第46話
口論している場合ではない――一刻を争う事態に、ザザンも苦渋の決断で容認した。
主戦力は戦闘経験者であるザザン自身が務め、後方支援はマーリーに任せる。
大剣の男を倒した後、取り押さえるのは村人全員の役割だ。
もしザザンが使えなくなった場合はマーリーが牽制しつつ、村人たちを避難させる。
たとえ経験者とはいえ、長いブランクを抱えていることも考慮した作戦だった。
最初に報せを持ってきた男の案内で全員が村の入り口近くに集まると、大剣の男は斬り伏せた者を蹴りつけていた。
倒れて動かぬ見知った村人の姿に、集まった者たちの怒りは頂点に達した。
さらに奥にも倒れ伏した幼子とその母親らしき姿が見える。
入り口で見張っていた者も同じ運命と推察され、ザザンは固く奥歯を噛みしめる。
「ひでぇ」「くそがっ!」と呟き、錆びついた剣を握る手に力が込められた。
集まったザザンたちを確認した大剣の男は、足元に転がる者を虫けらのように踏みつけながら近づく。
数十メートル手前で立ち止まった男はザザンの装備をじろりと値踏みし、不満げに顔をしかめた。
「ああ? なんだよこの小汚い装備は。俺様が着るべきはもっと上等のはずだろうに」
見下した態度を隠そうともしないその男に、ザザンは内心で最低評価をつけた。
本来、冒険者の端くれとしても名乗るに値しない輩だ。
この世界でも冒険者間の妬みはあるが、装備は実力に見合うものでなければならない。
ギルドの難しい依頼に応えるためには、それなりの準備と装備が必要だ。
実力あっての攻撃力、防御力を兼ね備えた装備こそが正当なもの。
昔、ザザンたちが冒険者だった頃も、勘違いして良い装備を身に付ければ一級だと考える者は少なくなかった。
中には他人に寄生して実力を伴わぬランクアップを狙う者もいた。
「何のつもりだ……話を聞こうか」
「口の利き方がなってねぇな。まぁいい、そいつを俺様に寄越せ。さっさと自分の墓穴を掘るがいい、最後に土くらいはかけてやる」
「話にならんな。言葉も通じん獣か」
ザザンが冷静に返すと、男は狂気じみた笑みを浮かべ、担いでいた大剣を振りかざした。
瞬時に竜の牙の剣を抜き放ち、攻撃を受け流すザザン。
わずか一秒ほどの間に繰り広げられる凄まじい斬り合い。
何が起きたのか理解できぬ村の男たちは、ただ驚愕と共に見守るだけだった。
大剣の男の腕力に圧倒されつつも、ザザンは静かに相手の攻撃をかわし、確実に斬り込んでいく。
普段は穏やかな村長が、ここまでの力を持っているとは――村人たちは初めて「無駄に死人を出すわけにいかん」という言葉の重みを知った。
「さっさと死ね、ジジイがっ!」
苛立ちを隠さず、大剣を振り回す男――ベルゼは叫んだ。
装備は良いが見た目はくたびれた男を侮り、焦りを募らせていた。
平民は貴族に平伏すべき存在、それはベルゼに頭を垂れ、王のように扱うべきだと信じていた。
だが、近頃は反発する者が増えている。
新人も、目の前の村人も。
虫けらのように扱われて当然のはずが、苛立ちを増幅させる。
ヒュンッ――
耳元をかすめる風の音とともに、痛みがベルゼの肩を貫いた。
驚きに動揺し、肩を見ると鎧の隙間から一本の矢が突き刺さっている。
矢の放たれた先には、黒髪の女が弓を構え、凛とした眼差しでベルゼを射抜いていた。
(女ごときが俺様に傷を負わせるだと!?)
怒りに目が赤く染まりかけたその瞬間、がくりと体が崩れ落ちた。
ザザンが隙を突き、軸足を払って頭に一撃を叩き込んで昏倒させたのだ。
倒れたベルゼの動きを封じ、村人たちから歓声が上がる。
「すげぇ!村長強ええ!」
「さすが元特A級って聞いただけある!」
「元村長が婿入り認めるわけだぜ!」
「まだ気を抜くな。気絶しているだけだ。さっさと縛って街の役人に引き渡すぞ」
熱気に包まれた村の男たちの視線を受け、ザザンは苦笑しながら指示を出した。
数人がベルゼを縛り始める中、マーリーが歩み寄り、笑みを浮かべた。
「特A級の腕は衰えてないわね」
かつてのギルドのクラスで、今でいうS級にあたる称号。
昔取った杵柄とはいえ、ザザンは体の衰えを感じているのだった。
そんな大人たちの輪からぽつんと離れていたのはペーターだった。
強者の戦いを目の当たりにし、自分の無力さを痛感して俯いている。
斬り込んで即座に攻撃をかわし、冷静に一撃を叩き込むザザン。
敵を迷わず射抜くマーリー。
自分はまだまだちっぽけな存在だと恥じ入り、胸元にしまった懐刀を握り締めた。
「すぐに師匠みたいになれるわけじゃない」
そう自分に言い聞かせ、深呼吸で気持ちを落ち着ける。
さて、女子供たちに安全を知らせに行こうと振り返ると、妹の律が近くの家の陰から顔を覗かせていた。
「なっ、バカ律!みんなと一緒に隠れてろって言っただろ!」
「だって、めいが来てないんだもん。りつ、めいを探しに来たの」
「……っ!」
怒りながらも律が傍に来た言葉に、村の男たちは一瞬で沈黙した。
村の子供は少なく、村全体が顔見知りだ。
犠牲になった子供が誰かはすぐにわかる。
「じゃあ、入り口で斬られているのはメリッサか……」
一人がこぼし、隣の男が息を呑んで駆け出した。
斬られた女性の夫であり、その悲痛な叫びが村の入り口に響き渡った。
「お兄ちゃん、おじさんどうしたの?」
不安げにペーターの裾を掴む律。
事実を伝えられず、ペーターは律を連れて奥へ戻るしかなかった。
「母ちゃん、律を連れていくよ」
「そうしてちょうだい」
律は振り返りながら村の奥へと歩き出した。
被害はあったものの、その場にいる全員が少しだけ気を緩めた刹那。
「ちょっといいか?」
不意に聞こえた若い声に全員の視線が集まる。
いつの間にかザザンの側に、漆黒の黒甲冑をまとった男が立っていた。




