第23話
道すがら、代表らしき男――村長のザザンから村の成り立ちを聞いた橘花は、イベント対策を真剣に練っていた。
それはものすごく親切で丁寧、きめ細やかなケアを心がける意気込みだった。
この村にいる男たち――全員が元奴隷である。
ただし、正式に奴隷から解放されたわけではない。
住んでいた村が襲撃に遭い奴隷に落とされ、その後、運よく逃げ出した者たちがひっそりと森の奥に隠れ里を築いたのだ。
できるだけひっそり暮らしていたいだけだったが、運悪く森の外にある街の子供(あの少女)が辿り着き、貴重な薬草を根ごと持ち去ってしまった。
その薬草は、森を抜け四日かけて辿り着く街で高値で売れる貴重な資源であり、村の病人にとっても大切な薬だった。
少女が持ち去ったことを知った男たちが怒り心頭で罵詈雑言を浴びせてしまったのは、隠れ住まなくてもいい村にいる者たちへの嫉妬も混じっていたのだろう。
また、橘花に対しては、血が頭にのぼり気が高ぶっていたため、つい口に出しただけである。
犯罪行為に手を染めていなくとも、逃亡者=処罰対象という意識が強く、橘花の問いに黙り込んだのだ。
どちらにしても少女が盗人であり、逃がしてしまった橘花は罪悪感でいっぱいだった。
男たちの案内で、件の村に到着する。
見えた村は、野球場ほどの開けた場所に、お世辞にも綺麗とは言えない石造りの家が数十軒建っていた。
橘花を見た見張り役の若い男が剣を向け、村に入れば女子供たちから悲鳴が上がり逃げていった。
本日二度目の「え、ナニコレ」である。
確かに鬼人族は魔法職に適さず、魔法防御に弱いことで一般PCからはやや不人気な種族だが、最近のアップデートでHPが3分の1になったときに発動できる一定時間の魔法攻撃無効化機能が付いたことで多少使う人が増えている。
それに、街中で鬼人族PCを見た者は多いはずだ。
「少し尋ねるが、ザザン。この村の者たちは鬼人族を見たことがない者ばかりなのか?」
イベント発生中、武器を持ったPCを怖がる設定はあり得るが、橘花にはプログラムの設定で逃げているようには見えなかった。
しかも視線がまるで「人間らしすぎる」のだ。
腰の武器ではなく、橘花自身を見て恐れている――そんな行動だった。
あり得ないと思いつつも、尋ねてみる。
「子供たちは八歳が最年長なので記憶が残っているのかもしれません。村人の中には五年前の厄災を思い出す者もいるのでしょう」
「厄災?」
「あ、いえ、決して恐れているわけではありません。ワシらを含め、あなた方が命を賭して守って下さったことは重々承知しております」
橘花が首を傾げるのを見て、ザザンは慌てて訂正した。
あれ、やっぱり受け答えがPCっぽい。聞きたいのはそういうことではないのだが……口を挟む間もなく、再び深々と頭を下げる。
「あなた方【ミブロ】の戦士が、死力を尽くして鉄の侵略者からこの世界を守ってくださった。各国が壊滅し、我々が奴隷に落ちながらも家族と再会できたのも、こうして村を築き尊厳を保てているのも、圧倒的な戦力に屈せず果敢に挑み、捕らわれた亜人や人間を救って下さった【ミブロ】の方々のおかげです。そして初代局長の「義に厚く、武士道を常に心に!」は次代局長にも受け継がれていると聞き及んでおります」
【ミブロ】の戦士が死力を尽くした?
鉄の侵略者?
各国が壊滅?
初代局長って誰?マノタカさんのこと?
次代局長って誰?知らないし。
ザザンの返答は、橘花に疑問しか生まなかった。
それにアンタの仲間にも、私を化け物呼ばわりした奴がいたんだけど、本当かよ?と聞きたいが、今は話を拗らせるわけにはいかない。
とりあえず、リアルでも得意な日本人のスルースキルを発動する。
秘伝技、後回し。いや秘伝でもないけど。
「しかし、村の事情はわかったが、ひとつ聞きたい。なぜ私を村へ連れてこようと思った? 隠れ里なら私は危険要因のはず。背後から襲うこともしなかったし」
「襲うなどとんでもありません!あの浅葱色の羽織は戦士の証。【ミブロ】に非道な方がいるはずがない。現に、こうして会って間もない、縁もゆかりもない我々の村に手を貸そうとしてくださる」
「うん、まあ……そうだけど……(イベント設定とはいえ罪悪感からやってます)」
十年続けている橘花でも、発生条件も不明なこのイベントの中盤にどう進めばいいか、終了条件もわからず模索中。
話の内容は重く、誰得なイベント真っ最中であることだけはわかった。
しかも、ギルドメンバー全員でやるクエストをひとりで受けている可能性も出てきた。
(こりゃ手に負えないクエストだ。クリアできずに死に戻りだけは嫌だ……)
ギルドメンバーで請け負うクエストもあれば、ひとりで受けても問題ないものもある。
逆に一定人数が参加しないと発生しないクエストや、ギルメン全員が生存していないとクリアできないものもある。
発生条件も必要アイテムもクリア条件も不明。
わからないことばかりで、手がかりすらない。運営とGMは一体何をさせたいのか。
パンドラ・アークでも意地悪なイベントは何度かあったが、人の良心を揺さぶるタイプは数回しか経験がない。
が、二度とやりたくない。
橘花は、あそこでオッサンを斬らなくて本当に良かったと心から思った。
イベントの話とはいえ、自分の勘違いで罪もないNPCを殺し、村を滅ぼすのはトラウマでしかない。
変な分岐は作らないでくれよ、と心の中で運営とGMに叫ぶ。
ザザンの呼びかけに、恐る恐る村人たちが近づいてくる。
橘花が【ミブロ】の戦士で村の現状を助けに来たと知ると、村人たちは歓声をあげた。
どうやら鬼人族=怖い、ガクブルというイメージが根付いてしまっているらしい。
それは同族である【ミブロ】以外の鬼人族が街中で暴れているのを見たせいだろう。
なんというか因果応報……悪いのは街で暴れているPCたちなのだが。




