第5話
「んで、ここにいるってことは死に戻り?」
「ばーか、しっかりゲットしてきたぜ。双炎の槍と上位竜の竜珠!」
橘花がアイテム欄を見せると、トラストラムは目を見開いた。いつもの癖で腕を組むと、豊満な胸がより深い谷間を作る。見た目でもEかFはありそうだ。
そんな様子を見て、橘花は満足げに笑った。
「辛くも勝利は収めたが、持ってった課金アイテムは全部パーだ」
「姉貴、マジでMか。いくらなんでもそこまで……」
「誰がMだ、ボケェ!」
橘花はノリツッコミでアッパーエルボーを叩き込む。身長185センチの橘花が160センチのトラストラムに放つアッパーエルボーは、彼の首を固めるように引き寄せる。
逃げようとする彼の頭を撫でつつ、さらに構うのだった。
街中での過剰なスキンシップは、周囲には暴力のように映るが、チャット内容から仲間内のじゃれ合いと判断され誰も止めには来ない。
実はこのスキンシップには意味がある。
トラストラムは橘花とは逆で、女性アバターで遊んでいる。容姿を理想に近づけたため、寄ってくる男性アバターや冷やかしが絶えない。
ゲームとはいえ、無神経な行為には限界がある。
ある日、トラストラムが待ち合わせ中にメニュー操作をしていると、突然後ろから腰を掴まれセクハラされたことがあった。
トラストラムは力の差で抵抗できず、待ち合わせに遅れてきた橘花が現場を目撃して抜刀。
橘花がその場で対処し、すぐにトラストラムはGMに通報したのだが、GMの対応はあまりにも甘く、事件は軽視された。
「男性同士のいちゃこらだろう」と一蹴され、トラストラムの訴えは門前払いに等しかった。
「も、問題なしって……通知きた」
「はあ?」
そのGMからの通知に怒ったのは橘花だけではなかった。
古都『ミヤコ』では、橘花が所属するギルド【ミブロ】が治安維持を担っている。
鬼人族の侍職を中心に幕末の剣士をイメージしたこのギルドは、ほぼ女性メンバーで構成されているが、アバターはなぜか男性姿が多い。
橘花は一番隊を任され、局長と副長の補佐役として活躍中だ。
メンバーたちは普段から仲が良く、オフ会でもトラストラムのことをよく知っており、いろんな意味で可愛がっている。
だからこそ、トラストラムが受けたセクハラの話には、橘花以上に激しい怒りを見せたのだった。
ほとんどが女性プレイヤーで構成されるギルドだ。彼女たちにとって、セクハラは絶対に許されない。
「私たちの大切なトラちゃんに、そんなことが許されるはずがない!」
局長の瞳は、鋭い光を放ち、激しい憤怒が体中を駆け巡っていた。
「セクハラは絶対に許さない。私たちが守るべき仲間が傷つけられるなんて、このギルドが許すわけがない!」
メンバーの声は震え、しかしその中に決して揺らぐことのない強さがあった。
女性であるがゆえの共感と、守りたいという本能的な怒りが爆発したのだ。
彼女たちは即座に動き出した。
まず証拠映像を集め、掲示板に投稿。
次に暗殺ギルドと密約し、加害者の排除を約束。
さらに仲間たちと連携して徹底的に監視し、嫌がらせや迷惑行為を封じ込めていった。
結果、加害者は街中での居場所を失い、ゲーム内から追い出されることに。
【ミブロ】のメンバーに手を出した者は、必ず痛い目を見る。
その象徴となった一件は、今やゲーム内外で伝説として語り継がれている。
この事件を機にGMも対応を強化し、以降は同様のトラブルがほとんど起きなくなった。
現在では、【ミブロ】にちょっかいをかける者はほぼ皆無である。
ただし、この出来事が起きた当時は、GMの規約もまだ甘く、運営体制も十分に整っていなかった。
今では集団による意図的なハブ行為は明確に禁止されているが、あの時の大規模な集団ハブはパンドラ・アークの歴史上、例を見ない事態だった。
なお、ターゲットとなったのは、女性アバター……ではなく、実際には男性である。
このことは、ゲームの世界が持つ多様性と複雑さを象徴していると言えるだろう。
以上の経緯から、【ミブロ】の身内に手を出すことは、自らが危険に身を置くことを意味する。
ちなみに、当時の作戦名は「俺の女に手を出すな作戦」。
これは局長が直々に命名したものだった。
その名前を聞いたトラストラムは、思わず頭を抱えたという。