第58話
村の広場に、血と土と煙の匂いが漂っていた。
そんな場所で、向かい合う形になった橘花と4人組の間には異様な空気が流れていた。
(こいつらも簡易ゲートを通ってきた?)
橘花は言われて初めて、彼らの装備に視線を走らせる。ゲームでは当たり前すぎて気づかなかった。鎧の輝きも装備一式の揃い具合も、明らかにこちらの一般的な初級冒険者とは思えないもので身を固めていた。
聖騎士の青年、全身鎧の黒騎士の男、軽装の魔術師の少年、それに革鎧の狩人の青年。全員が、橘花と同じように「この世界の住人ではない」匂いをまとっている。
一瞬で沈黙が落ちた空気感に耐えられず、聖騎士が説明を始めた。
簡易ゲートを潜ってから、地図に拠点の街の名前が出ず、方角も掴めなかったという。
仕方なく、近くのアルミルという街で冒険者ギルドに登録し、活動を始めたばかり――そう語る彼らの表情には焦りが滲んでいた。
「状況を打破しようとギルド職員に現場の説明をして、GMにログアウト申請も出したんだ……」
黒騎士が言葉を切る。続けたのは聖騎士のウェンツと名乗った青年。
「けんもほろろに断られて、話もまともに聞いてはもらえず、ロイヤード…あ、黒騎士のこいつのことですが、ギルド内で切れ散らかしてるときに、今回の――ベルゼさんに声をかけられて今に至ります」
橘花は彼らの話を理解した。だが――。
(ここで聞く話じゃないな)
村人の視線が突き刺さる。彼らの言葉は、村人の耳に入れていい類のものではなかった。
橘花は視線で合図し、人目はあるが声の届かない位置まで移動する。
「……それで、今回の村襲撃に関してはベルゼ独断で始めたことなのはわかった」
低く、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
「だが、現状を見て君たちを擁護する人はいないと思え。たとえ“ログアウト不可”という理解不能な状況だったとしても、だ」
三人が沈痛な面持ちで黙り込む。
その沈黙を破ったのは、黒騎士――ロイヤードだった。
「ふざけんなよ……!」
抑えきれない感情が、鎧の奥から漏れ出す。
「こっちはどうにかクエストクリアか、ログアウト出来る条件を出すために動いたんだ。それを外野のあんたに偉そうに説教される筋合いはねぇ!」
彼の怒声に、魔術師が小さく「兄さん……やめて」と呟く。しかし止まらない。
「俺たちはただのプレイヤーだぞ! なのに、元の場所への帰り方もわからねぇ! あんた、そんな状況で平然としてられるのかよ!」
鋭い視線が橘花を射抜く。
その目には、恐怖と怒りと、どうしようもない孤立感が混ざっていた。
橘花は一瞬だけ、言葉を失った。
自分だって、転移直後は似たような感情を抱いた。
どこまでがゲームで、どこからが現実なのか――わからないまま、心に従って行動した。
(……こいつらも、ただ放り出されただけか)
胸の奥に、冷たく固まっていた何かが小さく揺らぐ。
だが同時に、目の前の現実がそれを許さない。
「……私も、お前たちと同じ立場だった時期がある」
ゆっくりと言葉を選びながら口を開く。
「だからこそ言う。理由があっても、結果が人を殺したなら――その責は背負わなければならない」
ロイヤードは舌打ちをし、鎧の肩を大きく揺らした。
その背後で、ウェンツが小さく息をつく。
重い空気が流れる。
それでも、今はここで切るしかない。
これ以上の言い合いは、互いに傷を広げるだけだと橘花は知っていた。
視線を逸らさず、橘花は言う。
「話の続きは、場所を変えてからだ。……このままじゃ、村人たちが余計にお前らを敵と見る」
ロイヤードは何も返さなかった。
ただ、鎧越しに息遣いだけが重く響いていた。
――この出会いが、ただの偶然で終わらないことを、このときの誰も知らなかった。
 




