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第3話

お待たせしました。

説明ばかりで話が進んでいませんが、暇つぶしにどうぞ。

第2話目からの「耳長族」を「森人族」に修正しました。

人間の膝丈まで生い茂り育った草をものともせず、草原を疾走する影があった。



影が目指す先には四足の獣の姿。

赤茶色の体毛に全身を覆われた狼――レッドウルフと呼ばれるモンスターで、体長は人間の大人ほどもある。

それも一匹ではない。数頭の群れだ。


その群れは何かを囲むように集まっている。

牙で、爪で何度も攻撃を仕掛けているようで、中心一点に飛び掛かっては離脱を繰り返していた。

獲物を襲っているのだろう。


草原を疾走していた影はスピードを落とさないままレッドウルフの群れに突進し、接触する数メートル先で背中に背負っていた大剣の柄を右手で握り抜き放つ。

同時に直進ルートにいるレッドウルフ(障害物)数体を薙ぎ払う。

獲物に集中していた中心のレッドウルフは襲撃者に気づくのが遅れ、振り返りソレを敵と認識した時には相手に生殺与奪権を取られたあとだった。


二メートルを超える体躯に重厚な鈍色の鎧を身に纏う戦士――重戦士――が、相対するレッドウルフを左手に持った身の丈の半分ほどもある盾で弾き飛ばす。


突進するように群れるレッドウルフを再び大剣で薙ぎ払いながら、群れの中心へと突き進む。

最後の一振りでその場にいる数体を纏めて斬り伏せると、残りのレッドウルフは重戦士を警戒して距離を取る。


今までレッドウルフが群がっていた中心に背を向け、重戦士はレッドウルフの前に立ちはだかった。



「無事?」


「な、なんとか……」



敵が距離を取ったとはいっても周囲のレッドウルフを警戒しながら、重戦士は盾を構えつつ背後の存在に問いかけた。

今までレッドウルフに囲まれていたのは赤い髪の赤いメイド服を着た森人族(エルフ)……トラストラムだ。

あちこち噛みつかれてメイド服もボロボロになっている。



「そこどけ、オラァアッ!」



そこに特攻の勢いのまま銀髪の鬼人族――橘花がレッドウルフを数体纏めて刺身にしながら突っ込んできた。

二人の周囲にいる敵を纏めて屠ると、そのまま残党に斬りかかっていく。

さすが古参のアタッカーだ。手加減なしでバッサバッサ斬り伏せていく。



「来てくれてさんきゅー、月!」



トラストラムが礼を言うと、溜息まじりに月と呼ばれた鎧の戦士が振り返る。

数秒遅れで「いやっふー!」と橘花の奇声もとい歓声が聞こえてそちらを見れば、最後のレッドウルフを上空に斬り上げて落ちて来るたびに斬り上げて……、と繰り返して遊んでいた。

攻撃中と認識されている間はHPがない状態でも敵の体がフェードアウトして消えることはない。

それを利用して橘花の日頃のストレス発散代わりにされているレッドウルフが憐れだ。


状況からしてすでに戦闘は終了とばかりに、重戦士は頭部の防具を外す。

防具の下からは厳めしい緑の蜥蜴(とかげ)に似た顔が現れた。

後頭部から背中線上に鬣状(たてがみじょう)の刺々しい飾りが生えていて、鎧の尻の辺りから出ている太い尻尾の先まである。

竜人族(ドラゴニュート)だ。



「メッセージをもらったからね。着いた途端、戦闘に入らなきゃいけなくなるとは思わなかったけど」



そう軽口を返す月と呼ばれた竜人族(ドラゴニュート)のアバターの彼、実は橘花の弟で次男だ。

起き掛け届いていたお誘いメールを受け取り、朝から何やってんだ姉ちゃんたち、と文句を言いつつ仕事前にインしてきた。

姉達と同じ時期にゲームに参加して竜人族(ドラゴニュート)を選択し、重戦士の職を選んでいる……のだが。



「ちょっと動かないで……ハイヒール!」



ガントレットをはめたまま翳した手から放たれる淡い癒しの光が、トラストラムの体を包んでいく。傷の回復だけでなく服までが元通りに修復されていく。

月は主職(ジョブ)重戦士(タンク)なのに、副職(サブ)神官(回復役)だったりする。

姉と兄が副職も特攻・攻撃特化していくせいでPTを組む度に回復をアイテムだけに頼る状況を危険視した彼が、この副職を自ずと取らなければならなくなったのは言うまでもない。

損な役回りだ。

発散しきったのか、特攻していい汗かいたとばかりに橘花が戻ってきた。



「ツッキー、お疲れー。いいタイミングだったじゃん。最高に格好よかったよ」


「はぁ。お願いだからさぁ、もうちょっとオレの負担とか考えてくれない?」


「そうだぞ姉貴、もうちょっと考えろって」


「兄ちゃんも。魔法職特化種族なのに弱ヒールしか使えないとかやめてくれないかな?」


「……ハイ」



弟の月に窘められたトラストラムは項垂れて静かになる。



「久々に三人揃ったんだから固いこと言うなってー。楽だろ、役割分担があって」


「それで重戦士(盾役)のオレが後方支援で回復役ってのがわからない」


「トラストラムだって後方支援だろ?」


「兄ちゃんは攻撃特化。それに姉ちゃんがロックゴーレムに特攻してから『ヒャッハー! 俺の実力をとくと味わうがいい!』とか叫んで新作武器片手に、レッドウルフに突撃して行ったんだよ」


「え、月が駆けつける前だろ。なんで知ってるの?」


「こっち着いて姉ちゃんにPT申請受理してもらってログ見た。意気揚々と叫んで武器チェンジの流れから、何かまずいなーって思って駆けつけて、さっきの状態見て状況把握」


「あー……そういえばなんか爆発があったな。それでこの(ザマ)か。で、トラ何それ新作?」



月の言葉に橘花が水を向け、それを聞いた途端に俯いていた顔をガバリと上げて(くだん)の新作武器を自慢げに掲げるトラストラム。



「フッ……よくぞ聞いてくれた。俺様の、俺様による、俺様のためのこの新作武器! 見よ、この美しく堂々たる姿! 目の前の敵を焼きつくし薙ぎ払う地獄の使者を思わせる恐ろしいまでの威力を誇r……」


「いいから、説明はよ」


「……ハイ」



橘花にまで一蹴され、トラストラムは渋々手にした新作武器の説明に入る。

トラストラムの扱うのは銃火器類だ。

彼女、森人族(エルフ)じゃないの? 主力武器は剣や弓矢じゃないの? という疑問の声が聞こえてきそうだが、本当なのだから仕方がない。

主職(ジョブ)が狙撃手、副職(サブ)が魔導師だ。どちらも火力重視である。


戦うメイドさんを地で行っているのだと本人はEほどともHまでとも噂されている無駄にある胸を張って公言しているし、森人族(エルフ)だから森は大切にとか言う常識は鉄クズ置き場に置いてきた。

現にさっき勢いで突っ込んで行った時に、近くにあった森の一部まで焼き払ってしまっている。


新作の銃はリボルバー式だが、一発一発が強力で着弾と共に燃え広がり、面で焼き払う仕様になっている。その面積は、扇状に広がる前方約五百メートルだ。

敵が密集しているところに撃ちこめば効果は抜群……なのだが、小さく素早い敵相手に使うと散らばって回避されるので倒せる数は少ない。


こういったモノは大型のボス(クラス)の方が体表面の面積が広い分は当たるし、第一その辺のモブに使うにはオーバーキルだ。

だいたい専用の弾が必要なので、弾が切れてしまっては鈍器代わりぐらいしか役に立たない。

そして、モブでありスピードもある生き残ったレッドウルフに数で押され先程の有り様である。



「この新作は一昨日、姉貴と【ミブロ】の皆さんと行った上位竜虐殺(凄惨な)現場から取ってきた素材で作成したやつ」


「え、なに兄ちゃん【ミブロ】の姐さん達とクエストしてきたの?」


「フッ……あと上位竜を残り二百匹討伐すれば俺は完全に目的を達成できるところまで来ている。俺にかかればこんな数、あと数ヶ月で……」


「トラ、数ヶ月もかかるのに胸張って言うな」


「そうだね。仕事とかの時間配分で考えても上位種二百でいいならサクッと一週間で終わらせないと……で、兄ちゃんは何が目標なの?」


「ああ。実はトラの奴さ、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号が欲しいんだって」


「ふーん。それならオレも持ってるよ。上位竜千匹単独撃破でしょ、アレの条件」


竜人族(ドラゴニュート)のお前がそれ持ってるのってシュールだな」


「何言ってんだよ、姉ちゃん。あっちモンスター、オレPC(プレイヤー)



言葉を引き継がれて橘花と月だけで話が進んでいく。

兄弟の中でひとり持っていない上、ダメ出しされたトラストラムが「くそっ、俺は、俺の実力はこんなものじゃぁ……っ!」とひとりブツブツ項垂れて呟いているだけだ。



「称号取得で思い出したけど、今度のPAO十周年祭りのステージで踊ったり歌ったりする人を運営で募集してた。抽選だけど参加者には何か称号もらえるらしいよ。応募してみない?」


「うーん、オレも参加してみたいけど歌はちょっと……」


「フッ、弟よ。歌って踊れるアイドルなんて当たり前の時代だが、一般人でもできないことはない。俺は上位竜を討伐しまくって竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を手にするっ! だから、お前も自信持って応募して来い!」



自分の世界に浸り項垂れながら聞いていたせいだろう。

称号取得という話を聞きかじって応募を迷う弟に対し兄として発破をかけたかったのか、自分の上位竜二百匹討伐の目標を掲げたトラストラム。

当然、側にいる兄弟たちからツッコミが入る。



「兄ちゃん、だから抽選なんだって。選ばれるのに自信とか関係ない」


「え」


「あのな、トラ。それを言うなら戦ってドジれるアイドルだろう、お前は」


「は。なにそれ」


「ほら、さっきみたいに突撃してって弾のストック忘れて囲まれて輪●(まわ)される」


「姉ちゃん言い方が卑猥ー」


「いいんだよ。それに、ちゃんと漢字は伏字にした。でもトラは卑猥な方が好みだもんな?」


「好みじゃないし! 好んでないしっ!」


「まぁ、兄ちゃんは純情っぽく見せて、アバターの服でスク水とか大事なとこしか隠してない服とか持ってるしね。あと半年前だっけ、妊婦バージョンになって【ミブロ】の姐さん達に「腹の子の父親は私だ」って認知されまくってたの」


「な、なんで知ってんだよ、月! 確かに【ミブロ】の皆さんに勝手に認知されてたけど、中に誰もいませんよ! つか、妊婦バージョンはお世話になってる局長(ギルド長)さんのリクに応えただけだ!」


「大丈夫だ、トラ。コスのことは、もう知ってる」


「ガーン! 俺の男としての矜持がぁああああっ!」


「というか、兄ちゃん。男って言うより、もう男の()でしょ?」


「ガーンッ! 兄としての矜持までもがぁあああっ!」



アバターが女性ということからして、すでに男やら兄やらの矜持もなにもないと思うのだが。

精神ダメージを受けて崩れ落ちたトラストラムの頭を「はいはい、墓穴掘るドジッ子属性はパッシブスキルだもんねー」と橘花が慰めつつ撫でてやる。

橘花が「次どうするー?」と月に声をかけ、ふと見ると何か考え込んでいた。



「どうした?」


「んー……いやさー、PAOが十周年祭りってことは、あれからもう五年になるんだね」


「何が?」


「“あの事件”からの経過年数」


「……ああ!」



月の言葉で思い出した事件に、橘花は苦笑する。

あの時も、こんな風に三人で狩りをしてふざけ合いながらプレイしている時だった。




五年前――全世界の精密機器が一斉に停止した。




何が原因か、どうしてそうなったのか。

仮説だけが乱立して未だに原因は突き止められておらず、誰もわからない。



「今でもオカルト染みたことが原因だと言ってる人達がいるんだよね。あと異次元とぶつかり合ったからだとか、繋がったからだとか言ってた人もいたし」


「現実的な原因として、太陽の表面で起きた爆発が原因とか言ってた人もいたよね。太陽嵐だっけ? でも、変電所とかは無事だったって聞いたんだよね。実際に全世界に影響を与えるほどの太陽嵐だったなら、変電所とかがが爆発してるだろうし……んで、そんな五年前のこと持ち出してどうした?」


「ちょっと思い出しただけ。喉元過ぎれば何とやらで、最初はダイブギアは危険とか言われて倦厭ムードだったのに、みんないつの間にか忘れて戻ってきたよなーと思って」


「人間そんなもんだって」



事件当時、ダイブギアでゲームを楽しんでいた人々はいきなり強制ログアウトされた。

その時、現実世界(リアル)では大規模な停電で交通機関が麻痺し、誰もが手持ちの通信機器を操作したり、行政の窓口に押しかけ情報を得ようと躍起になっていた。

だが、電話も使えずネットも繋がらず……人々は何が起きたかわからないまま三日が過ぎ、ようやっと政府から自衛隊を使って齎された情報でこの現象が全世界で起きているとわかった。


高性能と謳われる精密機器が停止しているのに何が情報を伝えたのかというと、昔のモールス信号でのやり取りがその情報を伝えていた。


日本では新幹線は緊急停止。在来線などの列車も軽く車体が接触する事故などがあった。

ちょうど空を飛んでいた飛行機に乗っていた人達は、着陸を急ぐ機体同士がニアミスを起こしかけたり、また緊急着陸を体験して冷や汗ものだったという。

のちに「地球が静止した日」と呼ばれるこの事件は、奇跡的に死者は出ていない。


今思えば、ダイブギアを使用していた人達は九死に一生を得た。

この危機を回避したのが『緊急隔離プロテクト』と呼ばれるもので、急な電圧低下や通信途絶で人間の脳が一気に処理しきれない情報をつぎ込まれないよう、内部電源のみで意識の保護と緊急隔離を行うもの。

ダイブギアの通信途絶などは電話中に通話が切れるのと違い、意識は電子の海の中だ。膨大な情報の中に放り出されたままになる。

情報が入って来なくなった脳は防衛本能で、周囲の情報を集めようとする。

すると、目も耳も感覚すら現実世界から遮断された状態なので、必然的にダイブギア内に残る情報群が一気に流れ込んでしまう。


処理しきれない情報に脳が耐え切れるわけがない。

脳が焼き切れるなどということにはならないだろうが、何らかの後遺症が残るなどして今まで通りの生活が送れるか保証が出来ないのだ。

意識を守るためのプロテクトが働いて強制ログアウトがされなかった場合、下手をすれば意識が戻らないままだった可能性もある。


これはダイブギアを開発した製造元が作った当初から、人への安全対策として初期型から装備していた対策だった。

整備が行き届き、山奥の村や町までネットが繋がる。

ましてや普通に暮らしていて停電してもすぐに復旧され、停電が1時間も続くなんて滅多に起こらない現代。

周囲からそこまで深刻に考えなくてもと笑われながらこれをつけた安全対策課の課長さんがいて、のちに表彰されることになったニュースは記憶に新しい。

彼のお陰で、五年前の非常事態にダイブギア使用者が誰一人植物状態にならずに済んだのだ。

橘花やトラストラム、月だって例外ではない。何もわからないまま意識不明になっていた可能性があった。


そして、事件が終息に向かう中で判明したのが、ネット上のデータの消失。

『緊急隔離プロテクト』がなければ脳科学や心理学などの面から見ても、下手をすれば本当にゲームと一緒に意識が消失していたかもしれないのだ。

その為、一時期ではあるがダイブギアが倦厭されていたこともある。



「過信はダメだけど、年に一回ある『緊急隔離プロテクト』の更新は使う上での義務になったわけだし、しなくても強制で自動更新だから手間はないし、いいんじゃないか?」


「まぁ、そうなんだけどさ。よく危険視されて復活できたなーと」



世界規模の事件だったにも関わらず、倦怠されながらもダイブギアが強制廃棄されなかったのは、死人や意識不明者が出なかったということと、人間の持つ通信手段で真っ先にネットが復旧したからだ。


しかし連絡先が分かっていれば知り合いに連絡がつくものの、殆どの人は連絡先や個人データをネット上にスペースを作り保存していた。


先に言った通り、ネット上に保存されていたデータは消失していた。

災害などでデータが消えた時の責任は取らないと利用規約に記載されていたため、データを扱うどの企業もこの責任からは逃れ、各利用者は泣き寝入り状態になった。


そんな中で先にデータ復旧したのがPAOだった。

こんな時にゲームなんて……と憤る人もいたが、PAOを運営していた会社はあの事件の三十分前、新ゲーム開発のためにPAO内における個人から海外サーバー利用状況まで全データを保存しておいたらしい。

保存されたデータは、バックアップ要素も兼ねネットから遮断された部屋で厳重な管理のもとに置かれていた。それが幸いした。

事が起きる前の空白の三十分間に登録をした人は無理だが、それ以前に登録を済ませた人たちのデータはバックアップできた。


そこからは凄かった。


個人データもすべて残っていたおかげでゲーム仲間と連絡を取り合う小さなことから始まり、現実(リアル)では口伝えでPAOならゲーム以外の個人データ残っているという噂が広がり、その為あれよあれよという間に登録者が増えて各地域のコミュニティ掲示板と化した時期があった。

とはいっても、個人データを公表するのは勇気がいる。本名を晒して大丈夫か、逆に個人データを取られるのではという不安もあった。


そこでPAOは一時、政府が介するデータバンク、通信手段としても利用されることになった。

もちろん、事態が収束するまでのことでPAOが通常運営に戻る際、個人情報や通信に関するデータなど責任をもって破棄する契約が交わされてた上でだ。

ゲームとは別に電話やメールといった通信のみを利用したい人は、電話番号登録をし配布されるIDをもらえば使用できる。このIDは政府との取り決めにある期限が来ると削除されるものだ。


ただネックだったのは規制がかかり一人一アカウントだったため、利用を止めると一ヶ月は問答無用で利用できなくなる。

固定電話しかもっていない、携帯電話ひとつだけという人には間違って取り消してしまった時に泣きたくなる措置だったが、犯罪利用を防ぐためのものだったので諦めてもらうしかなかった。

そうした政府監視下のもとではあったが、次々に利用者が出てきた。


PAOの外国サーバーが立ち上がると海外に親戚・知人がいる人たちが登録し、利用者はさらに加速的に増えていった。

このデータバンクや通信網を利用するために、利用登録者数世界一位を記録したこともある。


一年もすると事態が収束し利用者数も減って、五年も経った現在は通常利用のオンラインゲームとして運営されている。


期間限定ID配布が始まった当初、間違ってゲームの方に登録してしまって右往左往している利用者をPAO内にある政府機関窓口に誘導するなど【ミブロ】も忙しかったが、今ではいい思い出だ。



「あ、そろそろ俺ヤバい。仕事の時間!」



懐かしいなー、と橘花と月が話している側で慌てた声が上がった。

がばりと起きあがったトラストラムがコンソールウィンドウにある時計を見てアタフタし始める。

橘花と月も時計を確認すると六時半を回っていた。



現実世界(リアル)じゃ、もうそんな時間か。トラ、早番だっけ?」


「そう、早番。うあー、これから飯作るとキツイー!」


「仕方ない。目玉焼きとベーコンとパン焼いてやるから、仕事に行く準備しろ。こういうところも抜けてるんだから、このドジっ子は」


「ドジっ子いうなー! でも朝ご飯はありがとう、頼むー!」



急いでログアウトしていくトラストラム。



「さて、私もログアウトするけど、月はどうする?」


「オレはもうちょっと遊んでから朝飯食う。オレは九時出勤だから」


「トラと一緒のメニューでいいか?」


「作ってくれるなら何でもいい」



両親もまだ健在だが、共働き。

自分達でできることや協力できることは、親に頼らず子供達だけでやる。

忙しい両親の背中を見て育ったためか、教えられずともそうした習慣が自然と出来上がっていた。


何だかんだありながらも仲の良い兄弟である。



「つか、姉ちゃんの出勤時間は何時?」


「ふふーん、今日は休日なのだー! いいだろう、羨ましかろう、ハッハー!」


「うわっ、ムカつく! てやっ、PvP仕掛けてやるっ」


「ちょっ、これから飯の支度しなきゃなんないんだよ。バカヤロー!」


「逃げるなら逃げればー? PvP履歴に離脱記録残るだけだしー」


「ちっ、私の戦勝経歴に傷をつけようなど片腹痛いわっ! かかってこい、イグアナッ!」


「オレは竜人だっての! 凄い確率で当たったレア種。古代種の血引いてる竜人なんだよ、このキャラ!」


「刺身にすれば同じだっての! お前の朝飯、納豆卵かけご飯にするぞ、コラァ!」


「オレが卵かかってる納豆嫌いだって知ってるよね。オレが勝ったら朝からサイコロステーキにしろよ、姉ちゃん!」


「ハハハッ、私に勝とうなど百年早いわっ!」



――ピコンッ。トラストラムさんからメールが届きました。



トラストラム:『ちょっと姉貴ー。ごはん、はよーっ!』





……仲が良いはずの兄弟である。

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