第6話
女逆転の役割を素でやっているため、知らぬ間に動画に撮られ、ちょっとした有名人になっている二人。
動画を見た者たちは、何が起きてもただの野次馬気分で周囲から眺めているだけだ。
「で、仕事はどうしたんだ?」
「このまま数時間後に夜勤突入だよ」
「ちゃんと寝ろよ」
「寝てるよ。ダイブギアつけて寝てるんだから」
「いや、あれって脳が休まらないって専門家が言ってたぞ。情報量が流れ込むから疲れが残るらしい」
「でも寝てるんだよ。姉貴の頭が重いのは寝すぎだ。普通に寝る以外にダイブギアでも寝てるんだから。寝すぎると頭痛くなるだろ」
「……そっち関係の仕事してるお前に言われると納得するわ」
「いや、俺は睡眠医療専門じゃないし」
トラストラムはそろそろ本気で嫌になり、橘花に拘束を解いてもらうと、本来の目的のために準備を始めた。
「で、どこの国エリアに行く?」
「竜殺しの称号が欲しいから、エストルドかな」
「あれ、単独で千匹狩らないともらえない上位種だぞ?」
「マジかよ。てか姉貴、まだ攻略サイトにも載ってないはずなのに、なんで知ってるんだ?」
「フフッ、見てなさい……」
「ちょっと待てよ! なんで姉貴の称号に『竜殺し』があるんだよ!?」
「竜騎士クリアと同時にもらったんだ」
「一石二鳥かよ!」
「お前らに放り出されてソロでやってきた私に今さら何を言うんだ!」
トラストラムの驚愕した表情を尻目に、橘花は高らかに笑った。
もともと喧嘩っ早い性格で、子供の頃は周囲を振り回していたが、現実の世界では分別のある大人の女性だ。しかし、ゲーム内では別人のように性格が豹変する。どんなアクションゲームでも、橘花はひたすら特攻をかますタイプだった。弟二人に後方支援を任せ、自身は弾丸のように敵陣へ突っ込んでいく。
オフラインゲーム時代はその暴れっぷりも周囲に知られていなかったが、多人数参加型オンラインVRMMOとなれば話は違う。
普通なら「馬鹿だな」と一蹴されるところだ。
だが、この馬鹿は違った。
パンドラ・アーク・オンラインが正式リリースされて間もなく、初級レベルながら上級モンスターの巣窟に突っ込み――倒してしまったのだ。従来のVRMMOはレベルに合わせてフィールドが制限されているが、パンドラ・アークではレベルに関係なく上級モンスターが闊歩するエリアへ行ける仕様だった。
ちなみにこれは故意ではなく、「よく分からないからちょっと歩いてみよう」と、弟たちと組んだパーティでマップも見ずに上級エリアに迷い込んだだけのことだった。戦闘後は弟たちに「馬鹿姉貴、死ぬかと思った!」と怒られ、「だから説明書読めよ!」と叱責され、橘花は「だってだって……」と半泣きになっていたとか。
説明書を読まずに始めるのは、昔から今も変わらない。
倒し方はシンプルだった。運良くクリティカルヒットを決めたあと、じわじわとHPを削っていくだけ。聞けば「自分もできる」と思うかもしれないが、本当にできるのかは疑問だ。操作に慣れないその日に、しかもノーダメージで倒してしまったのだ。弟たちでさえ一撃でやられるかもしれず、手出しできなかったのだから、完全な一人勝ち状態だった。
現場にいた弟たちも口を揃えてこう言った。
「普段なら少しは吹っ飛ばされるんだけどな。でも最新のVRMMOはコントローラー使わず、感覚と野生の勘だけでやってる。リアルでも紙一重で俺たちの攻撃避けるしな」
この兄弟の私生活はさておき、周囲が驚いたのは、「βベータ時代からいるプレイヤーでも成し得なかったことを、初級の初心者がやってのけた」という事実だった。
掲示板でも一時話題になり、そのデビューが原因で一部廃プレイヤーから嫌がらせを受け、PKを狙われかけることもあった。弟たちが「危険な姉貴」とタグを貼りつけてくれたおかげで、今ではほぼソロ活動を続けているのだ。
「いいもん、元からソロで頑張る気だったし」
そう口にした橘花の言葉は、まるで負け犬の遠吠えそのものだった。
弟たちとパーティを組んでいたのはたったの初日だけ。操作に慣れたら解散するつもりだったのだが、いきなり初日で放り出されてしまったのだから仕方がない。
それからは必死にソロでレベルを上げ、活動拠点となる街にマイホームを購入。ギルドにも加入し、荒稼ぎを重ねた結果、所持金はギルド銀行に預けている分を除いても上限ギリギリまで貯まっている。
特攻アタッカーに特化した育成で、速さに関するスキルや力の強化も上限に達していた。初めて手に入れたキャラクターポイントは速さに極振りしたのが、今となってはいい思い出だ。




