第4話
ログアウト後、睡眠をとり遅めの昼食を済ませて戻ると、PC画面の下に呼び出しのメッセージが届いていた。
橘花はすぐに開き、差出人を確認する。弟であり、長男からだった。
内容は狩りのお誘い。古都のゲート広場で待つという。
同じ家に住みながらも、電子メールやメッセージでのやり取りが日常茶飯事になっている。仲が悪いわけでも、顔を合わせたくないわけでもない。
ただ、社会人になって生活時間帯がずれたため、連絡手段が自然とこうした形にシフトしたのだ。
もちろん、呼びに行くのが少し面倒だと思う気持ちも隠せない。
「もう一度潜るから大丈夫」と返事を打ち込み、橘花はダイブギアを装着した。
暗い視界が満天の星空へと変わる。青白い『Pandora Ark Online』の文字が中央に浮かび上がり、宇宙の果てから恒星が顔を出すような壮大な演出に胸が高鳴る。
ゆっくりと視界は白く染まり、次第に黒い点が線を描いて流れていく様は、まるで未知への旅立ちのようだった。
やがて晴れ渡った空の下、青い海と森に覆われた大陸、浮遊島が見えてくる。鳥になった感覚で空を滑るように飛び続ける。着陸はまだできないが、この空中散歩は彼にとって日常の合間の束の間の非日常だった。
「メニュー。アバター選択『橘花』、転送、古都『ミヤコ』!」
慣れた声に少しの緊張も混じるが、それもゲームが始まる合図に変わった。
景色は一気に加速し、森も山も飛び越え、街の上空から滑らかに落下して着地する。
初めてこの落下でゲームを開始したときの衝撃を思い出し、思わず苦笑いが漏れた。
目的地のゲート広場に降り立ち、橘花は周囲を見渡す。
古都『ミヤコ』――日本の京都を模した街並みは、懐かしくも新鮮な風景だった。瓦屋根の建物、庭園、錦鯉の泳ぐ池、そしてゆっくりと回る金縁のゲート。
この場所に立つたびに、彼女の心は少しだけ安らぐのだった。
広場には多彩な人々が集まっている。メタルプレートの傭兵、紫の魔法使い、色鮮やかな浴衣の女性……種族も人間族、獣人族、鬼人族、竜人族と様々だ。
その中で、橘花の目を引いたのは、一人の赤髪の森人族の女性だった。
肩までの赤い髪に合わせた赤黒のメイド服、透き通るような健康的な肌、そして長く尖った耳。無表情ながらも、どこか気高さを感じさせるその姿に、思わず立ち止まってしまう。
彼女の頭上には「待機中」の文字が光っている。
何人かの男性アバターが声をかけては断られていた。彼女は首を横に振り、手を振って意思表示をしている。
橘花も近づき、声をかけた。
「へい彼女、俺で妥協しない?」
彼女の赤い瞳がじっと橘花を捉える。
「何言ってんだよ、姉貴」
彼女は壁から体を離し、待機モードを解除した。
頭上の表示は「待機中」から「トラストラム」と名前に切り替わる。
トラストラム――彼女が待ち合わせていた長男だ。




