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第4話

お待たせしました。


「は、何言ってんだよ。俺らが何の違反したってんだ?」



不満タラタラの声が、古都『ミヤコ』の一角に響く。

響いた声に周囲の目が集まった。

声を発したのは、竜人族(ドラゴニュート)の男性アバターだ。周囲にいるどのプレイヤーよりも背が高い。

態度などからおそらく中身(プレイヤー)も男性であろうことが推測される。

竜人族側の仲間だろう、相手を囲むように森人族(エルフ)人間族(ヒト)土人族(ドワーフ)の男性アバターが嘲笑を浮かべつつ成り行きを見物していた。



「そんなに凄むなよ、可愛いトカゲ顔が台無しだ」



怯むことなく飄々とした態度で言い返した相手に、竜人族のアバターは一瞬拍子抜けしたものの、次には表情を険悪なものに変える。

竜人族が食ってかかっている相手は、鬼人族の男性アバターだ。

アバターの種族設定として背丈は高い方だろうが、2メートル越えを誇る竜人族の肩に角の先が届くかどうかなので、小さく見えてしまう。


なぜこんな騒ぎになりつつあるのか、そして鬼人族が竜人族に難癖をつけられているのかと理由を探せば、一見しただけでわかる構図があった。

鬼人族の後ろには、兎型の獣人族女性アバターが庇われるようにして震えている。



「さて、もう一度聞くぞ。ちゃんと規約は読んだのかな? ただ同意ボタン押しましたってだけじゃ何の意味もないんだがなぁ」


「煩いな。お前に何の関係があるんだ。そこのアバターが俺の前でこけたんだよ。助け起こしてやったんだから礼のひとつくらいいいだろうが」


「だからって、力任せに胸を鷲掴みってのはいただけない。第一、彼女が転んだのは君が足をかけたせいだと思うんだけど、なぁ?」


「見間違いじゃねぇのかオッサン。アバターの見た目以上に頭ん中もわいてんじゃねーか。あァン?」


「おーおー、口だけは達者だな若造。君の方こそ規約にある卑猥な行為は禁止って項目も見落としてんだったら、眼科に行くことをお勧めするぞ」


「テメェが行けよ」


「正義の味方面してると痛い目を見るぜ?」


「そーそー。いい加減どっか行ってくんないかなー」



外野の人間族、土人族、森人族が口々に鬼人族へ罵声を浴びせるだけでなく、次第に攻撃態勢を取るような挑発行為を繰り返し始めた。

その光景を周囲は冷ややかに見ていた。



「おい、あいつら初心者か?」


「装備からして中級っぽいけど、モグリなんじゃないか?」


「馬鹿だよなぁ。あの鬼人族が誰だか知らないんだぜ、きっと」



こそこそと耳打ちし合う野次馬で集まった周囲のプレイヤー達。

四対一で鬼人族が不利な状況なはずだが、周囲の見物人は遠巻きに見ているだけで誰も助けに入ろうとしない。


鬼人族のアバターは騒ぎの中心である者達の言う通り、オッサンの容姿である。

錫色の肌に無精髭が生えた、どう見ても四十代に足を突っ込みかけている顔。ニヒルに笑うその雰囲気のお陰か、いぶし銀が似合いそうな渋い顔立ちだ。

瞳は焦げ茶色。髪も短髪で明るめの茶色ではあるが、オールバックにしているだけでキャラ作成でありがちなイケメンキャラではない。


しかし、それだけなら誰でも作れる(フェイス)

頭上にも一般プレイヤーと大差はなく、名前が――マノタカ――と示されているだけだ。

どうして誰もこの騒ぎをGMに通報もしていないのか。

訳は探すほどでもなく単純明快。


竜人族の男性プレイヤーが凄んでいる相手は、濡羽色の着流しの上に真っ白な羽織を着ていた。袖口は、ダンダラ模様に黒く染め抜いている。

古都『ミヤコ』で、この羽織の意味を、装備している者が何者かを知らない者はいない。


周囲が見守る中、ついに挑発ではなくマノタカに人間族が剣を振りかぶった。

ガキン、と金属がぶつかる音。人間族の剣をマノタカが刀の(つば)で受けた音だ。



「はぁ、言葉も通じねぇ獣かよ。……よぉーし、若造共。そこまで粋がって後悔するんじゃねぇぞっ!」



後ろにいる獣人アバターに少し離れるよう言ってから人間族の剣を弾き返すと腰を落とし、マノタカが鞘に刀を納めたままで居合いの構えを取った。

刹那、姿が掻き消える。

手前にいた人間族を一刀のもとに斬り伏せ、二の太刀で竜人族を両断。



「なっ!? 街じゃ、PKは、できなぃ、はず、じゃ……」


「各(エリア)ごとにGMから依頼を受けた自警団が常駐しているのは知ってるよなぁ? ちゃーんと規約に目を通したならよぉ」



光となって消える間際に竜人族が残した疑問の声に律儀に答える。

先ほどとは違い、少し口調が荒くなっているが。



「そして、自警団は業務を遂行中のみ街の中でも武器の使用が可能になる。けど、これはPKじゃねぇんだよなぁ。GM監視のお仕置き部屋へ強制転送って仕組みだ」



マノタカの説明に、残された森人族と土人族が焦る姿を見ながらニヤリと笑う。

手元でコンソールウィンドウを操作し、ログアウトしようとしたのだろう。だが、ログアウト不可というメッセージに慌てているのだ。



「無駄だ。違反を犯したチームは丸ごと取り締まり対象なんだよ。自警団(俺達)に大人しく連行されるか、強制転送されるかしてGMから解除指示されねぇ限りログアウト不可のままだ」


「ちくしょうっ!」



肩を竦めながら言われたのが頭に来たのか、マノタカを睨みつけながら森人族が詠唱を始めた。

「だから無駄だっつってんのに」とため息をこぼすマノタカに、森人族自身のアバターが覚えている中でも最大威力の魔法攻撃を当てるつもりらしい。

詠唱が終わると森人族が杖を振り、魔法が放たれる。



――聖炎(フレイム)



「鬼人族は魔法耐性がないってことは知ってるんだよぉぉおおおっ!」



白い光に包まれた炎が生み出されてマノタカに向かうと同時に、森人族が声を張りあげた。

目の前に魔法が迫る中、マノタカの方は呆れ顔のまま大きなため息をひとつ。



「アバターを決める時に種族ごとの設定を見なかったのか? 鬼人族は魔法耐性がない代わり……PAOの種族中、純粋な戦闘能力はずば抜けてるってなぁッ!」



直前に迫った魔法を回避し、一瞬にして森人族の懐に入る。



「上位魔法を回避するなんて……嘘、だ」



森人族が呟き光となったのが先か、聖炎(フレイム)が目標を失い着弾と共に弾けて消えたのが先か。


この勝負、初めからマノタカに軍配があがっていた。先に消えた竜人族が言った通り、街の中ではPKできないのだ。

どんな強力な魔法を発動させようと、PvPでもない限り街中では無効。対してマノタカの方は取り締まる側であり、武器の使用が可能。

どの道、捕まるしか道はない。


と、その時バタバタと駆けつけてくる足音が聞こえた。



局長(ギルド長)ッ!』


「おう、遅いぞ。騒ぎが発生してから五分も経過してるのに今まで何してやがった!」


「だったら、メッセージ送ってくださいよ~」


「今日は副長(サブ)がお休みだからって、ひとりでいいとこ取りはズルいッス!」


「って、終わっちゃってるじゃん! もうっ、久しぶりに腕前を見せられると思ったのにぃー!」


「あーあ、また局長(ギルド長)の悪い癖が出た」



後方から駆けつけてきた全体が浅葱色で、袖口のダンダラ模様を白く染め抜いている羽織を装備した鬼人族の者達が叫ぶと、首だけ巡らせて答えたマノタカはニヒルに笑ってから喝を入れるように言った。

全員が全員、気の置けない仲間だからだろう。言いたい放題だ。


そのやり取りを見ていた最後に残った土人族は、サッと顔色を変えた。



「ギ、ギルド長って……」


「あん? この(エリア)は初めてか、小僧」



目の前にいるのが自分以上の実力者と気づいた土人族は戦意喪失しており、ただ首を縦に振るだけだ。



「今更だが自己紹介でもしておくか。俺は古都『ミヤコ』の治安維持を任されている【ミブロ】のギルド長、マノタカだ」



自己紹介がてら懐から捕縛キットを取り出し、土人族に縄をかける。「捕縛ッ!」とインパクトのある白い太文字が瞬間的に浮き上がりフェードアウトした。

同時に周囲のアバター達から拍手が送られる。【ミブロ】に対し好感度の高いプレイヤー達が大捕り物のあった際にやっていたのだが、いつの間にか広まり根付いた一幕の演出である。

そして、この文字が表示されたということはフィールドや国外(他のエリア)への逃走もできなくなった証だ。


フィールドに移動しようともログアウトできないのだが、下手に何かの条件が揃ってクエストが発動すれば国外(他のエリア)に転送なんて話はザラだ。

そうでなくとも広場や城内部のゲートを介して逃亡でもされれば各(エリア)の治安維持ギルド、または冒険者ギルドに指名手配されて捕まえた他のギルドのポイントになってしまうので、ここで捕まえておきたかったりする。


一方【ミブロ】の局長と聞いて戦意喪失どころではなく、呆然自失するほどの衝撃に襲われているのは土人族の自業自得というものだろう。



「えーなになに。もしかして、自警団のことも知らないで騒いでたのこの子。ばっかだなぁ」


「あ、収容者が三人。局長が武器振るったってことは、抵抗したんスか?」


「うっわぁ、無謀。よく立ち向かおうって気になれたよね~」


「驚きを通り越して、その無知はチャレンジャーとして尊敬に値するな。ま、無謀という結果に終わったが」



駆けつけてきた人数は二十四人。しかし、ギルマスであるマノタカに話しかけているのは四人。

その四人の後ろについてきたのは戦闘要員であるNPC。通常ひとり当たり約五~六人のNPCを指揮しており、多人数で戦闘になった場合の必要人員だ。

それぞれ黒から白に近い肌の濃淡はあれど、全員が鬼人族で時代劇に出てくるような着流しや袴などの和装をしている。


額から黒い角がひとつと、肌と同じ色の角が二本。

全員が男性アバターだ。ちなみに鬼人族の女性アバターは小さな黒い角が、額から二本だけ生えている。

同じ種族で数が揃えば似通った外見で見分けがつけにくいが、見分けるのは表示される名前よりも髪の色だと簡単だ。

赤、青、金、それと桃色の髪。



「つーか、局長はギルドの奥でどっしり構えていてくれればいいんスよ。古都『ミヤコ』のど真ん中でヤラレちまったら、治安維持を任されるギルドとして致命的ッス!」



黒っぽい肌に肩ほどの長さしかない金髪、三白眼に赤い瞳が特徴の二番隊長、茶豆。



「茶豆の言うことも一理ある。簡単に局長がデスペナを食らうような馬鹿はしないと思うが、気を付けてもらいたい」



前髪以外がショートカットされた赤い髪に対し、瞳は青色で灰色に近い肌をした三番隊長、みみみ★みーみみ。



「その前に~、ぼくらにもメッセージ送ってくれないと仕事にならないよ~」



濃い灰色の肌に青い短髪とエメラルドグリーンの瞳をした小柄な八番隊長の東雲(しののめ)



「あと局長はお供のNPCがいないんだから、ひとりで見回りとかやめてよ。っていうか、私達から借りればいいんだから召還して。何のためにNPC(この子達)を育ててるかわからなくなる」



花魁(おいらん)と見間違う服装に白に近い肌色と色っぽい仕草をする、桃色の長髪を後頭部で団子結いにして鼈甲(べっこう)の櫛を挿した美男子は、九番隊長の多聞(たもん)


注意しておくが、アバターは男性でも全員中身は女性。

ギルド長である、マノタカも然り。オッサンキャラが大好きで成りきりプレイを楽しんでいるだけだが、ときたま本当に中身もリアルの女性から告白されたりもするほど演技派だ。

ついでに、何番隊長とはイベントなどで警備をする際の隊列を組む時の呼び名だったりする。特に年功序列はない。



「で、お前ら。メッセージ寄越せと俺に言ってる間に一件来てるぞ?」



マノタカに言われて四人はようやくコンソールウィンドウを開いた。



「あ。これ、橘花からッスね?」


「ふむ。西地区で乱闘騒ぎ有り、か」


「フィールドに逃走後~、四番隊が半数捕縛。五番隊が残党をフィールド上で追跡中~」


「街へひとり逃走。広場に向かったからソッコー捕まえて! ……だってさ」



メッセージが届いた記録は三分前。

沈黙が落ちる。



「既読スルーかっ、とか橘花に言われるッス!」


「だが、こっちも仕事で出ているのはわかっているはず」


「そうだよ。た、多分、おそらく……わかってくれると思いたい」


「……でも、実際に違反者取り逃がした時に怒られたよねー。タッチの差で広場のゲートに逃げられてさー」


「あの時は副長(サブ)にも怒られたッスね……」


「こ、怖かったよね~」



怒ると怖い副長と橘花を想像して、右往左往する一行だったが……。


ピコン。

――橘花さんからメッセージが届きました。



橘花:『逃走犯にトラが拉致られた』



「はは、逃走犯にトラが拉致られた、だそうッス。……あ゛? んだとコラッ、どこのボケじゃ!」


「ふむ、トラたんを(かどわ)かし……だとっ!? どの馬鹿だ。戦争しようってんなら受けるぞ、あ゛ぁ?」


「トラちゃん拉致~……って、ぁんだとっ!? (たま)取られてぇのかコイツっ!」


「ちょっ、トラちゃん誘拐って――この糞野郎ブッ殺しに行くぞオイッ!」



正義の味方が一瞬にしてゴロツキまがいの集団に成り果てた。



 † † † † † †



赤いメイド服を着た森人族(エルフ)を担いだ男性アバターが、古都『ミヤコ』の入り組んだ街を駆け抜けていく。

人ひとり(巨人族(ギガース)竜人族(ドラゴニュート)などの例を除いて)を担いだ程度では重量制限に引っかからないフルプレートを纏った人間族(ヒト)のアバターは、徹底的に速さに極振りしたのか俊敏さだけは折り紙付きなのを見せつけるように追ってくる橘花をどんどん引き離し始めていた。



どうしてこうなった、といいたくなる状況だ。

トラストラムはただ巡回中の姉・橘花を探し出して自慢しようとしただけなのだ。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を。

フィールド上で見つけて仕事がひと段落したと判断して駆け寄ろうとした途端、横から現れた見知らぬアバターに当て身を食らい麻痺状態、なおかつ呪文封じ(スペルロック)までされて担がれた。


なぜ逃げるだけではなくトラストラムを担いで行こうと思ったのか逃走犯の行動は理解不能だが、どちらにしろ橘花には一般人巻き添えのペナルティが科せられるのは防ぎたかったりするので追いかけるのも必死だったりする。

逃走ルートでゲートを利用しようと思いついたのか、街に逃げ込むのを見てトラストラムは自力で逃げ出せるだろうと安易に考えホッした。


しかし。


フィールドから街に入ったのに拘束が解除にならないどころか、トラストラムにかけられた麻痺と呪文封じ(スペルロック)まで解除されていない。

そんなことができる可能性はひとつだけ。



「まずい、違反コード使用者かっ!」



五年前の混乱がようやく終息を見せたのを皮切りに、どこぞのハッカーが国のサーバーから侵入してちょっと中身をのぞいていったことが原因で、入手したコードを書き換え拡散。それをどこで手に入れるのか、面白半分に入ってくる馬鹿がいる。

いくらプロテクトを強化しようとも、基盤となる部分を全面的には変えられない。雨漏りするところから防いでいくしかなかったりしている。

不幸中の幸いだったのはハッカーが個人情報には興味がなかったのか侵入の形跡はなく、ゲームのアバターや戦闘システムのコードしかのぞいていかなかったところだろうか。

この件でさすがの一企業でも国のサイバー攻撃に対する弱体化に物申したニュースが流れた時期もある。


それよりも現状の不味さに橘花は、メッセージを慌てて送信した。



「あねきーごめーん! たぁすけてー」


「どこのヒロインだってのっ!」



逃走犯の肩に担がれた状態で後ろから追ってくる橘花に助けを求めているが、呪文封じ(スペルロック)の弊害でトラストラムの口からは幼稚な言葉しか喋れなくなっている。

フィールド上から全力で追いかけてきているにも関わらず手が届かない苛立ちと焦りを我慢しているところにのほほんとした声で助けを求められれば、「わかってるから黙ってろ!」と吠えたくなるものである。相手には理不尽だが。


それはともかく、特攻特化で速さに自信を持つ橘花でも違反コード使用者には事実、敵わない。上限がレベル十と定まっている者が、上限無制限の者と相対して勝てるわけがない。

昔に読んだ小説にあったチート転生物の脇役を体現している気分だ。


ピコン、ピコンと鳴った着信を横目で確認すれば、捕縛完了という四番隊と五番隊からの簡潔な報告だった。

そして応援に向かうという追記もあった。

なのに、ギルドで休んでいるはずの二、三、八、九番隊からの連絡が全くない。



「っていうか、あいつら私からのメッセージを見てないのかぁあああっ!?」



返信すらないことに苛立ちをブチ撒き始める。

逃走経路として【ミブロ】の警邏用常駐アバターがいる城内のゲートより広場のゲートを使われる確率が高いのだから、街の中に拠点があるギルドから出撃して広場を固めてくれていれば問題はない。

広場で迎え撃ってくれれば挟み撃ちできるのだ。



「武器チェンジッ、村雨っ!」



橘花の腰に佩いた刀が変わる。

素早く抜き放ち、横薙ぎに一振り。

刀の軌跡を水が描き、その斬撃が逃走者の背後に迫る。


逃走犯は当たる瞬間に気づいたらしく、体を捻りかわす。

が、ダメージの表示が出た。ゲームのシステムが当たったと判断したのだ。


逃走するアバターの脇腹の服が裂ける。リアル追及の演出だ。

攻撃による反動無効コードは組み込んでいないのか、体が傾きふらつく。



――やはり、違反コード使用者だ。



取り締まる側である橘花の一撃を食らって強制転送されないのは、違反コードを使用しているからに違いない。

即座にGMへ緊急連絡のメッセージを打つ。

ギルド【ミブロ】からの要請で、一時的に違反コード使用者用の捕縛システムを作動してもらうためだ。

個々のギルドメンバー全員の武器に違反コード使用者用のシステムを一時的に課すことが不可能(多数所持する全武器に付与、または武器チェンジの時のシステム切り替えが難しい)なため、捕縛用の縄で捕まえるという条件(縛り)があるがアバターとアカウント情報をGMに転送されるだけでなく、即座にアカウントの強制停止すらできるGMの管理下に置かれる。

もし捕まった者が違反容疑を否認しようともデータログを見れば、橘花の攻撃を受けてなお転送されない事実があったのだから逃げられないだろう。


体勢を立て直して再び逃げ始めた際に何か落としたように見えたが、追っている橘花はトラップの類と判断してとっさにそこを避けて通った。

マップ表示を見て段々とゲートのある広場に近づいていることに気づき、焦りが生まれる。



「いい加減に捕縛されろ、この野郎!」



もうひと当て。

村雨を薙ぎ払うように、しかしトラストラムには当たらないよう注意しながら水の斬撃を放つが、やはりダメージ表示がされるだけで強制転送はかからない。

いよいよ逃走犯が広場へ続く道の建物を右へ曲がろうとした時――。



「どりゃあああああっス!」



怒号に近い声と共に茶豆が横薙ぎに振った太刀にすっぱーん、と腰を境に上下が泣き別れし、そのままの状態で地面に転がる逃亡者。

走っていた勢いがついたまま放り出されたトラストラムは、空中で一回転したところを多聞に受け止められた。



「トラちゃん、無事でよかったー。もうっ可愛いトラちゃんに何かあったらどうしようかと思ったよ。……で、ウチのアイドルに手ぇ出すたぁいい度胸だ。そこの人間族(ゴミ)、いっぺん死ぬかオイッ!」


「……こ、怖いですよ。多聞さん」


「あ~もぅっ! こんなに怯えちゃって……今すぐ片づけるから待っててね、トラちゃん。さぁて、とりあえずHP削って小回復させるのを繰り返して、死にたくなるくらい精神ゴリゴリすり潰してやろうか」


「槍技のチャージを笑いながらしないで下さい。というか目が笑ってるように見えません、東雲さんっ!」


「もう安心していいトラたん、目を瞑っていれば怖くない。さて……コヤツめ、どこの部位から潰してやろう。一本ずつ爪をはいで指を潰していっても尚足らぬ! 手始めに貴様のブナシメジを切り落としてくれるっ!」


「みみみさーん、怖いです。そのセリフは目を閉じてても怖いです! そして痛いです、男としてっ!」


「わー、みんな怒髪天ッスよ。トラストラムちゃんがほっぺにちゅーしてくれたら、正気に戻ると思うッス」


「状態異常なら俺より回復アイテム使ってください、茶豆さんー!」



トラストラム奪還成功で敵対者に容赦ない態度を示す【ミブロ】の面々。

これが通常運転である。



「そいつ違反コード使用の疑いがあるから、強制転送はよっ!」



追いついてきた橘花の叫びにハッとして逃亡者を凝視すると、茶豆の武器で成敗されたにも関わらず姿が消えずに残っている。

本来なら先ほどの茶豆の一撃でも強制転送完了なのだが、橘花も慌てていたこともありギルド内のメッセージで拡散していないうえ、茶豆達も状況を知らなかったのだから仕方がない。



「ヤバッ!」



橘花の声に一番近くにいた茶豆が慌てて縄を出し逃亡犯の体にかけるが、スコンと通り抜けた。

刹那、逃亡犯のフルプレートの体がバグを起こしたようにごつごつしたポリゴンとなり、そのまま黒く変色する。

その場にいる全員が絶句。



――捕縛失敗である。



本来あるべきアバターがデータごとごっそり抜け落ちたせいで、その空間部分が修正できずにポリゴンむき出しのまま残ったのだ。

もちろんアバターがログアウトを正当な手順を踏めば、アバターがいた分の空間を埋めるようにシステムが働くのだが、クッキーの型抜きのようにその空間ごと違法なログアウトをされたから黒いポリゴンの塊に見える空間ができたわけで……。

つまり、トカゲの尻尾切りをされたわけだ。


マップから点で表示されていた目標も消えた。



「あーあ、逃げられちまった」



団員達から預かったNPCで広場の包囲網を展開していたマノタカが煙管(キセル)を吹かしながら呟いた。


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