第2話
「長かったぁ……」
踊るように動き続けた身体の疲労が、一気に言葉としてこぼれ落ちる。
HPはギリギリ。息をつく暇もなく、終始張り詰めていた神経がようやく緩んだ。
――終わった。
廃人級のコアプレイヤーですら達成困難とされた、ハードモードの単独ソロによる上位竜を従えた竜騎士の撃破。
何が厄介かって、竜騎士と上位竜の連携が異常だった。
攻撃のタイミングが完璧に噛み合い、どちらか一方の隙を狙おうとしても、もう片方の攻撃で潰される。
しかも厄介なことに、両者は別個体として扱われ、HPもダメージ判定も個別。
そのうえ、どちらかが戦闘不能になっても、ユニーク魔法で即座に復活される。上位竜の魔法に至っては、詠唱すら必要ない即時発動だ。
となると、まず上位竜を倒すのが定石だが――これがまた、竜騎士よりもはるかにタフ。三分の二ほど削ったところで、今度は竜騎士が高等呪文でHPを半分以上回復してくる。
もう、反則だろこれ。
槍の使い手としても竜騎士は強く、「鬼突き」と呼ばれる予備動作なしの二十三連撃が来たかと思えば、上位竜のドラゴンブレスで即死級の吹き飛ばし。
攻撃してもHPは削れず、こちらのダメージばかりが積もっていく。
そんなドS難易度に、過去何人のプレイヤーが泣きを見たことか。
GMに聞きたい。
――本気でクリアさせる気があるのか、と。
「十年やってて、こんな理不尽クエスト初めてだわ」
ソロでもパーティーでも、ここまで苦戦した記憶はない。
持ってきた課金アイテムを使い尽くしたのも初めて。
普段なら厄介なクエストは、弟たちに「一緒にヤらないか?」とメッセージを送って協力してもらうのだが、今回その話をしたら……。
「姉貴、Mか?」
「姉ちゃん、Mなの?」
即座に「んなわけあるかボケェ!」とど突き返す。
ネット内で、である。
「自分が痛いのは好きじゃない。ただの暴力も嫌いだ。でも愛があるやつなら、書くのも見るのも好きだ!」
と胸を張ったところ、腐のつく趣味を知っている弟たちは呆れ顔。
そして長男の方がぼそりと「チッ、腐ってやがる……」と呟いたので、追い討ちでコブラツイストをお見舞いした。ネット内で、である(二度目)。
話が逸れたが、それほどにハードなクエストだったのだ。
挫折者の数は知れず、あまりの難易度に「難しすぎる」と運営にメールが殺到しているという。
閑話休題。
「さて、着替えるか」
焦土と化した草原に、いつまでも突っ立っている暇はない。
「メニュー」と小さく呟けば、空中に半透明の操作パネルが現れる。
『装備』を開き、画面をスクロールして目的の服を選ぶと、ワンタップで装備が切り替わる。
橘花が選んだのは、朱色を基調とした羽織袴。
移動時などは主にこれを使っている。
先ほどまでの振袖袴は、全パラメーター強化に加え、状態異常と即死を防ぐ特殊エンチャント付き。
まさに“ここ一番”の勝負服だ。
その時、とてとてと駆け寄ってくる小さな影があった。
耳をピンと立て、尻尾を揺らす獣人の子供。肌はやや灰色、黒髪で銀フレーム眼鏡をかけている。
名前を呼んで手招きすると、嬉しそうに近づいてくる。
「お帰り、リュート」
この子はNPCだ。
プレイヤーが拾えなかったアイテムの回収や、後方支援を行ってくれる“サポートユニット”。
今回はあまりに難易度が高かったため、戦闘不参加を命じてアイテム回収専門に回していた。
ちなみに、クエストの「単独撃破」条件にNPCはカウントされないので問題なし。
リュートが何かを差し出す仕草をすると、ピコンという効果音。
アイテム欄を確認すると、ほぼ空だったリストに新たな収穫が並んでいた。
「おおー、ドロップも豪華! 上位竜の竜珠に、竜騎士が持ってた双炎の槍! ……皮と爪はまぁ、いらないけど」
中でも注目は「竜珠」。
装備に埋め込めば身体強化、粉にして飲めばアバターのステータスを直接強化できるようになった、アップデート後の人気アイテムだ。
とくに上位竜の竜珠は希少価値が高く、任意ステータスの強化が可能。普通の竜珠より伸びも良い。
当然、コアプレイヤーたちの間では奪い合いが起きている。
もうひとつの戦利品、「双炎の槍」はこのクエスト限定の武器。
槍としても優秀だが、魔法適性に関係なく炎系魔法を放てるという破格の性能を持つ。
特殊エンチャント次第では、魔法攻撃メインのビルドすら可能だ。
「ふふ、これは当たりだな……!」
思わず小躍りしそうになるが、ぐっと堪える。嬉しさが顔ににじむのは止められない。
――そんな中、システム音がひとつ鳴った。
『メニュー』内の『メッセージ』を開くと、未読が二通。
『竜騎士単独撃破クエスト達成クリアがギルドに報告されました』
『千匹以上の竜の上位種を単独撃破したことで、「竜殺し」の称号を獲得しました』
「……まさか、こっちまでついてくるとはね」
にんまりと微笑み、『メニュー』の最下部にある『ログアウト』を選択する。
次の瞬間――
空から、地から、無数の光が集まり出す。
焦土と化した大地に立っていた鬼人族の青年と、小さな獣人の姿は淡い光に包まれ、ゆっくりと消えていった。




