第5話
まだ異世界に行ってないです。すみません。m(__)m
大捕り物発生から数時間後、【ミブロ】のギルド団員達は後片付けを続行していた。
あちこち街の通路の封鎖の看板を立て、異常がないか見回ったりしている。何をしているのかと問われれば、安全確保のための仕事だ。
後でわかったことだが、あの違反コード使用者は走ってきた場所ほぼすべてにバグを残していったのだ。
そこから一般のプレイヤーがバグによる不具合に巻き込まれないよう、違反コード使用者が通った道をすべて封鎖しなければならなくなった。
いつもならここまで酷い被害は出ない。
【ミブロ】結成以来……いやPAO始まって以来、初めての対処だ。
この事態にGMから専門の処理担当者のアバターが来て、関係したアカウントごとデータ削除しちゃうのが一番簡単なんですけどー、と言われた時は【ミブロ】全員が戦々恐々とした。
アカウントごと削除というのは担当者の冗談だったが、暗に余計な仕事を増やすなと言われたのだ。
違反者との接触が最小限だったため、作業は絞られ処理は比較的簡単に済んだ。
逃亡者に捕まり接触したトラストラムに至っては完全な検査が終わるまで、現在アカウントを使用できずPAOへの復帰ができない状態だったりする。
またそれを直に受け止めた九番隊の多聞も同様、検査対象になってしまった。
追いかけた橘花や茶豆に至っては武器と捕縛用の縄で接触したが捕縛システムを行使中で一般のプレイヤーと違い、システムに隔離保護された状態だったお陰で簡単な検査だけで済んだ。
諸々の処理がひと段落し、処理担当者が帰ったあとの夜に切り替わる時間帯の街の中、【ミブロ】の活動の邪魔にならない場所に佇むアバターがいた。
「あー……憂鬱だ」
コンソールウィンドウに表示された今回の総ギルドポイントを見て、ぐったりしているのは橘花だ。
三百ポイント減点。
本来ならばここまで減点されることはないのだが、ログを見たGM担当者から指摘を受けた。
――ここまできて、なぜ捕まえられなかったのか。
今回、リアルでも裁判沙汰になる可能性のある犯罪者を逃がしてしまった。早い段階で敵が何者かわかっていながらギルドメンバーへの情報拡散を怠った橘花の落ち度である。
そのため、今回のGM本部からのポイント付与は通常の減点からすれば厳しい。
もちろん、GMからの依頼で自警団ギルドをやっているからといって厳密な罰はない。契約を交わしているわけでもなければ、給金が発生しているわけでもない。
完全にボランティアなのだ。
ギルドを強化するためのポイントが集めやすくなる、ルール内ならばある程度の優遇措置がされるなどメリットがある。そのくらいだ。
失敗してもリアルでの損はほぼないのだが、PAOをしている者にとってポイントの減点は問題になる。
個人ならばまだしもチーム全体の評価になるギルドポイントの減点は、ギルド全体に迷惑をかけることになるので身内同士での諍いにもなりかねない。
そのうえ、今回この始末である。トラストラムと多聞に申し訳ない。
それにあと、もうひとつ気になることがあった。
「何を落ち込んでいる、橘花」
「……副長」
振り返ると夜担当(というか仕事で日中はPAOに来れない)のギルド長不在時に権限を預かる副長――しらす御飯――がいた。
今日は来れない予定だったが、事態の収拾までギルドの権限を預けられる人がいなければならないので、局長から呼び出しがかかったのだった。
本来なら用事があるからと断れるものの今回ばかりはGMから処理担当者まで出てきており、まとめ役がいない状態で放置しておけなかったため無理をしてきてもらっていた。
これはギルドの権限を一時譲渡できる身内を副長以外に選択していなかったマノタカが悪い。
GMの依頼に関わるギルドは、ギルドのみならずギルド長やその権限を一時譲渡される者の審査もされるため、意外に手続きが面倒だったりする。
過ぎたことはさておき。
副長のアバターは、橘花とほぼ同じ容姿で設定年齢が二十歳。唯一違うのは艶やかな黒髪を一本に結い、腰まで垂らした若武者姿だ。
その上から副長であることを示す黒に袖口を白のダンダラ模様に染め抜いた羽織りを着ており、さっきまで仕事モードで他のギルド員に指示をしていたはず。
「今回はレアケースだ。次からは適切に対処できるようギルドの教育に組み込む。教育指導を担う筆頭はお前だからな、要点をまとめておけ……と言いたいところだが、今はギルドの仕事できる状態じゃないだろ。ログアウトして家で休むのを勧めたいが、今は仕事抜きの話にしよう。副長と呼ばなくていい」
「はぁ……ではお言葉に甘えて。しらす御飯さん」
二人揃ってギルドの羽織りを装備から外す。
これでGMに直接やり取りを記録したログが届かなくなる。
探されれば見られるが、だからといって個人的な相談事をそのままやり取りするのはよろしくないだろう。
「で、何を悩んでいる?」
「いや悩んでいるわけじゃないんです。ちょっと昔の記憶なので断言はできないんですが……追っている途中ではトラップかと思ったんですけど、思い返してみるとどっかで見たモノだった気がするんですよ」
「何のことだ?」
「追跡していた時に違反者が落としたモノです。もうポリゴンの塊になってましたけど、あれメテリオブラストだったんじゃないかな、と」
「あのフレンドリーファイアも辞さなかったバランスブレイカーの武器か?」
メテリオブラストとは、五年前の事件のあとPAOのグレードアップに際し消えた武器だ。
PAOに銃使いや上位職の狙撃手という職業はある。銃に似た武器もある。
けれど、銃も弾も鉱物以外に大型モンスターなどから採れる素材が主となるもので、メテリオブラストは軍事部門が作ったかのようなリボルバーカノンに似せたフォルムと威力重視の、ファンタジー主体であるはずのPAO迷走時代の産物である。
それにメテリオブラストはあまりにも強力な武器で、一時期バランスブレイカーとして銃を扱う職業以外のプレイヤーの間では非難されるほどのものだった。
非難されるもっともな原因が、しらす御飯の言ったフレンドリーファイアだ。略してFF。
フレンドリーなんて名前はついてはいるが、結局のところ友軍攻撃のこと。
一発放つごとに後ろ広範囲に燃焼ガスを噴射して周囲にいる仲間諸共吹き飛ばし火傷を負わせるうえ、残弾数無制限という最悪な設定の銃で撃った本人は武器使用による反動もなく無傷・連続使用可能というのも非難の対象だった。
「まぁ、相手が昔の情報をそのまま利用していた可能性はあるな。しかし、現在のPAOでは全面使用できないプロテクトを施し済みだ。データを持っていても持ち込んでも使用はできない、ハッカーが全エリア改変などでもしない限り。そんなことをすれば一発摘発だがな」
「それすら知らない者がいたんでしょうか。トラの職業は狙撃手なので、手頃な使い手として連れて行こうとしたとか」
「トラっちが拉致られたことで悪い方に考えがいっているようだが、昔はともかく今はトラっちにメテリオブラストのデータを持たせても使えない。それくらいわかるだろう。第一、仲間内でもない奴に反撃されて壊滅させられる可能性があるのに渡すか? オレなら自分か仲間のメインでもサブでもいいから狙撃手の職を取らせるけど」
「なんか違和感あったんですよ、今考えると。四と五番隊が捕縛したあっちの違反者達はハブる行為の注意から発展した騒動だったんですけど、こっちの違反者はトラに狙い定めてという感じだったというか」
「ま、可愛い美少女アイドルだからなトラっちは。尻を追いかけるストーカーがいてもおかしくない。ほら、トラっちに抱きついたのを引き剥がして連行していく時に『ちちしりふとももー! ちちしりふとももー!』って叫んでた奴も過去にはいたし」
「あれはキッチリ皆でボコりましたよ、主に精神的な方で。あと、今回みたいなことがないようトラ自身で何とかできるように調教せねば……」
それでいいのか治安維持のギルド員、というツッコミがされそうな発言だが、暗黙の了解を無視して手を出してくる輩が悪いと橘花なら一蹴するはずだ。
その橘花に至ってはドジッ子やらなんやらとトラストラムを弄っているが、自覚無しのブラコンなんだな、と周囲の生温かい目を向けてくる時があるのには気づいていないだろう。
ピコン。
――GMから連絡メッセージが届きました。
『今回の騒動でバグ保持者に接触したお二方の検査が終わりました。結果はオールグリーン。問題はありませんでしたが、後日アバターやシステムに不具合があった場合はGMにご連絡ください』
『追伸。最近、一般PCが捕縛時の騒動に巻き込まれる事象が多発しています。今後も注意喚起して治安維持にあたってください』
「さて、GM様からのご連絡だ。多門達のアバターを迎えに行かなきゃならん。橘花、なにか言い忘れてないか。今のうちだぞ」
「えーっと……すみません、ポリゴン化してない違反者の残骸拾いました」
「それを早く言えぇぇっ!」
ピッシャアアン!
別名、鬼の副長の雷が落ちた瞬間だった。
† † † † † †
「は? んで、橘花が拾った残骸って別ゲームのアイテムだったと?」
「そうみたいだ。データもコードも違うし、どうしてPAOでバグらず再現できたかわからない。GMも頭抱えてるだろうな」
ギルド【ミブロ】の本部。
畳の部屋で正座をしながら茶を啜るしらす御飯からメールを介して報告を入れておいたことについて、マノタカは胡坐をかきつつ煙管を吸いながら詳しく聞いていた。
リアルでの仕事がドタバタしてログインするまで丸三日かかったうえ、事件翌日から休みに入るはずだったしらす御飯に丸投げしていたせいで、どこまで状況が進んだか後半はメールだけで間に合わない内容になった。
つまり、ギルド長直々に出てくるようお達しが来てしまったのだ。
「そして、検査が終わった後だったっていうのに違反者の落とし物を拾った橘花は?」
「再検査が終わるまでギルド活動できないらしい」
「あの馬鹿がっ」
煙管の吸い口をガリッと噛むマノタカ。
今回はレアケースだった。だからといって、治安維持を担うギルドになってからは注意を促していた教訓が活かされてないことに苛立つ。
ごく簡単な一言、「拾い食いするな」だ。
なにも何かを食うことを指している訳ではなく、自分のアバターなどにウイルスを入れるなということ。
結局、アバターが拾った汚染アイテムをイベントリに入れてしまえば感染する。
ウイルスを取り込む行為をマノタカなりに表現した言葉なのだが、どうも最近はハッカーの侵入もないため緩んできている。
「初心忘れるべからず、なんだけどなぁ」
真面目に治安維持をする姿勢から、つい先日ではあるがGMから勧誘があった。本格的にGM傘下の治安維持ギルド設立に加わってもらえないかと。
以前からGMが治安維持ギルドを創設すればいいという声はあった。
特定のギルドだけが治安維持に加わり、ポイントなどの優遇を受けているのを快く思わない人たちからの声だ。
元々【ミブロ】も治安維持ギルドなどではない。
鬼人族の侍ジョブの攻略組が、侍でどこまでできるかやってみようという縛りプレイを目的とする安易な理由から出来上がったギルドだ。
厳しくては面白味がないので上下関係はないが、ネットマナーができていることが最低条件。
ギルドのルールを決める時に「義に厚く、武士道をいつも心に!」というフレーズを掲げ、何かしら関わりのあった周囲の人達を攻略以外のことでも助けることから始まり、活動拠点でもある古都『ミヤコ』でのアバター同士の喧嘩仲裁などをしていた結果、非営利組織の治安維持団体のような活動形態になっていた。
ギルド発足はPAOが正式にリリースされてからなのだが、五年前の再稼働から迷って入ってきた人の案内役を積極的に買って出たり、迷惑行為を平然とする者達を注意したり対立したりというのを繰り返していたら、GMからこれからもMMO内の治安維持に貢献してもらえないかという通知が来た。
治安維持ギルドとして本格的に始動し始めたのは五年前という浅い歴史ではあるが、それなりに経験は積み重ねてきた。
今回の打診は青天の霹靂ではあるが、本業がある者達にとって小遣い稼ぎ感覚だろう。
ただ捕縛は絶対という責任が伴うということだけ。
「どうすっかなー。ギルドポイント以外に金銭が絡む話だから全員の意向を聞かなきゃならねぇんだが、こればっかりは拗れそうで」
「GMが正式に治安維持ギルドを創設するならそれでいいだろう。オレ達は本来の気楽な攻略ギルドとして活動を続ければいいし、みんなも楽しみながら治安維持活動を手伝っている。第一、局長であるアンタが乗り気じゃないんだ、無理に引き受けなくていい」
「やっぱりそうか。わかってくれる? さすが副長。俺の嫁だけはある~!」
「何年、相方をやってると思うんだ。というか……浮気がバレて女房の機嫌を取る亭主みたいになってるぞ、アンタ」
迷いに迷っていたマノタカは吹っ切れたのが嬉しいのかコミュニケーション用のアクションポーズの中から、しらす御飯に向けて土下座をしてから、赤い薔薇の花束を差し出してハートを飛ばし、投げキッスをしている。
対して、呆れてモノが言えないといった感じのしらす御飯だが、ちゃんと「はいはい」と手であしらうアクションを返しているところが相方といったところか。
ピコン。
――GMから連絡メッセージが届きました。
『橘花さんの再検査が終わりました。結果はオールグリーン。問題はありませんでしたが、後日アバターやシステムに不具合があった場合はGMにご連絡ください』
『今回の騒動につき今後の対策をご説明しますので、ギルド【ミブロ】のギルド長、または副ギルド長はセンターまでお越しください』
ちょうどいいタイミングでGMから連絡が来た。
「だそうだ、局長」
「はぁ、とりあえず橘花のアバター迎えに行くか。こっちの確認が済めば橘花もログインしてくるだろ」
「で、マノタカが戻るまで石でも抱かせて正座させとく?」
「……俺、時々お前怖いわー。てか、石抱かせるとか鬼かよ」
「鬼だよ」
鬼人族だし、オレ。とにこやかに言うしらす御飯。
アバターとはいえ石を抱かせて正座とは穏やかじゃない状況。冷静かと思いきや今回仕事を増やされたので、ちょっと怒っているようだ。
――しばらく畳の部屋は立ち入り禁止だな。
マノタカは心の中で橘花に対し、「南無」と合掌しておいた。