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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
アルミルの街編
35/134

第35話

「……身分証の提示を」


やっぱり、と思わず呟いた。

街の門には兵士が常駐していた。橘花の前には荷物を積んだ幌馬車が通り、商人らしき者の通行証を確認しているところだった。


橘花に声をかけたのは、年齢からするとマノタカが好みそうな、ちょっと怖そうな中年の兵士だった。


橘花を見るや否や、兵士の視線は穴が開くほど凝視する。

「やっぱり鬼人族は珍しいのか」と思いながら、笑顔で問いかけると、ようやく兵士は再起動したように口を開いた。


「すまないが、身分証は持っていない。修行の旅をしていて、そうしたものは携帯していない」


「冒険者ギルドのものもか?」


「ああ、生憎だ」


「……まぁ、鬼人族だからな。とりあえず仮身分証の発行と、通行税として五百ウルが必要だ。それと……おい、ラウト。こいつを聴取室へ連れていけ」


考えていたよりも面倒なことになったと背筋に冷や汗が流れる。


(聴取室って何だ? 五百ウルって何円くらいなんだ?)


単位がトリクとは違うため、手持ちのトリクからいくら渡せばいいのかまったく見当がつかない。

とりあえず五百円玉に似たトリクを一枚差し出した。


兵士はそれをじっと見つめている。何か問題でもあるのかと不安が募る。


沈黙が続くのが怖くなり、もう一枚渡そうかと迷っていたその時、ラウトと呼ばれた青年が現れた。

橘花のアバターと同じくらいの年齢で、青い髪をしている。


ラウトに連れられ、橘花は聴取室へ向かうことにした。

聴取室とは、仮身分証発行のため来訪理由や過去の犯罪歴を調べる部屋らしい。


橘花に何も疚しいところはない。

堂々としていれば問題ないと、いつものゲームでのノリで臨む決意を固めた。


「名前は橘花。鬼人族の男性で、旅の目的は必要なアイテムの補充と観光です」


「数年前はこんな壁はなかったと思うのですが、この街がどう変わったのか見たくて来ました」


「へぇ、やはり貴方は五年前の厄災時に活躍された鬼人族の方ですね」


「どうしてそう思うんだ?」


「そうでなければ、この街の壁が築かれる前の姿など知らないはずです。あの厄災のときに要塞があったのも、ここから南方が意外に近いからです」


「そうなのか……」


橘花は顔にも声にも出さず、笑顔で誤魔化した。


「自分の弱さを痛感したから、こうして修行の旅を続けている」


「立派ですね。私たち人間族は、住処の再建に手一杯です」


「それも大切なことだろう。同時に、他種族の交通や貿易の拠点としての役割も果たせるはずだ」


「あ、ありがとうございます」


当たり障りのない返答を選んだつもりだが、ラウトは橘花の言葉に照れたように目を逸らした。

それじゃダメだろう、門兵。嘘を見抜かれたら橘花自身が困るが、ちょっとしたことで照れてちゃ仕事にならんぞ。


「あー、どうせなら冒険者ギルドに登録するか。街に入るのに毎回このように留め置かれ通行税を払うのも馬鹿にならんしな」


「そうですね。では私が案内しましょうか。あと一時間ほどで仕事が終わるので、それまで待てるなら」


「いいのか? 私も地理には疎いから頼みたい。あと、モンスターの皮の買い取りや換金してくれる店もあれば助かるんだが」


「知り合いに商人の子がいますから、そちらに頼んでみますか?」


「ああ、頼む」


ーーーそれから、きっかり一時間後。


ラウトに連れられて街の中心部へ歩みを進める。

見慣れた家並みの中に、ひときわ目立つ大きくて立派な建物が現れた。

橘花の胸に自然と緊張が走った。

初の街でのフラグ回収がどこで起こるかワクワクする。

絡まれるのはきっと冒険者ギルドだろうから、ここはきっと買取拒否とかかなー、と安易に思っていた。


扉を押し開けると、ひんやりとした空気に包まれた室内。

「カラン」と鳴るベルの音が静けさを切り裂く。来客を知らせるその音に、自分の心臓の鼓動が重なって響いた。


「なによ、ラウト。また邪魔しに来たの?」


聞こえた声に、橘花の視線はぱっと向けられた。

そこに立っていたのは、茶色い毛並みの獣人。瞳は金色に輝き、その愛らしさに思わず心がふわりとほどけそうになる。

ラウトが口を開く。


「久しぶり、ミーシャ。今日はお客さんを連れてきたんだよ」


橘花はその猫獣人の動きひとつひとつに目が釘付けだ。

モフモフの耳、ふさふさの尻尾。触れたい、抱きしめたいという衝動が胸の奥で静かに膨らんでいく。


――こんなにも可愛らしい存在が、この世界にいるのか。


思わず唇が緩んだ。


でも、心のどこかにほんの少しだけ緊張が残る。

ここからが本当の戦いの始まりだと、知らず知らずのうちに自分に言い聞かせていた。

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