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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
気がついたら異世界編
27/135

第27話

(……この病気、どこかのクエストで聞いたような……)


記憶の奥で引っかかる感覚に眉をひそめながら、橘花は五右衛門風呂から上がった。

ペーターも最初は頑なに拒んでいたが、「我慢したら唐揚げ串三本な」の一言で観念。子供は素直でいい。


頭を洗ってやるついでに、妹の額にあった黒曜石のような飾り石のことを思い出す。まさか、と思ってペーターの前髪を掻き上げると――額に一本の角が隠れていた。


「……種族は?」


問いかけた途端、ペーターは大暴れ。「ハーフだよ! 悪いかよっ!」と泣きそうな顔。

唐揚げ串を一本渡せば、恨めしげに睨みつつも、もぐもぐと咀嚼する。やっぱり子供だ。


母は人間族だと聞いている。ならば父は――角の形からして鬼人族か。


「親父さん、鬼人族だな?」


沈黙。俯く肩が、かすかに震えた。


「……鬼人族って、戦闘力高いんだろ?」


「ああ。最強とは言わんが、強いさ」


「ふーん」


何かを計るような返事。その後、ぽつりと――


「おれ、薬師なんかやらねぇ。あんたみたいに刀を振るえる戦士になる」


「薬師の方が村には――」


「嫌だ! 父ちゃんみたいに角を折られて黙って従うなんて御免だ!」


声を荒らげ、自分の言葉に気付いて口を噤むペーター。

だが、橘花にはもう十分だった。角を黙って折られる――そんなことは鬼人族にとって致命だ。ゲーム内でも、敗北した鬼人族の角を折る演出があったが、あくまで演出だ。現実で行われたとなれば話は別だ。


「……何があった?」


その声音に押され、ペーターは渋々口を開く。語られたのは、耳障りなほど胸糞の悪い話だった。


――五年前、天変地異と共に現れた鉄の侵略者。見たこともない鉄の箱、降り注ぐ鉄の雨。

村で唯一の鬼人族だった父・トーマは、「角を差し出せば命は助ける」という条件で村人に差し出された。


殺されはせず奴隷として連れ去られたが、重労働に耐えられず死ぬ者が続出。

やがて【ミブロ】が要塞を急襲し、混乱の中で脱出が始まる。トーマは追撃を食い止めるため狭い通路で踏みとどまり、仲間を森へ逃がした。

その後、要塞は陥落したが……トーマは二度と帰らなかった。


「最初から戦えばよかったんだ。父ちゃんだって……」


ペーターの小さな拳が震えている。


何と答えればいいのか分からなかった。戦場も紛争も知らない橘花に、当時の村人の選択を理解することなどできない。

否定は簡単だ。肯定は……できなかった。


「……守り方ってのはな、色々あるんだ」


「あんなの守り方じゃねぇ!」


吐き捨てるように言い残し、唐揚げ串を握ったままペーターは走り去った。

橘花はその背中に、「湯冷めするなよー!」としか声をかけられなかった。


――篝火の音、川のせせらぎ、虫の声。

胸の奥に沈殿するのは、理屈じゃない苛立ちと、拭えない疑問。


「トーマさん……あんたは、何を思って角を差し出したんだ?」


村を守るためか、家族を守るためか。それとも――。


人間の弱さと醜さを、これでもかと突きつけられる。

あの少女は何も言わなかった。助けを求めることも、恨み言を吐くこともなく、ただ、橘花の手に小さな頭を預けた。

その重みが、やけに冷たく、そして痛い。


 「……義を見て成さざるは、勇なきなり……だったか」


パンッ、と頬を叩く。

強すぎた一撃が、皮膚の奥で鈍い痺れを残す。けれど、それでいい。痛みが、迷いを追い払ってくれる。


胸の奥に渦巻く恐怖が、熱に変わっていく。

やらずに後悔するくらいなら、やって死ね――その言葉が、自分の中で刃のように研ぎ澄まされていく。


仲間はいない。弟たちの茶化す声もない。

現実の自分がどうなっているかも分からない。

それでも――


今、この瞬間を、“橘花”として生きる。

逃げるためでも、自己満足でもない。ただ、守るために。


川辺の小石を踏みしめ、一歩、二歩と水際へ進む。

流れの音が背を押し、冷たい風が頬を撫でた。

その唇が、水音に紛れるように小さく動く。


「……けど、死ぬのは嫌だ。ちゃんと帰って、笑って終わる」

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