第21話
「まずいまずいまずいっ! しらす御飯さんに説教される……」
橘花の問題意識は少しズレているが、一週間前の地獄の折檻が頭をよぎり、なんとか無事に帰る方法を模索し始めた。
「あっ! そういえば、ショートカットアイコンからはアクセスできたよね!?」
さっきまではメール画面を開き、文字を打ち込むこともできた。
ならば倉庫もショートカットから開けるはずだ。
「出てこい、『アイテム』!」
目の前にポンと現れたのは、間違いなく倉庫内のアイテム一覧だった。
思わず「いよっしゃああ!」とガッツポーズが飛び出す。
しかし喜びに浸っている暇はない。橘花は倉庫から設定地点への帰還アイテム、『帰還の勾玉』を必死で探した。
フィールドの奥から素早くギルド街へ戻るための貴重なアイテムだ。
だが、名前は灰色に表示されていた。つまり使用不可。
「……Oh」
メニューが開けず強制終了も不可能。ログアウトのショートカットも見当たらない。
「もしかしてイベント発生中? 冒頭だから帰還禁止とか?」
と弱気になる。イベントの手がかりすらなく、どう進めていいのか途方に暮れる。
その時、どこからか聞こえてきた。
「キャー!」「ワーッ!」
耳を澄ますと明らかに叫び声だった。
「……叫び声?」
ログにも表示されず詳細はわからないが、声の方角を直感で判断し、橘花は何の考えもなく走り出した。
服は馴染んでいるのか、違和感なく走れる。腰の刀は邪魔にならないようしっかり押さえる。
しばらく走ると、木々の合間に人影が見え隠れした。
大きな木を背にした、緊張した表情の人間族の少女――NPCのようだ。
「第一村人発見ッ!」
某番組のノリで、橘花は勢いよく駆け寄った。
帰還禁止なら話を進めて突破するしかない。何かのアクションを起こさなければ。
帰ったらからあげを食べることしか考えていない。
「すみませーん、ちょっとお聞きしたいんですがー」
声をかけると、少女は顔色をどんどん悪くし、微かに震えているようだった。
(あれ? このNPC、表情豊かじゃね?)
通常NPCは決まった表情しかせず、イベントでもパターンは限られている。
もしかしてPCなのか、と首を傾げていると、
「なっ、なんだてめぇ!」
後ろから濁った声が飛んだ。
振り返ると、小汚い盗賊風の人間族の男たちが剣を構えて近づいてくる。
少女と男たちの構図は、追い詰められた少女と迫る悪党そのものだ。
(ああ、こういうイベントか……)
考える暇もなく、男たちはじりじり間合いを詰めてくる。
「なんだあの化け物」
「見ろよ、あの服と刀、金になるかもしれねぇ」
「よし、やっちまおうぜ」
「ガキも一緒に売り飛ばしちまおう」
好き勝手に言っているのを聞き逃すはずもない。
NPCなら手加減はないだろうし、化け物呼ばわりも頭に来る。鬼人族としても黙っていられない。
「か弱い少女を追い回し、売り飛ばそうなど外道か貴様ら! 私の目が黒いうちは、その蛮行を見逃さぬぞ!」
いつものお遊び口調で言い放つ。
普通なら無反応のはずだが、盗賊たちはポカンとした後――
「おい、なんだこいつ!」
「ギャハハ、バンコウだとよ!」
「目が黒いうちって、緑じゃねーか!」
「……おい、静かにしろ。悪いが、そこのお嬢さんを逃がすわけにはいかねぇんだ」
(あれ? この反応、もしかしてPCか?)
言ってしまった言葉は戻らず、盗賊代表らしき男が橘花に話しかけてくる。
ここで引くわけにはいかない。
羞恥心がこみ上げるが、もしPCならば取り締まり側としては見逃せない。
NPCをわざと追い回し暴行するのは規約違反だ。
街中でなくとも、そうした行為を見かけたら一般PCは通報し、橘花のような取り締まりPCは現行犯逮捕に踏み切る。
「装備チェンジ、浅葱の羽織袴――」
呟くと、ふわりと衣が肌から離れ、再びそっと触れる感触が戻った。
見下ろせば、いつもの新撰●を模したスタイルに戻っている。
ショートカットシステムが生きていることにほっとしつつ、ここまでプログラムで再現するとは――と、首を傾げる。
刀を抜くと、いつもよりもずっしりと重みを感じた。
どこまでリアルを追求しているのか、疑問が浮かぶ。
さて、と男たちを鋭く睨みつける。
「まあ、名乗っておこう。所属は『ミヤコ』のギルド、【ミブロ】の橘花だ。あちら側――GMの隔離部屋へ行ったら、誰にやられたかよく伝えておけ」




