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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
守るための刃編
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第55話

その行動を感慨もなく見つめていた鬼人族から、ため息混じりの声が漏れた。


「何かするつもりだったのだろうが、あの趣味の悪いモノは斬ったぞ」


「……ひっ、た?」


召喚した魔人を斬るなどという芸当は、不可能だと思われていた。

ベルゼの知る限り、最高ランクの魔法を浴びせれば消滅の可能性がある――それも“可能性”に過ぎず、実際に斬り倒された例はなかった。


過去には、魔法を得意と自負する中堅冒険者が死に物狂いで魔法を打ち込み、魔人に全く歯が立たず嬲り殺されたこともある。

その様子を見て、ベルゼは満足げに思った。

「俺様と並び立とうなんざ思うからだ」と――。


頂点は自分だけで良い。

何度もライバルを排除し、ようやく昇級できる実力者が出てこなくなったとほくそ笑むベルゼ。


なのに、今の現実はあまりに違いすぎた。


華々しく、雄々しく頂点にいる自分を思い描いていたはずなのに、結果との乖離に茫然自失となりかける。

視界の端、悠々と空中でホバリングし続ける記録装置がこの状況を記録し続けていた。


起死回生の一撃を仕掛けなければ――終わる、終わってしまう。


腰のアイテム袋に残っているのは、閃光弾、モンスター誘引弾、目潰し粉のみ。

吹き飛ばされた時にばら撒いてしまったらしく、それだけしか残っていなかった。


ベルゼは目潰し粉を鬼人族にぶつけ、怯んだ隙にモンスター誘引弾を撒きながら、追ってくるであろう残りの村人や新人に向けて閃光弾を投げつける作戦を立てる。


記録装置は広範囲の遠隔操作ができない。

ならば、ここへ誘われてきたモンスターに踏み荒らされ、証人がいなくなった後で墜落した記録装置の内部を消去すれば、まだ巻き返せるはずだった。


そう思い、こっそりと利き手を腰へ伸ばした。


しかし――。


「アッ、ガァアアア……!!」


「私はお前のように嬉々として相手をいたぶる趣味は持ち合わせていない。……が、抵抗するなら死なない程度に削ぎ落とす」


その言葉とともに、利き手とその下に位置していた右の二の腕が同時に鬼人族の刃で貫かれた。


“削ぎ落とす”とは何を意味するか、聞くまでもない。


顔面の痛みに加え、かろうじて無事だった手足が使い物にならなくなったベルゼには、矜持を保つことなどできず、痛みだけが全身を支配した。


生きてきた今までで経験したことのない痛みの数々が、すでにベルゼの理性も矜持も根こそぎ削り取っていた。

止めを刺された痛みが、刀を引き抜かれる瞬間にさらに激しく襲いかかる。

体から出せる液体という液体をあらん限り漏らし、グチャグチャになった顔を歪めながらヒィヒィと頭を垂れるベルゼ。


その姿に顔を顰めたのは、鬼人族だけではなかったはずだ。


「ずみ、ぁぜん…ごえんあざい……。い、いのひ……いのひ、らげは…」


かろうじて発せられたその言葉に、鬼人族の瞳が冷たく鋭く光る。


「……そう言って命乞いした者達をお前はどうしてきた?」


一言放たれた瞬間、ベルゼは言葉を失い、完全に沈黙した。

その沈黙こそが答えであり、周囲の空気はスゥッと凍りついたかのように冷え込む。


「命はとらん。だが、自分が何を仕出かしているのか、きちんと理解し償わせてやる。それこそお前が声高らかに叫んだ、貴族に生まれた者について回る──貴族の義務ノブレス・オブリージュだろう」


静謐な声が、震えるベルゼを置いていくようにして響いた。

ビクビクと震えながら、この場にいる絶対的強者の意向が消えぬよう祈ることしかできないベルゼは、鬼人族の行動から目を離せずにいた。


「遅くなった」


そう静かに声をかけ、子供の亡骸を抱きしめている少年の傍へと歩み寄る。

泣き疲れた少年を優しく抱きしめる鬼人族が、懐から薬瓶のようなものを取り出す。


掌に注ぎ出した液体を手拭いに染み込ませ、少年の傷ついた顔をそっと拭うと、まるで魔法がかかったかのように折れた前歯も、腫れた頬もみるみるうちに回復していく。


それが最上級の、高価な回復薬であることは一目で分かった。

しかし、さらに驚かされたのは、同じ効果の回復薬をもう一本開け、ゆっくりと少年に飲ませていることだった。


そんな代物を、こんな村の平民が持ち歩いていること自体がベルゼには理解し難かった。

王族が緊急時のために大切に保存するような、そんな高価な薬を、こんな軽々しく使うなど――。


ただ一つ確かなのは、それが絶対に手を出してはいけないものである、ということだけだった。


「…なぃ…もん…だ…」


潰れた鼻と顔面のせいでろくに発音できない言葉を呟き、白目を剥いて崩れ落ちるベルゼ。


その倒れ込む様子を、鬼人族は感慨もなく振り返り、ようやく口を開いた。


「ああ、そういえば名乗っていなかったな。私は橘花(きっか)。お前がトドメを刺そうとしていた、この子の師だ」


泡を吹いて倒れるベルゼに、その名乗りが届いたかどうかは定かではなかった。


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