第2話
ログアウト後、睡眠をとって遅めの昼飯から戻ってくると、PC画面下に呼び出しのメッセージが来ていた。
それを見つけた橘花は、すぐに中身を開いてメッセージを読む。差出人は弟、長男からだ。
狩りのお誘いだった。古都にある街のゲート広場で待つとのこと。
同じ家の中にいると言うのに、電子メールなどのメッセージのやり取りはもう日常茶飯事だ。仲が悪いわけではないし、家の中で顔を合わせたくない訳ではない。
社会人になってから生活の時間帯が合わなくなったため、互いの連絡をこうした手段にシフトしただけだ。まぁ、呼びに行ったり部屋にわざわざ行くのが面倒くさいということもあるが。
もう一度もぐるつもりだったからいいよー、と返事を打ってからダイブギアを装着する。
暗かった目の前に満天の星空が現れると次に『Pandora Ark Online.』の青白い文字が中央に浮かび上がり、同時に宇宙から見た時のように惑星の影から太陽と同じ光る恒星が顔を出す。
ゆっくりと視界は白く染まり、今度は星空に代わって黒い点が線を引きながら勢い良く後ろに流れていく。
次第に黒い点はなくなり白かった部分は雲間となり、そこから晴れた眼下を見れば青い海が広がっていて、その海面の先に視線を向ければ目の前に森に覆われた大陸や浮遊した島々の光景が飛び込んでくる。
浮遊する島々より低く、大陸の上空を鳥になったと感覚で飛び続ける。体を傾ければそちらへ流れるように方向が変わるが、着陸はまだできない。
メニューを開いてゲームを始めるまで、この空中散歩は続くのだ。
「メニュー。アバター選択『橘花』、転送、古都『ミヤコ』!」
何度もこなしてきた作業だけあって、即座に音声でメニュー表示を短縮してゲーム開始を選択。
途端、一気に景色が加速する。
森も山も飛び越え、上空から下に見えてきた街へ飛びこんで着地。
最初、ゲームを始めた時に上空から落下して目的地に着地するこの仕様はインパクトがあって、正式サービス開始以来、唯一変わっていないものだ。
この落下が気持ち悪いと嫌がる人もいるためショートカットも可能だが、大半の人はこの落下の感覚を楽しんでいる。
さてと、と目的地についた橘花は周囲を見回す。
転送先で降り立つのはゲート広場と決まっているので、あとはメッセージを送って待っているはずの当人を探すだけ。
古都『ミヤコ』は、日本の京都をイメージされた作りになっている。立ち並ぶ建物も日本独特の瓦屋根で、大きな屋敷には美しい庭園もある。
そんな街の中央に位置する場所にゲート広場はある。
瓦屋根の建物がゲート広場をぐるりと囲み、中央には錦鯉が泳ぐ丸い池があり日本式の橋が架かっていて、金縁の円形硝子盤がゆっくり回転している。ゲートだ。
広場には様々な格好の者達がいる。
RPGに定番とも言えるメタルプレートを纏う傭兵、とんがり帽子がトレードマークの紫色をした服を着ている魔法使い、もちろん和服を着ている者もいる。浴衣姿だが胸が開いて豊満な谷間が見えるため、明らかに露出度が高い。
服装以外に、種族も様々だ。オーソドックスに人族、人の姿に獣の耳や尻尾がついた獣人族、橘花と同じ鬼人族、他にもドワーフや魚人などがいて多種多様だ。
先に挙げた三種族が特に多いが、それは古都『ミヤコ』が人族と亜人である獣人族・鬼人族で主に構成される国だからだ。
細かくは省くが、獣人も鬼人もその容姿が日本発祥だからだという理由である。
鬼人はわかるだろうが、なぜ獣人も? と疑問を持つなかれ。
古都をイメージしているのに、普通のメイド喫茶から大正・昭和ロマンを感じる着物メイド喫茶までがあって従業員は獣人が大半を占めている……これで大体の理由はわかっていただけるだろうか。舞妓さんなんかも鬼人が主に務めている。
景観は古都なのに、街を歩けば鬼人の舞妓さんやメイド服を着た獣人が普通にいる。
だが、外国サーバーから来る人から受けはいいので現状そのままなのだ。
そんな集団の中にあっても目を引く女性アバターがいた。
身長は一六〇センチほどだろう。赤い髪は肩まであり、髪の色に合わせたメイド服の色も赤と黒で構成されている。ここまでなら古都『ミヤコ』のアバター達と変わり映えしない。
だが、皮膚の色は美白が完璧に施されている健康的な肌色だ。耳は長く尖がっていて、種族が森人族だと一目で判断できる。それに種族の違いからNPCではない、PCだとわかる。
少し幼く見える顔立ちだ。ぷっくりした唇、低すぎない鼻、少女から大人へなる途中の無邪気さと可愛らしさが同居する丸みを帯びる目元、そして凛とした意志の強そうな赤い瞳。
今は無表情に近いが微笑めば十中八九、美少女と形容されるだろう。
そんな彼女の頭の上には「待機中」の表示がある。
待ち合わせ中ということは一目瞭然だが、やはりというかずっと誰かを待つ姿とその容姿に惹かれてか、何人かの男性アバターが声をかけるが、赤髪の森人族は首を横へ振ったり手を振って断っている。
さっきまで話しかけていた男性アバターが去ってフリーになった彼女に橘花も近づいて行き、森人族の赤い瞳が橘花に向くとおもむろに声をかけた。
「へい彼女、俺で妥協しない?」
「何言ってんだよ、姉貴」
橘花の姿を視界に映すと、赤髪の森人族は寄りかかっていた壁から体を離して待機モードを解除する。
頭上の「待機中」から「トラストラム」とアバターの名前表示に切り替わった。
トラストラムの発した言葉から判断できると思うが、実は彼女が待ち合わせしている長男だ。
「んで、ここにいるってことは死に戻り?」
「ばーか、しっかりゲットしてきたぜ。双炎の槍と上位竜の竜珠!」
橘花が観覧可能にしたアイテム欄に、達成した証拠の品を見つけて目を瞠るトラストラム。いつもの癖で腕組みをすれば、豊満な胸が更に深い谷間を作る。見た目でも、EかFはある。
そんなトラストラムの様子を見て満足げに笑った橘花は、実は、と内容を暴露した。
「辛くも勝利は収めたが、持ってった課金アイテム全滅した」
「姉貴、マジでMか。いくらなんでもそこまで……」
「誰がMだ、ボケェ!」
橘花がノリツッコミで、アッパーエルボーを食らわす。トラストラムに対する今日の過激なツッコミは二回目である。
ちなみに橘花はアバターが一八五センチ設定なので、一六〇センチのトラストラムにアッパーエルボーを食らわすとそのまま首を固める形で引き寄せ拘束する。
拘束を解いて逃げようとするトラストラムの頭を可愛い可愛いと撫でて、さらに構い倒す。
パンドラ・アークではPKもできるシステムだ。
街中なのでダメージは受けないが、周囲から見れば男性が女性に暴力を振ってるように見えるだろう。近くにいた男性アバター数名が様子見をしていたが、公開しているチャット内容から仲間内でじゃれてるだけと判断されて誰も止めには来ない。
以前にもボケツッコミの会話をしていたら警備隊を呼ばれたことがあるので、公開している。
今ではこのやり取りをしている二人はある意味名物になっているため、初見の初心者でなければ止めに入る者もいないのだが。
一見、どんだけ仲がいいんだと思われる過剰なスキンシップには、ちゃんとした意味がある。
トラストラムは、橘花とは反対のネカマだ。
別にオネェ言葉を使ったりはしない(時々冗談で使ったりはする)が、容姿を完璧な理想に近づけすぎたため寄ってくる男性アバターや冷やかしのネカマが後を絶たない。
ゲーム内なんだから笑って受け流せ、楽しめと言われても、限度がある。
ある時、橘花との待ち合わせ中にトラストラムがアイテムや装備を確認するために何気なく壁に向かって立ちメニューを操作していた時、突然後ろから腰を掴まれ相手の下腹部を押しつけられるセクハラをされたのだ。
まだアバターを育て中だったとはいえ、中級レベルのトラストラムを押さえた相手はβテスト時代からの古参で、抵抗しようにも力差がありすぎて組み伏せられたことがある。
ちょうど待ち合わせに遅れてきた橘花が現場を見た瞬間に抜刀し相手を切り捨てた(街中でダメージを与えられないが弾き飛ばすことは可能)のは、女の立場でなくても心理的に許せない状況だったからだろう。
相手は冗談でも、された方は冗談では済まない。
この件はGMに訴えたが、ゲーム内で容姿は違うとはいえ男性同士のいちゃこらだろうと甘い判断だったため、橘花は周囲で騒動の一部始終の動画を撮っていた人を探しだして提供してもらい、相談ギルド(男女問わないセクハラ相談所ともいう)の協力をもらい、ゲームの友人たち総動員でこの古参のアバターの締め出しに動いた。
ちなみに古都『ミヤコ』では、橘花が所属する鬼人族の侍職が中心に集まった、幕末の剣士達をモチーフにしたギルド【ミブロ】が独自で治安を担っており、橘花自身もギルド内で一番隊を任され局長と副長の補佐的存在になっている。
ギルド構成はほぼ全員女性(でも、アバターの容姿は男性ばかり)であり、オフ会ではトラストラムのことも知っていて、色んな意味で可愛がってくれているお姉さま方なのだ。
そんなトラストラムがセクハラされた話を聞いたお姉さま方の怒りといったら……橘花以上だった。
「下種がっ! 私達の可愛いトラちゃんになんてことしてくれたんだ!」
「地獄を見せてやる!」といつも以上に一致団結し、セクハラした相手を排除することを誓った局長の言葉からも、相手の行為に対する怒りが滲み出ていた。
もちろん治安を担う者達の集まりなのだから処罰されない抜け道もバッチリ知っており、密約を交わした暗殺ギルドにも集中的に狙ってもらい、橘花の友人らも要注意アバターとして掲示板にセクハラしたアバターの動画とIDを書き込み、記事がトップページに表示されるよう維持した。
書き込みを見た周囲からは白い目で見られ、街中で揉め事に巻き込まれても治安維持をしている【ミブロ】には助けてもらえず、フィールドに出れば暗殺ギルドから追われて状況を見て面白がった関係のないPKプレイヤーからもトコトン追いつめられ、この古参のアバターは一ヶ月も経たずにゲームを辞めざるを得なくなった。
【ミブロ】の身内に手を出したらこうなるという見せしめとして、この騒動は伝説になっている。
それ以来、GMでも対処するようになったので同じようなことは起きていないが、【ミブロ】にちょっかいを出す者は今ではほぼゼロ。
しかし一言つけ加えるなら、これはGMの規約も甘く、まだ体制が整っていなかった時期だから許された話だ。
今は集団での意図的にハブる行為として禁止されているが、ここまでの大規模な集団でハブる行為はパンドラ・アーク歴史上初だっただろう。
しかも、たったひとりの女性アバター……もとい男性のために。
ただ、迷惑行為とみなされるを繰り返すアバターの情報を周囲へ注意喚起するための掲示板書き込みは許されており、GMもこれは容認している。
もう前の話ではあるが、最近ではその話を知らない新参者に似たことをやろうとした輩がいたため、【ミブロ】でトラストラムを可愛がっているお姉さま方が自発的に守ってくれるようになった。
名付けて「俺の女に手を出すな」作戦。
近寄ってくる男性アバターやセクハラ目的のネカマアバター排除のために、トラストラムが【ミブロ】関係者であると知らしめるための過剰なスキンシップなのだ。
この作戦、最初は「男なんだから大丈夫」と胸を張って断ったトラストラムだが、宣言から2時間もしない内に男性アバターグループに囲まれて逃げられないと橘花にSOSが来たことから有無を言わさず守られることを承諾させた。
ちなみに、作戦名はありがたいことに局長が命名された。
本来ならそこまで酷くなる前にネカマ宣言をすれば離れていくのだが、トラストラムは雰囲気が女性以上に女性っぽい。
ネカマプレイだと宣言しても信じてもらえず、PKシステムのお陰で体を触られる感覚まであるので、対処しきれずに泣いて橘花に助けを求めたり【ミブロ】の見回り組に助けられること数百回。
実際、戦闘フィールド上でナンパされているところに橘花が駆けつけ「こいつの男か!」とPvPに持ち込まれたこと数知れず。
仮想現実だからと言って現実の法は適用されないとマナー違反を繰り返す者もいるのだから、そうなれば被害者側も同じく力尽くで対処するしかない。
正当防衛でPKプレイヤーとしてカウントされてはいないが、気持ちいいものではない。
撃退法を覚えろと橘花が言うものの、中身が男性であるトラストラムに痴漢撃退法を教えても現実では電車通勤時にセクハラの危機なんて全くない。
むしろ痴漢と間違われないように、満員電車内では両手で吊り革を掴んでいる方なのだから。
日常的に使うわけではないので忘れる。またネット内でセクハラされる。橘花にSOSを飛ばす、という悪循環が出来てしまっている。
まぁ、そんな風に男女逆転状態を素でやってるため、知らぬ間に動画が撮られてたりして、ちょっと有名な二人。
動画を見て知っている者は、何が起きても野次馬くらいの気持ちで周囲から見ているだけだ。
「そういやお前、仕事はどうした」
「このまま数時間後に夜勤突入」
「寝ろよ」
「寝てるよ。ダイブギア装備で睡眠取れるだろ」
「いや、確かそれって疲れが残るんじゃなかったっけ? 普通に寝るより情報量が流れ込んでくるから、脳が休んでないとか専門家が叫んでいたけど。私も頭重い感じする時あるから納得しかけてる」
「でも睡眠はバッチシ取れるから一石二鳥なんだよ、コレ。姉貴の頭が重い感じは寝すぎだよ。普通に寝る以外にダイブギアでも睡眠時間取ってるんだから。寝すぎだと頭重くなるじゃん」
「うーむ。そっち関係に勤めてるお前に言われると頷きたくなる」
「いや、俺は睡眠医療専門じゃないし」
そろそろ本気で嫌だと言うトラストラムは橘花に拘束を解いてもらい、本来の目的を遂行するため行動に移ろうと準備を始める。
「で、どこの国に行くの?」
「とりま、竜殺しの称号欲しいからエストルド」
「あれ、単独で千匹狩らないともらえないぞ。しかも上位種」
「え、マジ? てか、姉貴なんで条件知ってんの? まだ攻略サイトにも上げられてないだろ?」
「フッ、見たまえ……」
「ちょっ、なんで姉貴の称号に竜殺しの称号あるんだよ!?」
「竜騎士クリアと同時にもらった」
「なにその一石二鳥のウマーな状態!?」
「ふははっ! お前達に放り出されソロとしてやってきた私に今更何を言っているのだね!」
トラストラムの驚愕した表情に高笑いをする橘花は、もともと喧嘩っ早い性格だった。
子供の頃はともかく、今現在の現実では分別つく大人の女性だが、ゲームじゃ性格が変わる。
その性格のせいで、どのアクションゲームでも馬鹿みたいに特攻をかます。
二人いる弟達に後方支援を丸投げし、自分は弾丸のように敵へと突っ込んでいく。
今まではオフライン環境だったから周囲に知られていなかったが、それが多人数同時参加型のオンラインVRMMOに移行すればどうなるか。
言わずともわかるだろう。
βからの廃プレイヤーでもない限り、普通なら「馬鹿」と一蹴される。
しかし、しかしだ。
パンドラ・アーク・オンラインが正式に公開されて日も浅く、初級レベルなのに上級レベルのモンスターに特攻をかまし――倒したのだ、この馬鹿は。
従来のVRMMOはすぐに死なないようレベルに合わせたフィールドしか行けないのだが、パンドラ・アークではレベルが上がっていなくても上級モンスターが闊歩するフィールドに行ける仕様になっている。
ただこの時は故意に行ったわけではなく、「よくわからないからその辺を歩いてみよう!」とPTを組んだ弟達を半ば強引に、マップも見ずにフィールド移動して上級エリアに出てしまっただけなのだ。
戦闘後、「馬鹿姉貴っ、死ぬかと思った!」「姉ちゃん、だから説明書読めって言ったでしょっ!」と弟達に罵られ、「だってだって……」と半泣きになってる姿があったとか。
説明を読まずに始める者がいるのは、今も昔も変わらない。
とにかく上級モンスターを倒した方法は、特攻で運良くクリティカルヒットを食らわせた後、じわじわとHPを削っていく地味なものだった。
それだけを聞けば自分もできると笑う者はいるだろうが、本当に出来るのだろうか。
まだ操作も慣れないVRMMOに飛び込んだその日に……ノーダメージで。
後方支援を頼んだ弟達でさえ一撃でやられる可能性があるので手を出せずにいたのだから、完全なひとり勝ち状態だ。
現場にいた弟達も口を揃えて言う。
「いつもなら少しはブッ飛ばされたりするんだけど、最新のVRMMOはコントローラー使ってないし、感覚と野生の勘だけでやったんだろう。現実でも紙一重で俺達の攻撃避けるし」
……と。
まぁ、この兄弟に関する私生活がどんなものかは知らないが、周囲が驚いたのは「β時代からいるプレイヤーでもやり遂げられなかったことを初心者の初級プレイヤーがやらかした」ということ。
少しではあるが、掲示板でも一時話題に上がった。
そんなデビューだったものだから一部の廃プレイヤーから嫌がらせされるし、PKされかけるし、弟達も「危険な姉貴」とべったりタグ貼ってくれたお陰で今じゃほぼソロだ。
「いいもん、元からソロで頑張る気だったし」
これ、負け犬の遠吠えと言う。
弟達と組んでいたのは初日だったからで、操作に慣れれば解散しようと話はしていた。
いきなり初日で放り出されたが。
そんなわけでソロで必死にレベル上げをして活動拠点になる街にマイホームを購入したし、ギルドにも加入して荒稼ぎしまくったので所持金はギルドの銀行に預けているのをのぞいても上限いっぱいまで貯まっている。
特攻特化で頑張ったので、速さに関するスキル及び力の強化なども上限に達している。
とりあえず今必要なものに、と橘花はCPを惜しみなく振り分けた。始めて最初にもらったCPを速さに極振りしたのはいい思い出だ。
なので今は必要なら回復薬も失敗せず作れるし、武具の強化だってドロップされた素材でできてしまう。鑑定や武具強化で必要な消費アイテムのお金はクエストをクリアすれば簡単に上限いっぱいになる。
無駄遣いやってやんよー! と意気込んで課金による倉庫の拡張パックを実行後、チョコなどのリアルにあるお菓子を模した回復アイテムを全部網羅して買い漁ってみたが所持金はたいして減らない。
武具など装備品も初心者用から上級者用まである全て限界数まで買い込み倉庫へ投入。
ゲーム内通貨なのでどうせ増えて持てない分を切り捨てるならと、フレンド登録しておいた弟達にも大量に仕送りした。ガンガン進んでいた自分より弟達はまだレベルが低いから助けになるだろうと。
しかし、ありがたがられるどころか「メールBOXが姉貴(姉ちゃん)のプレゼント通知ばっかでGMからの通知が埋もれる! 迷惑だ!」と怒られた。
返信に「全私が泣いた!」と書いて送ったら「勝手に泣いてろ」と冷たい返信が返ってきた。
……なんてことをしていた時期があった。
上級者になれば課金以外、たいしてゲーム内通貨の使いどころがないのだから察してくれ。
まぁ、そんなことがあって基本ソロ活動をしながら、時には厄介なクエストを弟達と協力しながらクリアしていった。
リアルでも時間が合わないことがあってソロの活動時間の方が長くなったのだが、その期間ずっと橘花はアバター強化のために上位竜をバッタバッタ斬り伏せていった。
こうして時機に加される竜殺し称号取得の布石が、意図せず着々と積み重ねられていたわけだ。
「なんかズルイ! 姉貴ズルイっ!」
「はっはっはー、というわけでソロじゃないと無理な称号の取得は今回は諦めたまえ」
「うぅー……俺の上位竜討伐数まだ五百ちょいだよ」
「つーかさ、単にソロでの討伐数が条件なんだから、PT組まずにソロで上位竜討伐クエスト受けてどっちかの依頼中に割って入ればいいだけじゃない? そうすればソロでやってることに変わりないけどひとつの敵を参加者で総攻撃できるし、敵の出現数増えるし、いいこと尽くめじゃないか?」
「そ、そうか。姉貴、天才っ! それで行こう!」
「長年やってて思いつかないお前の思考回路も劣化してるぞ。……ドジっ子だな」
「ドジっ子じゃねぇ!」
「おーし、【ミブロ】の皆にも出てきてもらおう。局長も来てるはずだから事情を話せば協力してくれるぞ。上位竜の出現率も上がるだろ」
「いや、局長さんだって忙しいだろうし、ね? 姉貴、俺もみくちゃにされちゃうよ」
「はっはっはー、称号欲しいならそれくらい我慢しろー。最近お前がログインしてこないんで、みんなお前構いたくて禁断症状出始めてたから」
「やっぱりぃー!? 道理でこの頃【ミブロ】からログインのお誘いメールが多いと思った!」
「可愛いわんこは構いたくなるのさー」
「誰がわんこだ!」
「お前だお前。さーて、打診したから強くてかっこいいお姉さんたちいっぱい来るぞー」
「いーやー! ちょっと待って、俺また弄られ役になるの!?」
「いいじゃないか、周りから見れば豪華な構成だ。レッツ逆ハーレム!」
「やーめーてー、女扱いしかされないー!」
「みんな紳士だ。安心し給え」
紳士の前に変態とつくが。
このあと、ひとりが受けた上位竜討伐クエストに十五人編成のPTが割り込んで、ひとりの姫を守るような騎士軍団の如く物凄く派手で豪華な攻防戦が繰り広げられていたという。
2015.8.10. 「耳長族」を「森人族」に修正しました。