肯定できない。だが、彼らがこの世界に放り込まれたのもまた事実だった。
(……私も、あの時は同じだった)
胸の奥が、わずかに疼く。
あの混乱と孤独。手を伸ばせば、届く距離にいるのに――今はまだ、握るわけにはいかない。
(兄弟、幼馴染、仲間……この四人は、バラすよりまとめた方が強い)
だが今のままでは、彼らは粗削りすぎる。
村を襲撃した過去は事実で、それを正当化できるほどの影響力もない。
敵にも味方にもなりうる。
(ベルゼが強行したこの件は、ギルドの優先案件と聞いている。……裏があるな)
沈黙が、再び丘に降りた。
その空白を破ったのは、橘花の低い声だった。
「……ひとつ言っておく」
四人の視線が集まる。
その表情には緊張と警戒が混じっていたが、橘花は視線を逸らさず続けた。
「君たちが帰る方法を探すのは構わない。だが――それ以前に、この世界そのものがほぼ現実になっているということだ」
ウェンツがわずかに眉をひそめる。
橘花は淡々と告げた。
「冗談でも、ゲームのイベントでもない。ここで起きていることは現実だ。……私も最初は半信半疑だったが、目の前で死を見てきた。時間経過で“リスポーン”なんてものはない。エリクサーでも、死んだ者は戻らない」
ロイヤードの表情が固まる。
「本当に……戻れないのか」
呟きが風に溶ける。誰の声かはわからなかった。
「じゃあ……試したのか?」とロイヤードが口を開く。
「NPCだと思ってた人間が死んで、そのままだった。治らない。蘇生薬なんてものも存在しない。……それが、この世界だ」
橘花の声には感情がなかった。だが、その無感情こそが事実の重さを物語っていた。
「俺たちは……違うかもしれないだろ」
「保証は?」
短く問われ、ロイヤードは押し黙る。
「四人もいる。誰かで試せば確かにハッキリするだろう。……勧めもしないが、止めもしない」
話が進まないと淡々と告げる橘花に、ロイヤードは即座に反発した。
「誰も試すなんて――」
そのやり取りの余韻が消える前に、橘花は視線を巡らせた。
「……可能性があるとすれば、同じ簡易ゲートを探すことだろうな」
顔を上げる四人。
「あれが引き金だった可能性は高い。君たちと同じように、こちらに来ている奴が他にもいないとは言い切れない」
昼の光が、彼らの鎧と瞳に反射していた。
絶望に沈むにはまだ早い――橘花はそう告げるように立っていた。




