第146話
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爆ぜるような光と轟音が、実験棟の地下施設を揺さぶった。
厚い魔力刻印の刻まれた壁がたわみ、天井の魔晶灯が悲鳴を上げるように点滅する。
魔導管が過負荷でうなり、空気が震えた。
ロイドは反射的に腕で顔を庇った。
耳をつんざく衝撃で、しばらく何も聞こえない。
光の中心にいた橘花は、完全に動きを奪われていた。
視覚も聴覚も焼かれ、ただその場に踏みとどまるだけで精一杯という状態だ。
ロイドは必死に目をこらし――そして言葉を失った。
光が割れるように、巨大な影が姿を現す。
立ちのぼる青白い光に照らされ、白銀の鱗がゆっくりと浮かび上がる。
施設の空間を圧迫するほどの巨体。
一度息を吸うだけで空気が震え、熱と魔力が肌を刺した。
「……ドラゴン……?」
低い呟きは無意識だった。
ドラゴンを挟んだ向こう側から、狂気じみた歓喜の声が響く。
「はっ……はははッ! 凄いぞっ! ……君だろう! 君が呼んだのだな!」
ヴァール・ハインツがソータを凝視し、歓喜に震えている。
ロイドは血の気が引いた。
(……違う。あれは……人が呼べるものじゃない)
だが条件だけ見れば、誤解するのも無理はない。
爆心地に一番近いのは橘花だが、彼は光や衝撃を受けて動けない。
後方にいたロイドたちにも反応はない。
唯一、橘花をのぞいて最前列に立っていたのは――ソータ。
「少年が……召喚を……?」
「まさか……この規模の……」
「ドラゴンを……?」
周囲の軍人たちにも誤解が広がる。
だが、ロイドはドラゴンを注視した。
その巨躯は、すぐに何かをするわけでもなく――動かない。
いや、動けずにいるように見えた。
召喚者を探すように、紅い双眸がゆっくりと部屋の隅々をなぞる。
「……探している? 召喚した者を……?」
ロイド自身も気づかぬまま、声が漏れた。
そして――。
「グオオオオオオオアアアアアア――ッ!!」
咆哮。
それは声というより空間そのものが軋み、崩れ落ちるような衝撃だった。
ドラゴンに近い魔晶灯が一斉に落ち、床の魔術陣が悲鳴のように明滅する。
耳を押さえても意味がない。
咆哮そのものが攻撃だ。
直後、衝撃波が走り、魔導計器が吹き飛び、金属の金具が床を跳ねた。
ロイドの身体も横に弾かれ、肩に激痛が走る。
倒れた兵士たちの悲鳴が連鎖した。
ヴァールですら咆哮の余波に押され、身体を丸めている。
ロイドの喉が震えた。
「……馬鹿な……ただ吠えただけ、だぞ……」
ドラゴンは巨大な翼を広げた。
それだけで天井の魔力障壁が唸り、ひび割れが走る。
そして二度目の咆哮。
それは怒りでも威嚇でもない。
もっと原始的な――“解き放たれた”ことへの歓喜の声だった。
目に映るすべてを敵として認識し、召喚者を感知できないまま暴れようとしている。
ロイドの背に冷たい汗が落ちた。
天井に向かって白龍が首をもたげた。
その双眸に映るのは、ただひとつ──“外”。
「やめろ……!」
ロイドの声より早く、白龍の喉奥で光が凝縮し、刹那、矢のように放たれる。
――光線のごとき奔流。
一条の白光が天井へ突き上がり、分厚い岩壁がまるで砂の層だったかのように砕け散った。
轟音。
突風。
粉塵。
崩落。
次の瞬間には、昼の光が地下へ降り注いでいた。
「……地上に……出る気か……!」
天井を破壊した白龍は、そのまま翼を羽ばたかせ、破れた穴から外界へ姿を消した。
残されたのは、地獄だった。
崩れ落ちる天井。
空気に吹き荒れる砂塵の嵐。
落ちてくる岩塊、魔導設備の残骸。
逃げ遅れれば、ひとたまりもない。
兵士たちが目を見開き、恐怖に硬直し──その動きを、怒号が打ち砕いた。
「退避ぃッ!! 立てッ!! 死ぬ気か!!」
ヘーゼルだった。
声に魔力でも込めたかのような迫力で、へたり込む兵の鎧を鷲掴みにし、無理やり立たせる。
「立てん奴は肩を借りろ!! 動ける奴は手を貸せ!! 階段はあっちだ、走れぇッ!!」
怒号は恐怖を吹き飛ばし、兵たちは我に返ったように動き始める。
ハッと息を呑み、ロイドも叫ぶ。
「全隊、後退! 上へ上がれ! 最後尾は私が務める!」
魔導灯が次々と割れ、暗闇と光が入り混じる中、瓦礫が落ち、床が割れ、階段までの通路が土煙で見えなくなる。
「っぐ……そっちは塞がった、回り込め!!」
「脚が……動かん……!」
「動け! ここで座るのは死ぬってことだ!!」
ヘーゼルが兵士の腕を引き上げ、ロイドは崩れた床の段差を飛び越え、仲間を背中で庇う。
落ちてくる岩を盾で受け止めた兵が悲鳴を上げる。
「橘花!」
地下施設の崩壊が始まる中、ドラゴンの近くにいたはずの橘花の姿を探すヘーゼル。
しかし、土煙が舞い、瓦礫が次々と落ちてくる中、振り返る時間も惜しい。
崩落の轟音が背後から追ってくる。
それはまるで、死の波が迫ってくるかのごとく。
部下たちの命を預かるヘーゼルは、仕方なく出口へと踵を返す。
「急げッ!! あと少しだ!!」
叫び続け、腕を引き、背を押し、息も絶え絶えの兵たちを階段へと送り出す。
そして──。
ロイドとヘーゼルは、最後尾の兵が階段を上り切るのを見届けてから、崩れ落ちる地下を背に最後に階段を駆け上がった。
階下で轟音が炸裂したのは、その直後だった。




