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第6話

お待たせしました。

ようやく異世界に行ける、かな……?


注意。内容に腐女子発言あります。

【ミブロ】のギルド拠点は、古都ミヤコの一角にある。



某本願寺に似せて作られた【ミブロ】の拠点『お西さん』である。


門もさることながら境内にも本物に似せて作られた書院や能舞台、渡り廊下や鐘楼、庭園などが設置されている。

ファンタジーゲームなのでこだわった細部までは似せられなかったが、本物と見紛うまでの外観や境内の景色はギルド会員達が力を合わせた涙の滲む努力(課金)のおかげだ。


某壬生の歴代拠点を心行くままに課金で無限に広げたいところではあったが、なにせサーバーには限界があり課金で拡張可能と言えどもスペースは限られていた。

拠点を作ったギルドにはNPCを何体も配置してある。

もちろん、鬼人族のNPC。全部のNPCに名前がついていて、装備も橘花達の使わなくなったお古だ。

時々、全員でNPCのレベリングをしているが、特に気に入られているNPCは個人で連れ出していたりする。


門番にも二体配置されていて、名前が前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)。赤と青の鬼人族だ。

ギルド名【ミブロ】なのに、役小角(えんのおづぬ)関係ないのにいいのか、コレ。そんな疑問を投げかけられたこと過去に数回。

実は橘花が生みの親で名付け親兼個人でレベリング担当しているNPCとは、ギルド関係者以外誰も知るまい。そしてギルド内NPCトップのレベルを誇る門番の二体は、五年前までの橘花のソロ活動時代を支えたNPCでもある。

ちなみに作られた二体のコンセプトは、ゴリマッチョ(赤)と細マッチョ(青)だ。


その門のところに来たのは、トラストラム。

いくら姉がレベリング担当しているといっても、まさか門番のNPCが対応してくれるわけではなし、【ミブロ】のギルド員ではないため勝手に入ることができず、メールで中の人物に呼びかける。

『すみません、門のところにいるんですが迎えに来てください』と送って10秒もしないうち、門のところに見慣れたアバターが来た。



「いらっしゃい、トラちゃん!」



入口まで迎えに来てくれたのは、【ミブロ】のギルド長でもあるマノタカだった。

入場許可をもらったトラストラムは、マノタカの案内で後ろについていく。



「うちのギルドに入っちゃえば、トラちゃんも出入り自由になるんだぞぅ」


「でも、別なギルドに加入してますから」



訪れるたびに勧誘されるが、生憎トラストラムは既に別なギルドに加入済みだ。

それに現在育てている森人族(エルフ)のアバターを手放してまで【ミブロ】に入ろうとは思えない。

マノタカが「そのままのアバターでいいから、おいで」と言ってもだ。加入したら最後、身の危険を感じる。中身は男なのに。



「あの、それで姉のアバターを預かって頂いたと聞いたんですが」


「あ、ああ……預かってはいるんだが」



歯切れの悪いマノタカに首を傾げるトラストラム。



「しらす御飯が、折檻してる」


「しらす御飯さんが、折檻ですか?」



副官でもある普段のしらす御飯は物静かで、周囲からも【ミブロ】の良心と言われているほどだ。

その副官が折檻しているというのだから穏やかではないが差し迫った緊張感はない、とトラストラムはこの時は思っていた。


――畳の間をのぞくまでは。



「いやああっ!」


「――ああ、橘花を迎えに来てくれたのかトラっち。ちょうど今、いい具合に足が痺れてきてるから待っててくれ」



マノタカとトラストラムが襖を開けると、畳の間の中央で後ろ手に縛られてギザギザの石の上に正座させられ、膝の上に重そうな石板を抱かされている侍の足の裏を若武者が串でつついているところだった。



「ゲームの仕様で痛みは緩和されるけど、痺れとかの感覚は徐々に蓄積されるこうしたシステムの穴って面白いよねぇ橘花」


「真面目にすみませんでした、しらす御飯さん。いやほんとにごめんなさい、やめてつつかないでぇぇええっ!」



ひゃああん、と痺れ具合が最高潮に達してる足をつつかれ逃げるに逃げられない橘花の叫び声を遮るように、スッと襖を静かに閉めたマノタカ。



「トラちゃん、茶の間にお菓子用意してあるからそっちで待ってようか」


「ええっと……はい」



扉を閉めれば隣の空間の音はイベントでもない限り完全に遮断されるが、何が行われていたか見た二人は何とも言えない雰囲気を払拭するため場所を移動することにした。






「トラちゃーん!」


「わっぷ!」



茶の間入りをした途端、トラストラムはピンク色の髪をした花魁に襲われた。もちろん、多門のアバターである。

「トラたん!」「トラちゃん!」と他の面々も揃っていてトラストラムを歓迎してくれた。



「よかった。多門さんも問題なかったみたいですね」


「聞いてよ、トラちゃんー。アバターに問題はなかったけど、鼈甲櫛のアイテム壊れたー!」


「鼈甲……ああ、頭に挿してた。即死防ぐアイテムでしたよね?」


「そうなのー! あのバグ撒いてった奴、知らないうちに即死属性の攻撃してきやがってたんだよ、こんちくしょー!」



トラストラムに抱きつきながらすりすりと頬ずりする多聞。その様子に他のメンバーも苦笑気味だ。



「多門の奴、検査して(帰って)きてからずっとその愚痴ばっかりなんだよ」


「トラたん、即死防ぐ指輪を持っておったな。あれを多門にくれてはやれぬか。我らでは収拾がつかぬ」


「まぁ、ガチャの景品ですけどあんなので多門さんが納得するなら」


「トラちゃんがくれるならもらっちゃうー!」



東雲とみみみ★みーみみに言われ、思い当たるアイテムを出そうとしたところ。



「トラストラムちゃん、既成事実ができちゃうッスよー」


「へ?」


「トラちゃん、多門に指輪なんて!」



茶豆が呟くように言った途端、トラストラムは多門から引き離されガバッと後ろからマノタカに抱きしめられた。



「俺とフォーリンラブしたこと忘れちゃったのー!? 子供までできたのにー!」


「でででできてませんっ、中には誰もいませんよー!?」


局長(ギルド長)、それはみんなで父親に名乗り出たでしょー! というか、トラちゃんのお腹の子は、私との子供なんだからね!」


「張り合わないでください多門さんー! そして中には誰もいませんってー!」



二人の間に挟まれながら必死に抗議するが180から190センチ越えの背の高い鬼人族には敵わない。

まぁ、毎度のことなので周りからするとほのぼのとした状態だ。トラストラム本人は羞恥心から必死になっているが。



「……人が苦行を強いられている時に何をしているのだ、妹よ」


「姉貴お疲れ、そして俺は弟だからね!」


「トラっち、それは女子より女子力高い君では説得力ないから」



ちょうど這う体で茶の間にやってきた橘花と、その後ろからいい笑顔のしらす御飯。件の折檻が終わったらしい。

全員が知っているからか、その内容に誰も触れようとはしない。賢明な判断だ。

と、丸く収まりかけた時。



「ちわーっ、久し振り。ワイがいない間に騒ぎがあったって聞いたでー」


「今頃出てきたのか、(ハク)



事態が落ち着いた頃に出てきた真っ白な鬼人族。

この(ハク)と呼ばれたアバターは七番隊を受け持っており、アバターのモチーフは、葛飾北斎が描いた白拍子姿の静御前だと本人は言っている。

ただその絵と違うのは服や髪まで全身を白で塗り固めたような白拍子の容姿で、瞳孔は黒だが虹彩の色が金、白目の部分が黒という一見怖い見た目をしているところだろう。



「しゃーないやん、ワイもリアルの方が忙しいって」


「まぁ、六番隊の茶々も最近来れてないしな」


「茶々んとこの会社はブラックやからなー」



マノタカにアハハと笑って返しているが、(ハク)のいる会社もブラックまではいかないがグレーな会社だったはず。

どっこいどっこいだろう。



「ん? なんや、元気のぅなってるな橘花。副長(サブ)にしばかれたん? 新しい扉でも開くようなことされたんか?」



アバターで相手の顔色が分かるわけがないのだが、どうも白は聡いところがある。

しかし、いま触れてはいけない話題に触れた瞬間だった。



「どおおおしてお前はそういう触れてほしくないことをおおおおお!」


「なんや、もう副官(サブ)の手でニューワールドに突入してたんか。橘花も物好きやな」


「誰が好き好んであんな目に遭うかぁあああっ!」


「ええツッコミや。ほんまは関西人ちゃうか橘花」


「こちとら生粋の東北人だこらぁあああっ!」



喧嘩しているようだが、聞いているとなかなか息の合った漫才コンビだったりする。

昔ながらの出身地域による確執の心配はないが、どうも温度差だけは変えられなきらしい。



「ワイ、トラストラムに義兄(おにい)ちゃんと呼ばれるんが夢なんよ。橘花、真剣に考えてくれへん?」


「おいトラ、今呼んでやれ。それでコイツの気がすむなら」


「ヤだよ。俺を巻き込まないで下さい、白さん」


「白は変わってるなー、トラちゃんに旦那さんとか呼ばれたいと思わないなんて」


「そりゃ中身が男てわかっとるし、マノタカは中身女やからわからんかもしれんけど」


「あー俺も【ミブロ】で唯一白さんなら安心してられます(身の危険を感じない方では)」


「トラストラムちゃんが、白に落ちた!?」


「うわ白テメー、それ狙って橘花を構ってるんだな。けしからんもっとやれ!」


「そうだ、けしからんもっとやれ!」


「ちょっと東雲、みみみ、止めてるの推してるのどっちだよ!?」


「「もち、推してる! 今年の夏の陣で白×橘花だすから買ってね!」」


「よし、買ったる!」


「何でだよーっ!」


「よかったな、姉貴。それと白さん」


「ああ、安心してトラちゃん。ちゃんと多門()×トラストラムもだすから」


「ええっ!?」


「待て、その話はマノタカ()×トラストラムも入れる予定だろっ!」


「許可してませんがー!? 俺のキャラ(トラストラム)をネタに何描いてるんですか!」



なんだかんだ集まって一部ヒートアップする話題がこれだったりする。

「売り子でしらす御飯さんも来てくれるから、トラストラムちゃんも来てくれると嬉しいッス」と茶豆が後ろで呟いてるが、トラストラムには届いていない。



「ただいまー、巡回終わりました。あれ、皆さん茶の間に集まってたんですか?」


「ただいまー! なになに、ログから拾えたの一部なんだけどそんな面白い話ですのー?」



ちょうど四番隊シバ、五番隊sakueruが帰ってきた。

四番隊シバのアバターは鬼人族の男性アバターで赤鬼で肌は文字通り赤、くすんだ金髪と瞳に角は漆黒。あるイベントでアバターの一部を変えられる特典を得て、顔だけは肌色の人族にしている。

装備は虎の毛皮を左肩にかけ腰にぐるりと纏わせた灰色の着物だが、右肩だけ腕を抜いて右上半身が露わになっている。見えている上半身には無数の切り傷の跡と黒のペイントで模様が描いており、野性味あふれる見た目からは真逆の丁寧な言葉を使っているキャラだ。


sakueruは【ミブロ】には珍しい鬼人族の女性アバターだ。男性アバターと比べると、額から丸みを帯びた角が二つ生えた可愛い見た目。

緑の黒髪を意識した腰まであるストレートの髪型、瞳は茶色と日本人っぽい。肌も美白を意識して多聞と似たり寄ったりの肌い色をしている。

そして装備も赤い千鳥柄の上着に紺色の袴に似た明治時代の女学校の生徒っぽい服だ。腰に刀が差さってなかったら、言葉遣いもあってお嬢様だろう。



「あーシバとsakueruお疲れ。実は白と橘花の」


「面白くない、面白いのはトラの薄い本の話だから!」


「違います、姉貴の言葉に惑わされないでください。俺の薄い本なんて需要ないですって!」



流していればいいものを薄い本にされるということで羞恥心から叫んだトラストラムは、ここで虎の尾を踏んだ。



「需要ならありますわ、トラストラムさん。年に二度しかない夏と冬の祭典で貴方の本の売上がトップなのご存じですの? 私の名前(アバターネーム)でもある咲哉×エルラインなんかどうするんですか、マイナー中のマイナーでWebで知り合った人も十人足らず!

 異世界転移で落ちてきた男子と幽閉されていた亡国のツンデレ金髪王子ですのよ! 自国で行った際の勇者召喚時に来てくれなかったのに敵国の召喚では来たという逆恨みもありましたが、互いに正体を知らずに咲哉に助けられた時のエルラインは絶対恋に落ちました!

 咲哉の正体を知ってから憎む気持ちと愛する気持ちの相反する思いにエルラインは苦悩したと想像できます!

 その後も偶然、山間部の小屋で遭遇して嵐をやり過ごすために一晩二人だけで泊まる場面で背中を向けて、寝たふりをしながら隠し持ったナイフを懊悩しつつ切なそうに鞘から抜き差しを繰り返すシーンなんでもうっ、押し倒し受けでも許しちゃうわよエルライン!」


「sakueruさーん。好きなのは痛いほどわかりますが、ここでのほかの作品の話はちょっと控えてください」


「あ、マノタカさんすみません。トラストラムさん、あとできっちりみっちりお話しますからお覚悟を」



黙っていればお嬢様のなだが、口から出る単語や話は腐り落ちている。

ナイフを鞘から抜き差しするシーンを語る時の目が、アバターなのに血走って見えたのは気のせいだろうか。

助けを求めて周囲を見るトラストラムだが、sakueruのお話し宣言を誰も止めやしない。

シバにも助けて目線を送るがけんもほろろ。シバはリアルで中身も男性ではあるが、マノタカと合同で本を出せるほど中身は腐男子だったりするので空気を読みスルーだ。


と、そこへちょこちょこ歩いてきた猫獣人の子供のアバターがいた。

茶色い猫といった感じの毛並みに髪は金髪だ。瞳は綺麗な青。性別は女性になっている。



「お、イサミありがと」



真っすぐマノタカのところへきて何か差し出す仕草をする。イサミはイベントでマノタカがもらったお助けAIだ。

橘花が持っているリュートと同じAIで、人格の設定もできる。ただ、真面目やツンデレなど選ぶ項目があるだけだが。

ちなみにイサミは『ツンデレ』、リュートは『従順』だ。



「おーい、ちょっと聞いてくれ。GMからメールが来たんだが」



マノタカの一言で一旦お遊びは終わりで、真面目な話になった。


取り締まりの実績を買われているからか、GMで作る治安維持ギルドのチームへ入ることを再度検討してみてほしいとの要請。

これには全員即答でNOだった。治安維持活動が嫌というわけではなく、夏と冬の祭典に行けないという理由が一番になったのはいうまでもない。

それと、バグなど持ち込む事件が発生しているので再度注意してほしいとのこと。そのための緊急連絡のコールが、できるようになったことが添えられていた。



「とりあえず解散。これから各自好きに治安維持活動してくれー」



マノタカから解散と言われ、各々のやることに専念するため散っていった。

しらす御飯は「寝る」と言ってログアウトしていったし、みみみ★みーみみや茶豆や東雲も見回りに出た。

シバと白はレベル上げしてくると出て行き、トラストラムは逃げ遅れてsakueruに引っ張られていった。


橘花もアイテム漁りに行ってこようとした時、マノタカに呼び止められた。



「橘花、不具合ないかキチンと調べておけよ。お前だけがあの意味不明なブツに触れてるんだからな」


「了解です、局長(ギルド長)


「しらす御飯が痛覚とか感度調べてくれてたみたいだけど、それ以外は調べようがないから自衛しろよ」


「あれ、そんなことも入ってたんですか」


「おそらく」


「……しらす御飯さんの趣味じゃないですよね?」


「…………」


「沈黙しないで下さい、怖いです」



長年一緒にいるマノタカさえ断言できないのだから恐怖する。

しらす御飯を怒らすことをしないように、がギルドの合言葉になる日も遠くはないかもしれない。



 † † † † † †




あれから、一週間が経過した。


橘花のアバターやそれ以外の機能も通常通り使え、不具合も発見できない。GMからの問い合わせ質疑応答も難なく通過。

トラストラムが「姉貴……俺、咲哉×エルを応援するよ」とsakueruさんから頂いたらしい本を死んだ瞳で見つめながら、布教活動宣言をしていた以外は変わったことがない日々が過ぎていた。


今日も変わりなくログインし、狩り中に白と遭遇して何が面白いのか告白ごっこをされながら、仕事を明日に控えた夜にいつも通り遊んでいた。

薄い本の話やら大阪のおばちゃんて呼ばれる気はないー?などしつこくなって来て、ちょうど白を撒いたところでピコンと通知音が鳴る。



月:『姉ちゃん、ごはんだよー』



月からのメッセージだった。

もうそんな時間かと何気なく、橘花がコンソールウィンドウを見ていた時だった。



「なにあれ……」



半透明のコンソールウィンドウの向こうを凝視した。

突如出現したそれが何か、口に出さずともわかる。


縁も金色の装飾が施され円型の硝子盤がその場で回転している――――すなわち、ゲートだ。


それがなぜ疑問になるのかというと、ゲートの設置場所は(エリア)の中心広場か、各(エリア)に1つはある王城内の移転の間にしかない。

ゲートの設置場所の目印として街中は円形に組まれた石畳、王城内はレッドカーペット(例外として【ミヤコ】は、街中は錦鯉が泳ぐ日本式の橋がかかった池の上、城内は砂庭式枯山水(かれさんすい))の上に円形の魔法陣内に六芒星と呪術に使われる難しい漢字が散りばめられている。

それすらない場所に突然現れたゲートの存在はおかしいと思うだろう。

時々、回転するゲートにノイズが走っている。



「もしかして、隠しゲート!?」



誰が言い出したのか、五年前の事件後から隠しゲートというものの噂が立ち始めた。

突然ゲート設置場所以外に現れ、短い時間の間に消えて二度とそこには出現しない。


見つけられる確率は恐ろしく低く、隠しゲートの噂だけがひとり歩きして、いつしか隠しゲートは『刹那の彼方』と呼ばれていた。

しかし、十年やってきていた橘花でさえ見たことはなく、都市伝説級の単なる噂だと笑う者がほとんどになっていた。

噂の内容は、呆れてしまうほど陳腐なものだった。



『ゲートの向こうは異世界に繋がっている』



何十年前の人間ならともかく、技術が確立されてから十年以上経っているのに、そんなことを言い始めるとは現実とゲームの区別がつかなくなっているのではないか。

そういって誰も内容を本気にしてはいない。

だが――噂が絶えずに『刹那の彼方』を探す者がいるのも事実。

誰も夢物語を本気にはしていないが……半分の懐疑と、もしかしたらと半分の期待。

言ってしまうと、探している大半の者が『刹那の彼方』の噂が本当であればいいと思っているのだ。


そして、小説や漫画のように自分も異世界で英雄に――。



「いや、まさかね。なんかのイベントだろこれ」



そう。雰囲気をぶち壊すようで悪いが、特定のイベント発生で場所移動のための簡易ゲートが出てくる時もある。

目的地を指定され、街へ戻ってから開始……というプロセスを省くためのシステムだ。

特に国をまたぐイベント発生時などに使用される。

もちろん国をまたぐイベントだった場合、ギルドに加入していないプレイヤーは弾かれて活動している国のゲート広場に戻される仕組みだ。



「このノイズも演出か。で、なんのイベントを発生させる条件を揃えちゃったんだろ?」



メニューを確認しても、それらしいイベント発生を知らせる通知はない。



「まぁ、お楽しみってことか」



これもゲートをくぐってから発生イベントが何であるかを示す文字が目の前に格好よく表示されたりする演出があったりする。

目の前のゲートもその部類だろう。

それに撒かれて自分を探しているだろう白から逃げるのに打ってつけだった。



橘花:『ちょっとイベント発生したみたいだから先に食っててー。ある程度進んだらログアウトするから』


月:『よし、オレが唐揚げ全部独り占め!』


橘花:『 残 し て お け ! ……っていうか、トラは?』


月:『兄ちゃん今日帰り遅い。だから母ちゃんと父ちゃん以外、オレひとり。姉ちゃん来ないなら唐揚げ食い放題!』


橘花:『くそっ、酢豚みたいにパイナップル入れてやる!』


月:『聞こえてくる、聞こえてくる。姉ちゃんに入れられたパイナップルの声が聞こえてくる……ここはオレの居場所じゃねぇえええええっ!!』


橘花:『パイナップルの叫びなんかどうでもいいから残しておけっ!』


月:『だったら早くおいでよ。熱々美味しいよー』


橘花:『くっ、私が猫舌じゃなければ……』


月:『神は言っている……諦めろと!』


橘花:『残しとけーっ!(泣)』


月:『はいはいわかったから、さっさとログアウトしてきなよー』



それだけメッセージを送ると月はダイブギアを外したらしく、『月さんがログアウトされました』とログに表示が出た。



「ちくせう……」



コンソールウインドウを閉じて橘花は悔しげに呟いた。

育ちざかりを過ぎたとはいえ、まだ食欲旺盛で体格的にもご飯三杯は食べる次男を思い浮かべる。

早めにログアウトしなければ、唐揚げの残りが三個なんていう事態になりかねない。

ふと視線を向けたゲートはさっきよりノイズが酷くなっている気がしたが、橘花の頭の中は晩御飯の取り分でいっぱいだったため気にも留めなかった。



「ささっと中盤までやっちゃうか」



どんなイベントでも対応できるよう、竜騎士単独撃破(クエスト)時にも使用していた総合的に能力の上がる振袖袴(ふりそではかま)を装備する。

刀は村雨から攻撃力と速度重視の備前長船(びぜんおさふね)へ変更。

なにせ、こうしたものは装備しているものが変更不可になるイベントだと一番厄介なのだ。

最後に回復アイテムなどの持ち物に至るまですべてチェックし、準備万端に整えた。「よし!」と橘花は気合を入れると、フル装備でゲートをくぐる。


刹那。

ノイズが異常なまでに走り、円形だったゲートはまるで熱された鉄や硝子が飴のように溶け、ぐにゃりと捩じられ歪むようにして消失した。

誰かがこの光景を見ていたのなら、GMに連絡を入れただろう。

イベント発生時にプレイヤーが通過した後のゲートの消失の仕方は、ゆっくり周囲の景色に溶け込むフェードアウトだ。


それが歪んで消えるなどバグが起こった可能性もある。

バグと思われる現象を発見した際には、すぐにGMへ連絡をする義務がすべてのプレイヤーに課せられている。

だが、この場には目撃者も連絡をするプレイヤーも誰ひとりいない。


こうして誰にも知られることなく、パンドラ・アークだけでなく世界を震撼させるほどの大きな流れが始まった。



同時に、現実世界でも異変は起こり始めていた――――。




 † † † † † †




コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。

続いて、ガチャッと扉を開ける音。



「姉ちゃん、いつまでやってんだよ。兄ちゃん帰ってきたから、唐揚げ全部食われちゃうよ。姉ちゃん? もう姉ちゃんってば、姉ちゃ……」



椅子に座った体勢でダイブギアを被っている姉の肩を掴んで揺り動かし、呼びかける弟の月。

だが、その体は揺すられるままに体勢がぐらりと傾き、床へ倒れ込む。



「ねっ姉ちゃん、姉ちゃんっ!?」


「なーに騒いでるんだぁ? フッ、唐揚げならこの俺が姉貴のために三個も取っておいてやっ……」


「兄ちゃんっ! 姉ちゃんが、姉ちゃんがっ!!」



部屋を覗き込んだ兄・トラストラムの目に飛び込んだのは、床に仰向けに倒れる姉と真っ青になってその体を揺すって起こそうとする弟の姿。

トラストラムが慌てて側に駆け寄り、弟の体をどけて姉の脈を測る。正常だ。

倒れたはずみでダイブギアが頭部から外れたようだが、目を閉じたまま本人の意識は戻っていない。瞳孔を確認。



「姉貴、聞こえるかっ。姉貴! くそっ……お袋、救急車っ!」



兄弟の中でも物静かで普段から声を荒げないトラストラムが怒号のように叫ぶと、すぐに視線を倒れている姉へ戻す。

トラストラムの後ろで何事かと見に来た母親が青ざめて立ち尽くしているのを月が急かす声が響く。


故意にしろ他意にしろ接続中のダイブギアが外されれば、眠りから覚めるような感覚だけを残してゆっくりではあるが目が覚めるはずだ。

それすらないということは、本人自体に問題が発生している可能性がある。

瞳孔は開いていない。呼吸も現在は正常。


固定電話の子機を持ってきてオロオロするばかりの母親から、月がそれを受け取り一一九を押してトラストラムに渡した。判断は間違っていない。

ツーコールで繋がった先のオペレーターに状況を説明する。

落ち着いてくださいの一言から始まり、息はしているか、状態は仰向けかうつ伏せか、あなたとのその方の関係は?など質問がされ、緊急時におけるオペレーターの質問がこんなにも苛立たせるものだったとトラストラムは初めて知った。


トラストラムは所属を名乗り、初見での状態を伝え、救急車の出動を要請をする。


電話は繋いだままで、という注意が受話器聞こえた。

「そんなことわかっている!」と叫びたいのを我慢し、腕時計を見るとロスした時間が長いことに気づく。

ここから救急車の出動まであと何分だろうか。


時間ばかりがゆっくり進んでいるように感じる。

居ても立っても居られない気持ちにトラストラムは意を決して、姉の側に転がっているダイブギアを被る。第一の原因と思われるのは、これしかない。

ダイブギア内部にある画面は砂嵐になっていて視覚的に痛い。

その砂嵐の中、画面の隅に赤い文字で小さく「Lost」と表示されているのを見つけた。


Lostってなんだ。ゲームで何があった?

何かあったとして緊急隔離プロテクトはどうした?

機能してないのか?


姉である橘花は煩いくらいトラストラム達に、時期が来たら更新を急かすほど自分もきっちりやっていた。

ダイブギアの問題ではなかったら……やはり本人自体の問題が浮上してくる。

あるとすれば脳卒中だろうか、くも膜下出血か、まさか心筋梗塞の可能性なんて……。


ダイブギアを外し、混乱しそうな頭で必死に答えを探しながら、家族のパニックを防ぐために普段の仕事で行っている通りのマニュアルの行動を取るのが、長男でもあるトラストラムの今できる精一杯の対処だった。





そして、橘花のようにゲーム中に意識を失い倒れた被害者の数が十人にのぼることを彼らが知るのは、この数時間あと。

3/20 見つけた誤字修正、門番NPCの設定加えました。

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