第28話
『異世界ミレヴェスタ』という名前は、この世界の住人であるザザンたちは知っていたものの、PAOの中には登場しない。橘花が所属するギルド【ミブロ】も彼らは知っている。
そこから導き出せる仮説は、この世界は誰かがPAOに名前を付けただけで、ゲームの本質的な部分は変わっていないのではないか、ということだった。
一晩が過ぎ、朝日が顔を出すのを眠そうな目で見つめながら、橘花は思う。
――ゲームから異世界召喚ものの小説なら、モンスターに襲われている村人を助けて、「ありがとう、元気でね」と軽いノリで始まり、運が良ければ第一の嫁候補をゲット。冒険者ギルドに新規登録して「俺TUEEEE!異世界サイコー!」みたいな展開が普通のはずなのに、なぜ自分はこんなハードモードで始まっているのか、と。
そう考えてしまうのも無理はない。
一晩中、できる限りの手掛かりを探し、可能な手段を講じたが、成果はなかった。
十年以上PAOを遊んできた橘花は、自分が過去に関わったイベントやクエストの履歴に、何かヒントや手掛かりがあると思っていた。
だが履歴をすべて読み返しても、『蜜病』という病名はどこにも出てこなかった。
疲労困憊のせいか、膨大な数の回復アイテムを片っ端から読み返した結果、もう頭の中がパンクしそうになる。
「……あ、これがもし十八禁ゲームだったら、エロ方面で解決法が簡単なんじゃね?ハハハ……」
現実逃避が頭をよぎるが、健全だろうが年齢制限があろうが、今は解決が最優先だ。
ネットの手助けがあれば簡単に調べられるのに、残念ながらこの異世界はネット対応していない。
それでも、できることはやった。
まずは衛生環境の整備だ。病人だけでなく、村全員分の着替えを用意するために、スキル『裁縫』を使った。
いま着ている服はすべて焼却廃棄してもらう。
メニューを開き、裁縫スキルで作れる服を見てみると、『村人の服』という項目があった。試しに材料と服の種類を選び、実行ボタンを押すと、思いのほか簡単にできてしまった。
ちくちく縫う覚悟だったため、このゲームの仕様には助けられた。
ただ、村に『村人の服』の材料はないため、すべて橘花の所持品から出している。
素材は和服の十二単にも使ういい反物で作ったため、かなり上等な服になった。出血大サービスの赤字覚悟だ。
「鶴の恩返しの鶴も、こんな風に夜通し反物を織り続けたんだろうな……」と何故か昔話の鶴に同情した。
「さっさと病人と村人全員分の服を新調させたのは、我ながら名案だよな。物資は少ないけど、服を燃やさないとマジで危ないし」
それから『蜜病』の特効薬に繋がるヒントが過去のイベントやクエストにないかと探したが、やはり手掛かりはなかった。
『万能草』を煎じて飲ませていたため、それが手掛かりかとも思ったが、『万能草』から作られる『上級霊薬』の効果に『蜜病』は含まれていなかった。
イベントやクエストも何度も見直したが、全く情報がない。完全に手詰まりだ。
そんな時、ペーターの声が響いた。
「よう。起きてたか、あんた」
「おはよう、ペーター」
「なんだよ、あんた大丈夫か? 今にも倒れそうな顔してるぞ」
「うん、大丈夫。わざとだから」
そう言いながら、橘花はアイテム一覧から『エネルギードリンク』を取り出す。
茶色い瓶に入った液体は栄養ドリンクに似ている。疲労回復の効果があるか試そうと、眠気を必死でこらえて飲み干した。
だが、疲労は抜けても眠気は消えなかった。想定外の結果だ。
「眠気だけ残るのか……ほかのアイテムも試したいけど、用法容量が不明だし、薬だから併用できるかも分からないなぁ」
ペーターが不思議そうに尋ねる。
「それ、どこから出してるんだ?」
これは普通のやり方ではないと感じた橘花は、「手品だよ」と誤魔化し、取り出す際には袖に手を突っ込むフリをした。
「で、朝早くからどうしたんだ?」
「村長に呼ばれてたから、来た」
「……朝ごはん、まだだから待ってよ」
呼ばれたと言われて気が重くなったが、行かないわけにはいかない。
さっさと朝食を済ませるために、アイテムから笹に包まれた『にぎり飯』を取り出した。味は梅、おかか、紅しゃけの三種だ。
ペーターはそれを珍しそうに見つめてくる。食べるか尋ねると、無言で頷いた。
なんだろう、意外に素直な子で可愛い。歳の離れた弟の月の幼い頃を思い出す。
無難に紅しゃけを勧めたのだが、「梅は大人の味だから」と橘花が言うと、ペーターは大人の味を選んだ。
途中で思わず涙目で食べているのを見て、相当美味しかったのだろうと微笑んだ。




